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〈みるきくしる〉美を愉しむ/地元の古美術・画廊巡り
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|2023.04.04

都市のなかに、「心」や「世界」と向き合う空間をーーオフィスビルを舞台にした現代アート展「Art in Tokyo YNK」

前回会場風景

東京有数のビジネス街でありながら、近年はアートの実験的な催しも盛んに行われている八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリア。その中心部に立地するオフィスビル「東京スクエアガーデン」のエントランスで、2021年秋から定期的に開催されている現代アート展「Art in Tokyo YNK」の第4回が、4月17日(月)~5月19日(金)まで開かれる。

人気作家から、コロナ禍に表現活動を始めた作家まで、幅広いアーティストの作品を街と連続した空間で見せる同展は、新鮮なアート体験を与えてくれる。自分に正直に向き合いながら制作を行う6名の出品作家と、主催者に、今回の見どころを尋ねた。


「Art in Tokyo YNK」は、京橋エリアから現代アートの発信を行うことを目的に2021年に始動したプロジェクト「TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI」と、地域企業である東京建物が協働し、2021年11月から開催している現代アート展だ。

歴史ある古美術街として知られる京橋には、近年の美術市場の盛り上がりや購買層の若年化に伴い、街のイメージや客層を更新したいという課題があった。「TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI」は、こうした現状に応答しようと「四季彩舎」の石井信さんと「TOMOHIKO YOSHINO GALLERY」の吉野智彦さんが始めたプロジェクトで、街の活性にもつながるその活動に東京建物が賛同。オフィスビルの玄関口を舞台とした異色の現代アート展が生まれることになった。

展覧会は試行錯誤しながら回を重ね、次第に恒例行事として定着する気配も見せている。第1回は9名、第2回は7名、第3回は6名のアーティストが参加。普段はなかなか美術館に訪れる機会がなかったり、近隣の画廊を訪れることもないビジネスパーソンが、日常の延長線上でふとアートと出会い、作品を入り口に思考を拡げる貴重な機会となってきた。

第4回となる今回は、6名の作り手が出品。勤め先を辞めて表現を始めた人や、デザイナーとアート活動を並行して行う人など出自の異なる面々が揃い、表現ジャンルも日本画から半導体を使った異色作まで幅広い。また、今回は新たな試みとして、会場からほど近いギャラリー「BAG-Brillia Art Gallery-」にて、過去3回の出展作家を中心としたスピンオフ展示も開催。ビルを飛び出し、観客の意識をより「まち」に向けさせる。

アートの愛好家以外にも開かれた「Art in Tokyo YNK」。参加するアーティストはそれぞれどのような背景を持ち、どんな思いで作品を作っているのか。リモートで話を聞いた。


日本画が見せる固有の風景と物語

東京藝術大学の日本画専攻で博士号を取得した吉田侑加さんは、記憶のなかで反芻される原風景をテーマに制作するアーティスト。「原風景」と言うと里山を想像しがちだが、吉田さんが描くのは、自身が育った横浜の市街地のような都市の風景だ。

吉田侑加さん

ビルのネオンや高速道路のナトリウムランプ、街灯の明滅……。「こうした光景は必ずしも無機質ではなくて、自分にとっては懐かしさを感じさせるもの。おそらく似たような感覚をお持ちの方は多いはずで、自分の作品を通してそうした人たちの記憶につながれたらいいなと思っています」と吉田さんは言う。

作品の多くは、「青写真」を思わせるモノクロームや、限られた色で描かれる。その抽象性もあってか、私的な記憶に基づいて生まれた光景が、他者にも共感しうるものになっている点が面白い。

和紙に墨、岩絵具、箔といった日本画の画材で描くことで、ほかの画材では出せない独特の温かみがある画面が生まれる。ただし、イメージソースは幅広く、ゲルハルト・リヒターやサム・フランシスといった近現代の画家、また、絵画を描き始める以前は映像作品を作っていたという出自とも関係して、モノクロを含む映画からの刺激も受けているという。

