〈たべるかう〉 大人の「グルメ」知恵袋!
Few pearls of wisdom about gourmet for adults

|2017.08.09

Vol.2 夏の醍醐味、人に教えたくない究極の「肉料理」

[西洋料理 島] & [レストラン サカキ]

案内&文/宮下裕史  撮影/石井雄司

「創造神は火を発生させ、最初の男にひとかたまりの肉を串に刺し焼くように命じた。しかし男は無知で、片面が完全に炭になり、片面が生なままになるように焼いてしまった」。フランスの偉大な民俗学者、稀代の神話ハンター、クロード・レヴィ=ストロースは、大著『神話論理Ⅲ“食卓作法の起源”』の中で「鄙(ひな)びた技が先に出現したと想定することである」と記した後で、北米インディアン、ウァイアンダット族の神話のひとつを紹介している。ちなみにこの場合の肉はバイソンである。

ともあれ、この神話世界における串焼きの逆説は、まことに示唆に富む。人間の原初の食の記憶はパラダイムを変換しないままに昇華されて今日に到る。果てしのないバリエイションを持つ肉料理にあって、もっともぜいたくな官能性をもたらすのは、切れ味鋭いナイフであざやかに切りながらかみしめて味わう、香ばしく焼きあげられた塊(かたまり)肉である。

食欲の根源的な源泉に触れるこの肉食は、五感すべてに心地よく訴求し、互いに響き合う余韻が、幸福な予感となって第六感を満たす。もっとも、肉食におけるこうした嗜好(しこう)性は、民俗学的には男性に端的なものであり、女性は土器を使う分もう少し文化的な、茹でた肉を好む傾向があるともいわれる。しかし嗜好の多様性ということに踏み込むと際限がなくなるので、ここでは措(お)く。ともかく、バイソンならぬ、日本の在来種黒毛和牛の、とびっきり官能的な肉塊(にくかい)を食べにゆく。

かみしめる硬質感の中から、脂肪と肉汁のうま味がとけ合った滋味が!


八重洲通りに面した比較的小体なビルの地階。東京を代表するステーキ屋がここにある。傍に一輪の花が活けられた「西洋料理 島」と書かれた小さな小さな看板が地下へと誘う。一度でもここを訪れた者は、看板の前に立っただけで心が弾みだす。「西洋料理」という言葉が、なつかしいようなハイカラなニュアンスで、にわかに生生(せいせい)と息づいて響く。「島」とはそういう店である。

オーナーシェフ・大島学氏には、どこかおとぎの国の料理人のような、人を和ませるなんとも言われぬ愛敬がにじむ。ものすごく料理の上手なオフクロのようでもあるなぁと思うこともある。彼は日本における本格的フランス料理人の堂堂たる先駆けのひとりである。1964年東京オリンピックの年、地元のトップホテル、京都・都ホテルに就職した。以来今日に到る50有余年、店が休みの日以外、1日も休んだことがない。「これ(料理)しかないということは強いです」大島氏はほがらかに言う。

8年修業してヨーロッパに渡る。最初に働いたのはイギリスを代表するホテル、ロンドンの「ザ・コンノート」である。当時料理長以下メインスタッフは、すべてフランス人であった。ひと言もわからぬフランス語の飛び交う厨房で、神経を針にして3年間懸命に働いた。一度でもミスを犯したら、おしまいだと思っていた。彼はどこでも通用するフランス料理人になった。さらに5年間、フランスを中心に修業を積んだ。

写真左:注意深く肉を扱う大島シェフ。
写真右:電源による遠赤外線と炭火を併用した「窯」と呼ばれる特注のロースターで焼くテンダーロイン(フィレ)のステーキ、単品150g14040円。肉本来の濃厚で雄々しい旨みが広がり、野趣にも通じる爽快感を堪能できる。店で別途用意するロース肉のステーキも同額で単品150g14040円。

「島」のメイン料理は、あくまでもロースとテンダーロイン(フィレ)2種のステーキであるが、前菜からスープ、サラダ、デザートに到るまで寸分も隙がない。フランス料理を芯とした技の確かさと、引き出しの豊富さが反映して、なにを食べても、皿の底から湧き上ってくるような力強さを感じる。先日味わった夏の前菜一品、冷製牛尾の赤ワイン煮などその典型であった。前菜はその日のおすすめを確認するのがいい。

