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|2023.05.09

対談:大薗彩芳(草月流華道家)×相壁琢人(フラワーアーティスト) 生命ある花の力を通じて伝えたい「花のある暮らし」の豊かさ

「持続可能な<花のある暮らし>を。」をテーマに掲げ、2023年3月16日から4月8日までYNK(八重洲・日本橋・京橋)エリアで開催された、第3回『Meet with Flowers in Tokyo YNK』。エリア内を移動しながら花の無料配布を行う“フリーフラワー”を中心に、多様な「花との出逢い」を形にした今回のイベントで、重要な役割を担ったのが大薗彩芳さんと相壁琢人さんのおふたりだ。

草月流師範を母に持ち、現在は華道家とIT企業のビジネスパーソンという2つの顔を持つ大薗さん。花の仲卸業を営む家庭に生まれ、バンドマンの経験を経たのちに、フラワーアーティストの道に進んだ相壁さん。そんなユニークな経歴を持つおふたりが『Meet with Flowers in Tokyo YNK』の趣旨に賛同し制作した作品は、それぞれ異なるアプローチから「花」と人とのかかわりについて考える機会を、私たちに与えてくれた。

近年の消費低迷に加えコロナ禍によるフラワーロスなど、いくつかの問題を抱えている日本の「花卉(かき)」業界。花にかかわる表現者たちは、持続可能な<花のある暮らし>と、どう向き合っているのか。花と人との「これから」について、最前線に立つおふたりに語りあっていただいた。


朽ちていく花もまた美しい。生花の存在が、私たちに伝えてくれること

──まずは、今回のイベントのために制作された作品についてお聞かせください。

大薗彩芳 イベントの趣旨となる「持続可能な<花のある暮らし>を。」を踏まえた作品づくりという点では、自分の作風に近いこともあり、さほど構えず自由に制作を楽しむことができたと思います。

東京スクエアガーデン1階に展示された『indestructible blossoms』。自然が生み出した廃材である流木や髑木(しゃれぼく)を“花器”に見立て、花材には水のない環境に強く、ドライフラワーに近い質感を持つハイブリッドスターチスやエリンジュームの生花を使用。さらに廃棄されたペットボトルを加工した「ペットボトルフラワー」を配すことで、有機物と無機物という2つの「不滅の花」を表現している。

──大薗さんの作品はどちらも、イベント会場の東京スクエアガーデンやその周辺のオフィスビルで出た廃棄物を利用されていますね。

華道家・大薗彩芳さん

大薗 1階の『indestructible blossoms』には、ペットボトルの空き容器を加工した「ペットボトルフラワー」を生花にあわせています。地下の『reincarnation』では、オフィスで不要になったデスクや電話機などを“花留め”(花が動かないように支える華道具の一種)として用いました。

東京スクエアガーデン地下1階に展示された『reincarnation』。花材には馬酔木(あせび)、藤蔓、アンスリウムを使用。オフィスから排出される使用済みのオフィス家具を “花留め”に用いることで、廃材に新たな生命を吹き込む“転生”を表現した。

相壁琢人 僕はいけばなに通じていないので、流木や廃材といった異なる素材に花をあわせる大薗さんの今回の手法に触れ、どのような思考で生けたんだろうと、感嘆とともに考えてしまいました。

フラワーアーティスト・相壁琢人さん

大薗 今回の企画に限らず「日用品×いけばな」は、私のテーマのひとつなんです。SDGsの文脈でメッセージ性が高まる効果もありますが、日用品を用いることの面白さって、作品を観た方が作品を“自分ごと化”できる点にあると思っていて。たとえば『reincarnation』では、オフィス家具などの不用品を、あえて花で隠さず露出させています。そうすることで、鑑賞者は「これって、会社で使っていたのと同じ椅子だ!」というように親近感を持ったり、一緒に観ている方と会話が生まれたりするじゃないですか。いわば、作品を通じてコミュニケーションが拡がるといいますか。そこに面白さを感じているんです。

相壁 なるほど。僕の場合、花卉市場に流通している花材をメインにした作品づくりが多いので、大薗さんの発想に大いに刺激されますね。

大薗 ありがとうございます。私は、相壁さんの今回の作品でまず素敵だなと思ったのが色味の鮮やかさです。相壁さんのセンスの良さもさることながら、花に対する知識がとても豊富な方という印象を受けました。

