〈みるきくしる〉EATSの歴史、もっと知りたい!
Walking around EATS while feeling its history

|2020.04.10

EATS散歩。

illustration : WALNUT   text : Mariko Uramoto
 
見慣れた風景や細い路地にも町の歴史を知る手がかりが。
都市史学者の岡本哲志さんがイラストレーターの
WALNUTさんを案内しながら教えてくれました。
 

 京橋の擬宝珠三点 [京橋]                    .

〈日本橋髙島屋〉の交通整備員さん
本館・新館・東館を繋ぐ交差点には黄色い旗を持った交通整備員さんがいて、和みます。

京橋には江戸時代に創建された橋「京橋」があった。1959年、川の埋め立てとともに橋は撤去されたが、
その名残を留めるため橋の装飾 “擬宝珠” がいくつか残っている。
「警察博物館前の擬宝珠には十五代将軍・徳川慶喜が書いた“京橋”の文字が。高架下には大正時代に作られたアールデコ調の擬宝珠があり、こちらは照明設備を備えていました。銀座一丁目交番は擬宝珠を模した屋根に注目です」(岡本さん、以下同)
 

江戸歌舞伎発祥之地の碑 [京橋]                 .

江戸歌舞伎は1624年、猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が日本橋と京橋の間にあった中橋南地で旗揚げをしたことが始まり。
「猿若座(のちの中村座)があったのは現在のブリヂストンビル辺りだったようです。当時、興行前に人寄せの太鼓を打ったところ、
江戸城へ旗本が登城するときに鳴らす太鼓と紛らわしいという理由で、移転を命じられました。
現在は発祥の地から少し離れた警察博物館向かい側に『江戸歌舞伎発祥之地』の記念碑があります」
 

ビルの隙間にひっそりと存在した豊川稲荷[八重洲]          .

商売繁盛や金運アップにご利益があるといわれている豊川稲荷。愛知県豊川市に総本山、東京・赤坂に別院があるが
「八重洲にも小さな豊川稲荷があったんです」。
東京駅八重洲北口から外堀通りを渡ってすぐ、石塚八重洲ビルにくっつくように鎮座。
鳥居の先には小さな祠と二体の凛々しい白い狐が。現在はビルの建て替えに伴い、撤去されてしまったが、
長年にわたって人気の飲食店がひしめく八重洲周辺を静かに見守っていた。
 

地下鉄と一体化した現存最古のビル 明治屋京橋ビル[京橋]      .

「京橋駅に直結した東京『明治屋京橋ビル』は地下鉄と一体開発された現存する国内最古の民間建造物です」。
竣工は1933年。欧米視察から戻った磯野長蔵社長は先進的な建築を目指し、イタリア・ルネッサンス様式を模した建物を
曽禰達蔵に作らせた。当時のクラシックな意匠を残したこの建物は近代建築史上、貴重な建造物として
2009年に中央区の有形文化財に指定。2015年には最新免震設備を導入してリノベーションした。
 

日本初の鉄骨建築、丸善[日本橋]                  .

1910年に竣工した日本橋丸善本店ビルは、赤煉瓦作りの本格的な鉄骨建築。「煉瓦造りを鉄骨で補強するのではなく、
鉄骨を構造主体とした建物は日本で初」。設計は日本の鉄骨建築の先駆者といわれる佐野利器、施工は清水建設が担当。
当時としては珍しい4階建てで、エレベーターも設置していた。関東大震災の猛火に包まれ全焼したが、激震には耐え抜いたことがわかり、
当時の耐震性能の高さが実証された。
 

八重洲の由来となったヤン・ヨーステンと外交で活躍したウィリアム・アダムス[八重洲]

1600年、イギリス人船員ウィリアム・アダムスらとともにオランダ船リーフデ号に乗って日本に漂着したオランダ人ヤン・ヨーステン。
徳川家康に仕えて外交・貿易などを担当し、ヨーステンは耶楊子、アダムスは三浦按針と日本名を与えられた。
現在の八重洲に邸宅を構えた耶楊子にちなんでこのエリアを「八代洲河岸」と命名。それがなまって「八重洲」に。
「八重洲通りにも記念碑が設置されています」
 

日枝神社の御旅所だった日枝神社日本橋摂社[日本橋]        .

「創建は江戸時代初期。赤坂にある山王日枝神社の祭礼において、神輿が休憩するための御旅所に定められ、
遥拝所が設けられたのが始まりです」。遠吠えをするように体を反らせて天を見上げる一対の狛犬は関東大震災の復興と運気上昇を願い、
1934年に奉納されたもの。1928年に造営された鉄筋コンクリート造の社殿の前には立派な銀杏の木がそびえ立つ。
神社の近くには東京証券取引所があり、御朱印帳は株を連想させる蕪と兜が描かれている。
 

道路の真ん中に埋められている、道の起点「日本橋道路元標」[日本橋] .

道路の起点を示す、道路元標。日本橋は東海道五十三次の起点としても知られているが、国道1、4、6、14、15、17、20号が集まる
7幹線国道のスタート地点でもある。それを示す元標プレートは日本橋の橋のど真ん中、車道の中央に埋め込まれている。
50cm四方のプレートに書かれた文字は当時の総理大臣・佐藤栄作によるもの。「車道上の元標を間近で見るのはちょっと危ないので、
日本橋の北西詰広場にレプリカの道路元標碑が設置されています」
 

戦前の三菱倉庫を一部残した日本橋ダイヤビルディング[日本橋]    .

地上18階建ての日本橋ダイヤビルディングは、1930年に竣工したトランクルームの先駆け「江戸橋倉庫ビル」の外壁が
そのまま残されている。「地上5階までの外壁のほとんどは江戸橋倉庫ビルのまま。船橋を模した塔屋が特徴で、
カーブした外壁や窓の一部に取り付けられたバルコニーが残されています」。
80年間、日本橋川沿いの景観として愛されてきた歴史的建造物の色調や曲面を高層部のデザインに継承している。
 

区内で最も新しい日本橋船着場[日本橋]               .

「日本橋のたもと、『滝の広場』にある日本橋船着場は2011年4月に供用を開始した、中央区で一番新しい船着場です」。
船着場は日本橋が木橋だった頃の擬宝珠を再現した杭があり、長さ20m、幅6mと比較的コンパクト。
日本橋川は神田川や隅田川など東京を代表する川とつながっているため、ここの船着場からさまざまな水上クルーズが楽しめる。
いつもと違うアングルで東京の魅力を発見できる水辺散歩の玄関口だ。
 
※Hanako SPECIAL ISSUE 「東京イーストエリアマガジン」(2019年10月発行)より転載

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