galerie non 美は生活の中にあり
今回訪ねたのは、老舗の多い京橋では比較的新しい2軒のショップ。店内は決して広くはないが、オーナーの深い知識と審美眼で集められた洋服や雑貨はどれも味わい深く、ついつい時間が経つのを忘れてしまう。「自分のスタイルを持つ」ことのきっかけがあるとしたら、こういう店から始まるのかもしれない。
骨董街の路地で、変わらぬ価値を求めて
「骨董通り」にはその名のとおり、150店もの古美術店やギャラリーが集積する。その路地で周囲に溶け込みつつ、静かに存在感を放つふたつのショーウインドーをみつけた。自然素材の衣服と海外のヴィンテージ雑貨を扱う「galerie non(以下 ギャルリーノン)」と、19世紀のフランスを中心としたアンティークとヴィンテージ古着を扱う「Mindbenders&Classics(以下 マインドベンダーズ アンド クラシックス)」。20メートルと離れていない斜め向かいにあり、どちらも、ファッション業界関係者や遠方からの顧客も多いという知る人ぞ知るショップだ。
前編では、路面店「ギャルリーノン」のオーナー、岡口存快(おかぐち のぶよし)さんにお話をうかがった。
世界中の面白いものを集めたギャラリーのような空間
岡口さんは、布地を扱うメーカーでテキスタイルデザイナーとして勤務後、1990年に独立。オリジナル衣服や雑貨の企画販売の会社を起業した。その後2003年に、同僚の城島幸子(じょうじま ゆきこ)さんを誘い西荻窪に実店舗をオープン。2012年には、ここ京橋に2号店をオープンさせた。
「西荻窪店がデイリー使いのものを中心に取り揃えているのに対し、京橋店には『これは何?』と首を傾げるようなものでも、私たちが純粋に面白いと思うものだけを置くことにしています。訪れた人がゆったりとした時間を過ごせるギャラリーのような空間にしたかった」と岡口さん。平日は、京橋店の2階のアトリエで作業することが多く、ふらりと訪ねてきては世間話をして帰る馴染みの顔が増えたこの街に愛着を感じているという。
店外からガラス越しにその全体が見渡せるほどの広さ。広い店に比べ、店と客の距離感は当然近くなるし、初めての場所に来るときは誰でも緊張する。しかし、一歩足を踏み入れれば、すぐに分かる。店のつくりも、接客もいい意味で力が抜けている。それでいて、セレクトには揺るぎない信念が伝わってくるのだ。
「自分でものづくりを始めて良かったことは流行を意識しなくていいこと。お店を始めた時から、洋服は自然素材のものしかつくっていないし、店内にプラスチックのものはほとんど置いていないんです」。なるほど、あたたかな雰囲気が感じられるのはそのせいか。しかも、ファッションだけでなくアートにも造詣が深い岡口さんがつくるもの、選ぶものは、枕詞のように使われる「ナチュラルな」ものとは一線を画す。そんなものにまつわるストーリーを、岡口さんは柔和な笑顔で教えてくれる。
日常を上質にする審美眼は、生活に根ざした美学から
ヨーロッパでの買い付けのときも、デザインや企画をするときも、岡口さんが意識するのは『日常の上質』。「自然素材の服をつくるのは、エコの意識からではなく、その方が上質で長持ちするから。『用の美』という言葉がありますが、生活で使う日用品に美を見出し、それを長く丁寧に使うことが日本人の美観に合っていると、私自身常々感じています」
岡口さんが考える『用の美』をたたえた品とは、「手に取ったときある種の感動を覚えるもの」。それゆえ初見の印象が大切で、海外で出会った「これはおもしろい!」、「カッコいい佇まいだなあ」と感じたものは、売れる、売れないにかかわらず、日本に持ち帰ることにしている。
お店に並ぶ商品は、19世紀から変わらぬ意匠が受け継がれているシェーカー教徒のオーバルボックス、フランスの鉄物コレクションなどのアンティークから、現代ドイツのCD、アフリカのお匙、チェコのズック、オリジナルの波佐見焼の食器など、時代も生産地もさまざま。
「値段もそれほど高くないものも置いているので、仕事帰りのサラリーマンが『家でお酒を呑むのに良さそうだ』とイランの手吹きの小さなグラスを気に入ることもあるし、若い女性が、イギリスの古い洗濯バサミを『部屋に飾りたい』と買い求めたり。僕たちが思いもよらなかった用途を、お客様自身が考えてくださるのは嬉しいですね」。
愛すべきアートへの眼差し
店内には、岡口さんのコレクションの中からいくつかのアート作品も展示されている。なかでも藤田嗣治の自画像のリトグラフは店奥の一角でひときわ存在感を放つ。「フジタは、センスがものすごくいい人。作品も服装もそうですが、彼のスタイルのある生き方、暮らし方がかっこいい。だからこそ、作品も見ていて飽きることがないのだと思います」。自身の美意識に決して妥協することがなかったフジタの精神が、ギャルリーノンの核となっているのかもしれない。
岡口さんのところには、界隈の友人が、かわるがわるやってくる。近くのレストランの方がファッションの話をしにきたり、美術商の方は、古いもの好き同士で趣味の話をしにくるという具合に。また時には、ご自身の画集を渡しにくるアーティストや、商品への思いを長い手紙で届けてくれる客もいるのだとか。
京橋の路地にあるひとつの小さなヴィンテージショップがハブとなり、情報交換や趣味の共有をしたい人たちが集っている。