東京建物日本橋ビルに展示された相壁さんの作品『生命の循環』。大薗さんの『indestructible blossoms』と同じくハイブリッドスターチスと各種の蘭類を花材に使用。会期中に朽ちていく過程を隠さずに見せることで、枯れ落ちた草木や花が土に還り、新たな植物の養分となる“生命の循環”を表現している。

相壁 実家が花の仲卸をやっていて、僕も一時期手伝いをしていた関係で、人より花と親しむ機会が多かったんです。その一方で、花を扱う現場のリアルにも向きあってきました。たとえば、生花店で“売り物”になるのは、当然美しい花だけですよね。満開を過ぎた花を買う人はいませんから、当然捨てられてしまう。だから、生花店に花を売る仲卸にとっても、咲いてしまった花は売り物にならないわけです。そうした経験から、いつしか花の美しさについて考えるようになりました。今回の作品もそうですが、満開の瞬間だけでなく、朽ちていく花にも違った美しさがあることを知ってほしいという想いが常にあるんです。

東京建物八重洲ビルに展示された相壁さんの作品『Flowers never dies』。花材にはハイブリッドスターチスを使用。時間の経過とともに、異なる表情をみせながらドライフラワーとなっていく姿を通じ、花が持つ生命力や神秘性を表現。観る人の心にエモーショナルな余韻を刻む作品となった。

大薗 今回の相壁さんの作品は、あえて花に水を“飲ませて”いないですよね?

相壁 そうですね。『Flowers never dies』では枯れてもドライフラワーとして残り続ける花の美しさを表現しています。一方『生命の循環』では、ハイブリッドスターチスと蘭類を一緒に配することで、ドライになっていく花と朽ちていく花という、両方の美しさを見てほしかった。そうした有様を通じて、花という存在を考えるきっかけを少しでも増やせればいいなと。

大薗 先ほど花に対する知識がとても豊富とお伝えしましたが、ドライになっていく花にしても、朽ちていく花にしても、ちゃんと計算して選ばれていますよね。水を飲ませなくても、ある程度の期間は美しさを保つことができる花材を、ちゃんと把握されている。仲卸での経験を生かされていますね。

相壁 ありがとうございます。朽ちていく姿が美しいといっても、やはり観る方によってとらえかたは違いますからね。表現する際は、本当にかわいそうな朽ちかたをする花材は選ばないように意識しています。今回のイベントのように、街ゆく人々が偶然僕の作品に触れることによって、花に対する意識を変えてくれたり、新しい価値観を見出してくれたりしたら嬉しいですね。


「花の命をいただく」ということ。花にまつわる課題解決に向けたアクションとは

──相壁さんのお話からの連想になりますが、花に限らず“売り物”という観点でみると、本来の価値は変わらないはずなのに、私たちの視界から隠されていたものって、色々あると思うんです。いわゆる規格外の野菜もそうですよね。野菜の場合は、フードロス削減のため規格外の生産物を活用する試みが増えていますが、花の世界にも同様の課題があったりするのでしょうか?

大薗 難しい質問ですね。私が属しているいけばなの世界でいえば「花の命をいただく」ことに対して、何も考えてない人はいないと思います。華道の基本ですが、花を「生ける」ということは、自然に生えている状態よりも素敵にしてあげることなんです。それを成しえる人が華道家であり、そうでなければ、わざわざ花を生ける意味がありません。

相壁 “規格外”のものを隠すこと自体は、決して悪いことではありません。たとえば、僕が生花店を営んでいたとすれば、萎れた花は店頭に出さない。売り物になるならないという話以前に、生産者の方々に失礼なことですから。アーティストとしても、ウェディング会場に飾る作品を頼まれて、「朽ちていく花の美しさを知ってほしい」なんてやっちゃったら、滅茶苦茶怒られるわけですし(笑)。

大薗 (笑)。

相壁 花を作る人・売る人・使う人など立場によって異なる事情があり、課題として単純にひとくくりにできないですよね。花の美しさがひとつの姿では表せないように、花をとりまく課題の解決についても、色々なアプローチがあって良いのかなと。