肉を徹底的に掃除する(3割から多いときは5割)「島」のロースステーキの切り口は正方形に近く、肉厚のゴロリとした形状は、フィレステーキと見た目は区別がつかない。こうしてフィレであれロースであれ、肉塊とよぶにふさわしくぶ厚く整えられた肉は串を刺されて、電源による遠赤外線を上火、炭火を下火として併用した、特注のロースターの中で回転しながら焼かれる。

「島」のステーキはロースにしろフィレにしろ、脂肪の甘味、肉の柔らかさを身上とする一般的な黒毛和牛ステーキの風趣とはいささか異なる。まず、よく切れるナイフを入れると、確かな感触が手に官能をもたらす。口に含めばグッグッと自然にかみしめる硬質感の中から、脂肪と肉汁のうま味がとけ合った滋味が広がる。そこにはジビエ(狩猟肉)の野趣にも一脈通じる爽快感がある。このことは、アミノ酸的旨みが明確なフィレに、より端的である。

雄雄しく肉塊を堪能して原初の記憶を呼び覚(さ)まされた男は、地上に上り、その日が満月であったら日本橋の夜に吠えるかもしれない。そしてグッとかみしめる所作と共に「一所懸命働いてまたこよう」と思う。

写真左:「西洋料理 島」のオーナーシェフ・大島 学さんと、おいしいものを知り尽くす「食」文筆家の宮下裕史さん。
写真右:「西洋料理 島」のシンプルな看板。お昼のランチコースは6480円と10800円、夜のディナーコースは19440円と24840円、サービス料は別途10%。店は大島シェフが供する技とおいしさに魅了された常連客でいつも一杯、予約を。

味わいの冴え、そしてダイナミズムを堪能できる肉料理!

2人前で注文する千葉県産林SPF豚のロティ 粒マスタードソース2160円は、夜のアラカルトメニュー。ココットで豚の塊肉を豪快かつ繊細に焼き上げ、ボリューム感のある厚めのカットで供される。シンプルで奥深い豚肉の脂と肉の旨みを同時に味わえる。

京橋にある「レストラン サカキ」は、昼はいわゆる日本の洋食、夜は本格的フランス料理と2つの顔を持ち、どちらも紛う方無き一流の展開をしている。希少で魅力に富むレストランである。オーナーシェフ・榊原大輔氏は4代目である。3代目まではオーナーとして料理人を雇って営業していた。子供の頃から、料理人を巡る問題で、親が頭を悩ませるのを見てきた大輔少年は、自分は料理人として家業を継ごうと思うようになる。やがて青年となった彼は、料理人になる以上は、一流のフランス料理人になろうと決意する。

辻調理師専門学校のフランス校を卒業した後、東京中のフランス料理店をさまざま食べ歩く。その中でもっとも感銘を受けた四ッ谷「北島亭」へ頭を下げて修業に入った。オーナーシェフの北島素幸氏は伝統的フランス料理の王道を邁進する、斯界を代表するフランス料理人の一人である。熱く激しい、闘志の塊のような北島シェフのもとでの修業は厳しい。大輔氏は5年間修業した。ここで5年勤めた料理人を僕は他に知らない。それから渡仏して2年間いくつかのレストランで修業したが、大輔氏にとってフランスでの2年間は、師匠の偉大さを再認識する旅であった。

写真左:肉塊を食べるダイナミズムを表象したランチメニュー、目玉焼き付きハンバーグ(スープ・ライス付き)1150円。グッと切って頬張れば肉の旨みがガツンと広がり、パワフルな味わいがどこまでも名残深く残る。
写真右:ロース肉の右側、リブの脂肪の多い部分を厚く切って調理したランチメニュー、ポークジンジャー(スープ・ライス付き)1350円。ロースを一本買いするようになって初めて誕生した料理で、この味わいの虜になるファンが多い。限定20食。

2002年、オーナーシェフとして「サカキ」4代目を継いだ。はじめは昼も夜も洋食とフランス料理を併存させる形でのぞんだが、やがて昼と夜で明確にわける今日のスタイルを定着する。昼の展開に関して、「サカキ」で3代続いた洋食のラインナップはほぼそのままで、すべての料理の有り様を大輔氏のまなざしで一新する。

たとえばハンバーグ。肉を変え、挽き方を変え、つなぎを減らし、ぶ厚く緊密に固く成形する。まろやかでフワッフワッした、ありがちな扁平ハンバーグの対極をゆく。フォークでガシッと押さえ、ナイフでグッと切ってかみしめて味わう。肉塊を食べるダイナミズムを表象したハンバーグ。価値あるハンバーグが誕生した。