興味深いのは、そうした関心の対象のなかに、共通して「ぼかし」や「滲み」のような曖昧なイメージの質があることだ。もっとも好む日本画は水墨画だとし、「空気中に水分の多い湿潤な日本という土地で暮らす人にとっては、はっきり何かが見えるより、どこか曖昧な光景にこそ懐かしさを感じさせるものがあるのかもしれない」と語る。今回は額なしで展示を行うため、さまざまな角度から絵を見て画材の表情を楽しんでほしいと話してくれた。

同じく日本画を制作するツジモトコウキさんは、日本における「縁起物」の文化に着想を得て活動を行うアーティストだ。縁起物とは、招き猫や熊手などの幸福を呼び込むための品物であり、鯛を「めでたい」、フグを「福」などと捉える言葉遊び的な面も持つ。

ツジモトコウキさん

学生時代はいわゆる現代アートを学んだツジモトさんだが、伊藤若冲など江戸中期~後期の日本画に惹かれていた。こうしたスタイルは、日本画の要素を応用した現代アートの作家の作品などには見られたが、ツジモトさんが現在主戦場とする百貨店などで展示される日本画には稀だった。そうしたなか、大学卒業後、絵で生活するため日本画の道へ。海外の顧客も意識して、ポップで物語のある作品をと考え、現在の作風にたどり着いた。

そんなツジモトさんの代表作が、地上と海でそれぞれ最大の動物である鯨と象をモチーフとした絵画群だ。きっかけは学生時代に見た若冲の《象と鯨図屏風》。「これを自分なりのタッチで描いてみたい」。そう考えて、「鯨が海から太陽を引き上げ、象がそれを陸地で受け取って動かす」という物語を自ら作り、新しい縁起物の絵画として制作している。

画材は日本画のものに限らず、アクリル絵具や油絵具に使われる顔料の粉末を膠(にかわ)に混ぜて使用したり、蛍光顔料を使ったり、実験的に描いている。ドロッピングや絵の具のたらし込みなど、いわゆるグラフィティ的な雰囲気もある。「過去の作家たちが現代に生きていたらこうした実験をしていたはず。日本画の核は失わず、描き方は拡げていきたい」。

昨年には、日本と海外の歴史的な結びつきを考える上でも欠かせない地元の長崎で、ギャラリーをオープンした。作家活動と合わせてその運営も地道に行っていきながら、新しい物語を今後も届けていく予定だという。


自身の心と向き合う若手の躍進

この4月から大学4年生となる朝倉健太さんは、およそ1年前から絵画制作を始めた駆け出しのアーティストだ。そんな朝倉さんが作品のテーマとするのは「Invisible Sloth」。日本語に訳すと「不可視的ナマケモノ」という、なんとも不思議なコンセプトだ。

朝倉健太さん

起業を目指して経済学部に入学するものの、ちょうど進学とコロナ禍が重なり、夢見ていた学生生活も送れず、怠惰な時間を送っていたという朝倉さん。一方、身内の影響で幼少期から俳優業を行い、絵を描くことも好きだった。自宅で時間を過ごすなか、「良くないものとして語られがちなこのダラダラした時間も、じつは心が休まる時間になったり、何かの原動力になっていたりする」と感じ、それをかたちにする活動を始めた。

作品に特徴的な人物の目の周りの模様は、ナマケモノの顔の隈から取られている。白い身体の人物は、「あのときこうしておけばよかった」という後悔のときに浮かぶという、理想の行動を取る人物のイメージや、考え事の際に話し相手となる人物など、心の中にいるもう一人の自分を表したもの。朝倉さんにとって「怠惰な時間」は、経済活動などに追われる日常のなかではなかなか振り返らない、内面の奥にいる自分と向き合う時間なのだ。

アクリル絵具で全体を描き、目元にはラッカースプレーを重ね、あとから剥ぐなどの技法で模様を作っている。10年ほどダンスをやっていたこともあり、人物の姿勢にはコンテンポラリーダンスの動きを引用することもある。凛とした人物の姿勢は、動き出したいウズウズしたい気持ちを表し、希望も悲しみも感じられるような表現を目指しているという。