大薗 まったくその通りですね。

相壁 ただ、花と接したり花について考えたりするための間口を、もっと広げる試みは増やしていくべきだとは思っていて。現状、一般の方が花と接する場所って、それこそ生花店だったり、結婚式やパーティの会場くらいしか思いつかないじゃないですか。僕が、フラワーアーティストとして活動している理由のひとつは、より多くの人に花と接する機会を持ってほしいからなんです。

大薗 接点を増やすことで、あらためて花について考える機会も増えるわけですから、それが消費低迷やフラワーロスなど花にまつわる課題解決につながるかもしれないですよね。

東京建物日本橋ビルに展示された相壁さんの写真作品『Domestic Flower』(上)と、東京建物八重洲ビルに展示された写真作品『Paradigm Shift』。

相壁 そうですね。僕が、ミュージシャンとコラボしてライブハウスで個展を開催するとか、写真作品に力を入れているのも、間口を広げるためです。それによって、「花を扱うことってカッコイイよね」と思って、花に関わる仕事に就く若い世代が増えたら嬉しいなと。

大薗 よくわかります。私たちのような、表舞台に立って花に携わる者からの発信は、とても大切だと感じています。特に、若い世代に響く発信をして、彼らが花に触れたり花を生けたりする機会を増やすことができれば、生花店や生産者の方々も大いに助かるのではないでしょうか。


持続可能な「花のある暮らし」とは。変わりつつある花と人とのつながり

──消費低迷に悩まされる花卉業界の現状を救うためにも、おふたりのようなアーティストによる発信は、とても意義あるものだと思います。その一方で「持続可能」というキーワードにつなげて考えると、単純に花の消費を増やすことが善なのかという議論もありそうです。

相壁 「消費」についても、立場によって言葉の意味合いが変わってきますよね。もちろん、むやみに消費を促すべきではありませんが、花卉業界の立場からみれば、コロナ禍以降数十億規模で消費が落ち込んでしまったという現実があって。業界に携わる方々にとっては、大きな問題となっているわけです。

大薗 愛されるために生産された花たちが、廃棄されてしまっているわけですからね。消費の是非以前の問題として、花卉業界を持続させるためのアクションは必要だと思います。たとえば私の場合は、SNSなどで窮状を訴える生産者の方々から直接花材を購入するようにしていました。

相壁 あの当時、個人的に行っていたのが、花のサブスクリプションサービスでした。しかも1年限定の。なぜ期間を区切ったのかというと、サブスクリプションを通じて花と接する習慣を持っていただけたら、その後は地元の生花店などで花を購入してほしかったからです。期間限定ということで、花に対する気持ちが集中できるかな、という意図もありました。

大薗 それは「良い消費」を促していることになりますよね。他方で、自主的に合理的な消費行動をとる人も増えているのかなと思いませんか? 私自身ここ数年、消費することに疲れてしまったようなところがあるんです。具体的にいうと、買い物やレジャーにお金を使うことが、以前のように楽しくなくなったというか。

相壁 その感覚は、とてもよくわかりますね。自分ごとに照らしあわせると、フラワーアーティストとして活動する以前は、消費という行動が、自分にとって表現の代替になっていたと思うんです。

大薗 なるほど。私は今も会社勤めと華道家という二足の草鞋を履いていますが、確かに消費に対する興味が薄れたのは、自分の表現を持つようになってからかもしれません。いわゆる消費に使うお金や時間があるなら、ものづくりだったりスキルアップだったりといったアウトプットに回したいと思っていますから。

相壁 そうですね。自分のためだけでなく、たとえば後輩のためにお金や時間を使うとか、世の中の役に立つようなことに消費したいという気持ちが強くなっているというか。そうした感覚は、僕らに限らず特に若い世代で増えているように思えますね。

大薗 SDGsとかサステナブルみたいなキーワードが浸透しているのも、そうした時代の変化に関係しているはずですしね。今回のイベントを見に来てくださった方々の反応からも、世の中の意識が徐々に変わってきていることを感じました。