ポークジンジャーは、大輔氏が探し出した千葉県産の銘柄豚を用いる。ロース肉の右側、リブの脂肪の多い部分を厚く切って調理する。ロースを一本買いするようになって初めて誕生した料理だ。ひと塊の肉の、存在感みなぎるポークジンジャーには、フランスの銘品、ラギオール社製の切れ味鋭いナイフが添えられる。このナイフで「豚しょうが焼き」を食べたことがないが、その意味はすぐに合点する。大胆不敵な面構えの肉料理に行き渡っている、味わいの冴えが鮮明になる。

「サカキ」の昼にあっては、どこにでもある料理に非日常性が宿っている。「ハレがましい日常」。こいつはちょいとオツである。

写真左:夜のアラカルトメニュー、仔羊のロースト バジリコソース じゃがいものグラタン添え2592円。フランス料理の王道をゆくシンプルな肉料理に、榊原シェフの技が光る。
写真右:牛ホホ肉の艶めかしい旨みをたっぷりと味わえるのが夜のアラカルトメニュー、和牛ホホ肉のハチミツと赤ワイン煮込み ポレンタ添え2484円。濃厚な甘酸っぱいソースが、フランス料理の醍醐味をもたらす。

夜は一転、席数を半分にし、テーブルクロスをかけ、フランス料理に徹する。なにより大輔氏のモードが変わる。2人前から塊でココットで焼き上げる豚のロースト、仔羊のグリエ、黒毛和牛ホホ肉のハチミツ、赤ワイン煮込み等等。北島シェフの弟子らしく、オーセンティックな肉料理が充実している。いずれもおいしい。フランス料理の肉料理としての風格を十全に持っている。

「サカキ」の昼と夜におけるアンビバレントな展開の妙味は、昼夜両方に出かけるとより明確になる。一見わかりやすい展開とも言えるが、実はそこにはミステリアスなほどの深淵がある。大輔氏は、大変なテーマを自らに課したと思う。「サカキ」の本領は、時代の移ろいと共に、これから一層発揮されることになろう。楽しみだ。

写真左:「レストラン サカキ」4代目オーナーシェフ・榊原大輔さんと、宮下裕史さん。
写真右:ブルーとホワイトがさわやかな印象のレストラン外観。

案内人プロフィール: 宮下裕史(みやした・ゆうじ)
1955年東京生まれ。「食」文筆家。広告のコピーライターを経て、フランス料理店ガイド『グルマン』のスタッフに。現在、主に食シーンにおける「人」をテーマとして、月刊『dancyu』をはじめとする多くのメディアの執筆で活躍中。おいしいものを知り尽くした知識と巧みな構成・文章力、そして一流料理人の真実を描ききる洞察力で第一線を走る。主な著書に『そば読本』『新そば読本』(平凡社)、『職人で選ぶ45歳からのレストラン』『続・職人で選ぶ45歳からのレストラン』(文藝春秋)、『「そば」名人』(プレジデント社)などがある。

INFORMATION

西洋料理 島

住所
中央区日本橋3-5-12 日本橋MMビル地下1階
電話番号
03-3271-7889
営業時間
12時~13時(L.O.) 18時~21時(L.O.)
定休日
日曜

レストラン サカキ

住所
中央区京橋2-12-12 サカキビル1階
電話番号
03-3561-9676
営業時間
11時30分~13時30分(L.O.) 18時~20時30分(L.O.)
定休日
日曜、祝日
Webサイト
http://www.r-sakaki.com/

★東京街人編集部からも『肉料理』を楽しめるお店をさらにご紹介!

『焼肉DINING GROW(グロウ)』
お肉に関しては徹底的に品質にこだわり、すべてA5ランクの最高級を使用。稀少価値の高い最高級の神戸牛が味わえます。オーナーが全国から厳選した食材で、至福の時間が過ごせます。
東京街人内でのご紹介: http://guidetokyo.info/foodshoping/relay/00214.html


『雅亭』
長年培ったという目利きにより、契約牧場から黒毛和牛を直接仕入れています。大きな鉄板ではシェフが様々な食材を勢いよく焼いていて、非日常感も楽しめるお店です。
東京街人内でのご紹介: http://guidetokyo.info/foodshoping/relay/00215.html

写真左:焼肉DINING GROW(グロウ)、写真右:雅亭

※本文中の価格はすべて税込価格です

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