人と対峙するとき、何かを演じている感覚があったという朝倉さん。絵を描き始めた当初も誰かの視線を意識していたが、制作を通してそうした自分を見つめ直し、自分なりの新しい表現ができないか、日々模索している。今回の展示は、そんな現在進行形で変化を続けている若い描き手の作品の魅力を感じられる機会にもなるはずだ。

つづいて話を聞いたWAKANAさんも、絵具で絵画を描き始めたのは約1年前のこと。言葉を上手く出せなかったり、思ったことと逆の表現をしてしまうことが多かったという幼少期の記憶を出発点に、それを「Trapped in myself」というコンセプトに落とし込んで制作を行なっている。

WAKANAさん

一見、抽象画のように見える鮮やかな画面は、じつは透明な箱に風船を詰め込み、それを撮影した写真をもとに描かれたもの。「もともとは人によく質問する子どもだったんですけど、育った環境の違う人と出会ったり、『自分で考えて』と言われたりするなかで、思うことが言えなくなってしまって……」。そんな息苦しさもあった小さい頃の感情を、やはり当時からそのプニプニした触覚に愛着を抱いていたという風船で表現している。

以前はフリーランスのイラストレーターとして、デジタル上で人物像などを描いていた。しかし、クライアントからの依頼に基づく制作スタイルに違和感を感じ、自分らしい表現を求めて絵の具を手にしたことで、いまの活動を拓いた。

過去の心の状態をあらためて「絵画」として外在化し、他者にも見えるものとする行為は、自分の感情と向き合い、バランスを取る作業にもなっているという。苦しい状況のなかでも「こうありたい」というポジティブな思考でいることが多かったことから、絵画でもひとつの感情で染まるようなものではなく、「喜怒哀楽」を感じさせるカラフルな画面を意識している。

パーソナルな体験に紐づいたWAKANAさんの作品だが、今回の展示会場を行き交う多くのビジネスパーソンにとっても、もしかすると共感性は高いのではないだろうか。都市の窮屈さや、出勤の慌ただしさを感じる人たちにとって、WAKANAさんの絵画は普段とは異なる感情や時間の流れ、自分を見つめ直す機会を与えるかもしれない。


素材の冒険が見せる表現の可能性

これまで主に絵画を手がけるアーティストを紹介してきたが、今回の展示には一風変わった素材による作品を手がけている作り手も参加する。ピストルのようなトリガー式のレバーで接着剤(熱可塑性プラスチック)を押し出す「グルーガン」という道具を用いて制作を行う水口麟太郎さんはその一人だ。

水口麟太郎さん

水口さんは大学でプロダクトデザインを学び、パリのデザイン学校へ留学。現在もデザイナーとしての一面を持つが、パリ滞在中に自身のアート活動も開始した。基本的にクライアント仕事であるデザインに対して、他者の意思が介在することのない自分だけの領域も確保したいと考えたためだ。

フランスで最初のグループ展に参加する際、小学校の図工の授業で触れ、「面白い道具」だと感じていたグルーガンを使うことを思いついた。作品の形状は、同じく小さい頃から大好きだったというソフトビニールやプラスチック製の「怪獣」、たとえばゴジラや、タカラトミーの人気メカ生命体「ゾイド」などから着想を得ている。いずれも機械のゴツゴツ感や無数のヒダのような、溶け固まったグルーの素材の魅力が伝わる形状のものを制作している。

ゴジラが水爆実験から生まれたように、怪獣とは、「人が観測可能な範疇を超えた事象」や「大きな意志」の表れであり、人にとって畏怖の対象だと捉える。そうしたなか、最近は怪獣に人間の形状を組み合わせた作品も制作している。それは、現代において畏れを抱かせる巨大なものとは、SNSの向こうに感じるような大衆の存在でもあると考えているからだという。

メーカーも想定しないような方法で、道具・素材としてのグルーガンの可能性を広げている水口さん。会場で作品に触れる観客に対しては、「怪獣は架空のものだが、そのシルエットがなぜ人間のようなかたちをしているのかなど、これらの作品を入り口にして、あらためて自分の周囲の現実世界について考える機会にしてもらえたら」と話した。