生花だからこそ伝えられること。花が持つ力を信じこれからも表現を続けたい

──ところで、今回のイベントが開催されたYNKエリアに対して、おふたりはどのような印象を持たれていたでしょうか。

相壁 日頃、ほとんど立ち寄る機会がない場所ということもあり、これまでは単純にビジネス街というイメージしか持ち合わせていませんでした。でも、今回のイベントを通じてイメージががらりと変わりましたね。週末に設営をしていたこともあるんでしょうが、様々な人が行き交い、どの方の表情も本当に豊かで。

大薗 私は逆に、このエリアに対してオフィス街という印象を持っていなかったんですよ。日本橋髙島屋さんでいけばなの展示会を行う機会が多く、休日に訪れることが多かったからかもしれません。それだけに今回、相壁さんとは反対に、平日にも大勢人がいるんだなぁ、と思いました(笑)。

相壁 そういえば、今回のイベントで一番印象に残ったのは、設営中に一般の方たちから、たくさん声を掛けていただいたことだったんです。しかも皆さん、ちゃんと作品に興味を持ってくださっていて。以前に、新宿の歌舞伎町や渋谷のスクランブル交差点といった場所で、ゲリラ的に作品を出現させるインスタレーションを行ったことがあるんですが、そのときは、人がひっきりなしに行き交っていても、興味を持って話しかけてくれる人は、ほとんどいなかったんです。それだけに、今回の経験は本当に新鮮でしたね。

大薗 私も、これまでに野外の展示は何回もしていますが、今回のように温かい言葉をかけていただいたのは、ほぼ初めてだったと思います。土地柄もあるんでしょうね。表現が難しいのですが、平日休日問わず、文化芸術に関心の高い方々が集う場になっているのかなと感じました。

──花の無料配布を行う“フリーフラワー”も、地域の方々に歓迎されたようです。多様な「花との出逢い」を形にした今回のイベントでしたが、おふたりは「花」が持つ力について、どのようにお考えでしょうか。

相壁 花を“媒体”として考えた場合、受け手の感情の振れ幅の大きさは比べるものがないくらいだと思います。どういうことかというと、花を受け取った時、ある人はその匂いだったり形状に強く魅せられたり、ある人は「どうやって飾ろう」「長持ちさせよう」と悩んだり、受け止め方は千差万別。コミュニケーションが拡がるという点で、花が持つ力ってとても大きいのかなと思いますね。

大薗 とりわけ、生きている花が持つ力ということですね。今回のイベントのために私と相壁さんが制作した作品の共通項として「生花」があると思うんです。一口に花といっても、本当に多様な世界があって、プリザーブドフラワーみたいに生花を加工する手法もあれば、それこそ精巧な造花を用いる方もいる。相壁さんは、花によって得られる感情の振れ幅と表現されましたが、それはやはり「生花」だからこそ、なのかなと。花が持つ生命力が、人の感情を揺さぶるのではないでしょうか。

相壁 同感です。生花だから伝わる、伝えられることがありますよね。

大薗 相壁さんとお話させていただいて、あらためて花という存在の面白さや不思議さを再発見した思いです。今回のイベントもそうでしたが、これからも作品を通じて、花が持つパワーを多くの方々に伝えていきたいですね。

《プロフィール》
大薗彩芳(おおぞのさいほう)
現代華道家。某IT企業にて事業開発チームのマネージャーを勤めながら、草月流の師範・現代華道家として「HIGEDEBU FLOWERS」を主宰。花だけでない異素材を使用した作品を得意とし、花業界以外のアーティストや企業とも積極的にコラボレーションしている。2019年いけばな大賞審査員特別賞、2022年第103回草月新人賞など、受賞歴も多数。
@saihou_ozono https://www.instagram.com/saihou_ozono/

相壁琢人
フラワーアーティスト。ahi.代表。生花仲卸・花屋にて働いた後、2015年よりフラワーアーティストとして、制作活動およびフラワーディレクションを開始。2016年からはPhotographerの田中生(Ikuru Tanaka)とahi.始動。主に花の写真作品を制作。2020年表参道ヒルズ同潤館にて個展『Adam et Eve』開催。近年はアーティストの配信ライブやCM装花などフラワーディレクションの幅を広げている。
@aikabetakuto https://www.instagram.com/aikabetakuto/

関連サイト
Meet with Flowers | 持続可能な〈花のある暮らし〉を。: https://meetwithflowers.com/

執筆/石井敏郎、撮影/森カズシゲ

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