〈むかしみらい〉 地元企業物語
Campany's story in our town

|2016.09.26

Vol.7 柳屋ビルディング

日本橋交差点の「御朱印地」を継承。


地下鉄日本橋駅に直結した好立地、日本橋交差点に佇む「柳屋ビルディング」。この敷地は、今からおよそ420年前の天正18(1590)年、唐人・呂一官ろ いっかんが、徳川家康から「御朱印地」として拝領した由緒ある地所である。呂一官は天正12年、唐土ならびに唐薬種などの儀(御用)にて、徳川家康より浜松に邸を拝領し創業。その後の家康江戸入国に際し、浜松受領邸に相当する地所として、当地を拝領した。その後、辻家、堀家と代々相伝され、現在は柳屋ビルディング株式会社を創業した外池といけ家により所有されている。

御朱印地は、現在の柳屋ビル敷地の3割程度であり、面積は約200坪。「日本橋通弐町目西側北角 京間口十間 奥行二十間」と記録されている。この地では、紅白粉などの製造販売が行われ、屋号を「紅屋」と称していたが、後に「柳屋」となり、これが外池家により継承された。

外池家は、近江出身の外池宇兵衛正保(教意)によって、その基礎が築かれた。宝暦年間(1751〜63)には、現在の栃木県・茨城県方面で薬種行商を展開し、その後は清酒醸造業、酒屋・運送店などを中心に発展。文化・文政の頃(1804〜29)には江戸に進出し、柳屋油店を買収・承継した。

明治期の柳屋(所蔵・外池洋隆氏)

明治期になり、区画整理の頃には、柳屋ビルディングの建築を企図。関東大震災や戦争などによる混乱を経て、昭和25(1950)年、同社が設立された。

現在の建物は、東京オリンピックの年の昭和39(1964)年に竣工。ガラスブロックとガラスを組み合わせ、障子窓を並べたような水平窓が印象的な外観を持つこの建物は、地域のランドマーク的存在となっている。

天正12年に創業してから430余年、同社および柳屋外池家は、代々承継されてきた当地における貸ビル事業を中心とし、総合不動産コンサルタント業・貸地・賃貸住宅・駐車場事業などを展開。日本橋地域とともに、さらなる発展をめざしている。

日本橋交差点のビルは個性的な外観がランドマークとなっている

居心地のいいパブリックスペースを提供しているエントランスロビー

柳屋ビルディング株式会社
住所: 中央区日本橋2-1-10
TEL: 03-3272-1441
交通: 東京メトロ東西線・銀座線、都営地下鉄日本橋駅から1分(B5、A6出口直結)、JR東京駅から7分



東京人2016年7月増刊より転載

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