〈さんかする〉イベントレポート
Event report

|2017.10.17

第一回 江戸まち塾「山王祭と天王祭」「江戸山王祭之図(レプリカ絵巻)展示」


かつて人口100万人を超える世界最大の都市としてにぎわった江戸。
物資の大量輸送が水路で行われた当時をうかがわせる日本橋をはじめ、
2年に1度開催される山王祭など、
現代に受け継がれる文化や、歴史を紐解くことで見えてくる情景はいずれも大きな魅力です。

その江戸の歴史から心意気まで、第一人者を講師に招いてあらゆる視点からお伝えするイベントとして、
今年も好評の声にお応えし、去る9月13日(水)、コングレスクエア日本橋にて第一回「江戸まち塾」が開催されました。

第一回の講師は、戦後初の神田祭に参加された貴重なご経験をもつ、江都天下祭研究会神田倶楽部の山瀬一男さん。
テーマは『山王祭と天王祭』。在りし日の江戸を思わせるお話をお伺いしました。

江戸城下町をにぎわせたお祭りとして、現在も人気が高い山王祭・神田祭はよく知られていますが、当時もうひとつ存在したお祭り、それが、祇園祭とも呼ばれた「天王祭」です。

「なぜ江戸で祗園祭?」と首を傾げたくなりますが、江戸最古の神社である江戸神社が、仏教の聖地である祇園精舎の守護神牛頭天王(ごずてんのう)と習合した素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀ったことが由来。さまざまな言い伝えをもつ牛頭天王ですが、今回山瀬さんからご紹介いただいた除災の法は興味深い逸話でした。

牛頭天皇は、龍宮への旅の道中宿に困り、大金持ちの巨旦将来を訪ねたところ、無下に断られてしまいます。すると、その兄であり、貧しいながらも心根の優しい蘇民将来が快く宿泊させてくれ食事まで振舞ってくれました。後日、その厚意に感謝した牛頭天皇は、願い事がかなう牛玉を授け蘇民は富貴の人となりました。

一方牛頭天皇は、豊饒国への帰路、巨旦将来への復讐から村人をすべて疫病で殺してしまいました。そして翌朝、村の状況に驚いた蘇民将来に対して、「家族一同、茅の輪を作って、赤絹の房を下げ『蘇民将来之子孫なり』と護符を付ければ末代までも災難から逃れられる」と除災の法を伝えたと言われています。これが牛頭天王を「疫病退散の神様」として祀るようになった伝説で、天王祭は疫病をはらう牛頭天王をたたえながら盛大に行われていたそうです。

また、誰もが面白げに聞き入っていたのは、現在とは異なる江戸時代の神輿の担ぎ方に関するお話。現在は進行方向にまっすぐ神輿は進みますが、当時は神輿に体をよっかからせ、あっちにフラフラ、こっちにフラフラする「よっかかり担ぎ」だったそう。妙見信仰によって北斗七星を描くようにステップして担ぐと、フラフラするような担ぎ方になるのだとか。

またこの「よっかかり担ぎ」は陰陽道が絡んでいるとの説もあり、安倍晴明が天皇を輿でお運びする際、天の力を使って地の悪霊を抑えるため、北斗七星を踏むステップでお運びしたという話があるそうです。

また、会場には『江戸山王祭之図(レプリカ絵巻)』が展示されており、町ごとに意匠を凝らした山車など、当時のにぎやかな山王祭の様子を見ることができました。

実直なお人柄がうかがえる丁寧な語り口の山瀬さんのお話に、興味津々の表情を浮かべる参加者が印象的だった第一回「江戸まち塾」でした。

<イベント詳細>
日 時:2017年9月13日(水)
時 間:18:00~20:00
会 場:東京建物日本橋ビル 2階コングレスクエア日本橋
主 催:日本橋六の部連合町会、京橋一の部連合町会、日枝神社下町連合、日本橋六の部連合町会青年部 日八会
    京橋一の部連合町会青年部 京橋はじめ会
協 力:日枝神社、日本橋地域ルネッサンス100年計画委員会、都市出版株式会社「月刊東京人」
事務局:東京建物株式会社 江戸まち塾係

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