大学で物理学を学び、大手電機メーカー勤務を経て作家活動を始めた異色の経歴を持つ淵上直斗さんも、新たな素材に挑戦している作り手だ。使用するのは、半導体。電子機器の頭脳とも言える部品を粉砕し、平面に大量に貼り付けることを通して、「量子力学における存在や実在」をテーマに、鑑賞者に問いを発する作品を制作している。

淵上直斗さん

淵上さんが大学で専攻した量子力学とは、人間の身体も構成する原子や素粒子など、非常に小さなスケールの物質の振る舞いを探究する学問のこと。「この分野の面白さは、化学や医療など幅広い分野の基礎にも関わらず、量子の世界で現れる現象は奇妙で、僕たちの直感に反するところ。例えば、同じ人物が別の場所に同時に存在することが理論上あり得たり、存在をめぐる不思議な現象が起き、哲学を巻き込んで議論が続いている」という。

もともと電機メーカーにシステムエンジニアとして勤務していたが、メンタルヘルスの問題を抱えて休職。その間、昔から好きだった絵を描き始め、退職後もしばらくは感情表現としての抽象画を描いていたが、より他者と共有できるテーマを求めて、2022年から自身の出自を振り返るなか、量子力学の発展とともに進化した半導体の使用を思いついた。

木製パネルに半導体を散らし、その上から樹脂をかけている。こだわりは、半導体に書き込まれた回路が見えるように、一枚一枚丁寧にピンセットで向きを調整しているところ。半導体の視覚的な面白さと同時に、「身近な世界はじつは半導体で溢れている」という、普段はなかなか意識することがない事実についても観客の意識を向けたい、と話す。

現在も、夜寝る際などに自身の実在や存在意義についてネガティブな感情に襲われることがあるという淵上さん。そうした、誰もが抱え得る問いに根ざした作品は、今回の展示の観客にも共感を生む可能性を秘めている。


足元からテーマを、他者との丁寧なコミュニケーションを

最後に、展覧会の仕掛け人である石井信さんと吉野智彦さんにも話を聞いた。

まず、今回の作家の選出基準について吉野さんは、「作家を選ぶにあたっては、毎回作品の魅力や素材の面白さを重視している」と説明。そうした観点から、初回の「Art in Tokyo YNK」に登場した人気画家のyuta okudaさんのアシスタントも務めるWAKANAさんや、展示で見かけて表現力に目が惹かれたという朝倉さんに加え、半導体を使う淵上さんを選んだと語った。

左)TOMOHIKO YOSHINO GLLERYの吉野智彦さん 右)四季彩舎の石井信さん

対する石井さんは、自身のギャラリーに多い日本画出身のアーティストとして、吉田さんとツジモトさんを選出。また、水口さんについては、以前審査員を務めた公募展で賞を授与した経緯があり、グルーガンを使った表現の面白さから選んだと話した。

上記のokudaさんに代表されるように、「Art in Tokyo YNK」ではこれまで、すでにマーケットで評価を得ている作家が多く含まれる回もあった。そうしたなか今回は、アート活動を始めたばかりの作家や、自身の表現スタイルを模索中の作家が多いことも特徴だ。

そのように若手を多く選ぶ理由について石井さんは、「若々しい作家の発表の機会は限られている。自分にはこの展示を、そうした作り手の支援の機会にしたいという思いがあるんです」と説明。吉野さんもこれに同意し、「これから出ていきたいと考える作り手が埋もれないようにするのが私たちの仕事なんです」と語った。

今回アーティストたちの話を聞いていて感じたのは、どの作り手も、その制作が自身の等身大の思いや関心、あるいは過去に紐づいているということ。これは、往々にして自分からかけ離れた大上段の議論や、難解なコンセプトを掲げがちな現代アートの世界のなかで貴重な傾向といえるのではないだろうか。

筆者が感じたこの傾向について、吉野さんは、「最近の若い作り手には、そうした身近な部分から制作を始める人が多いように感じます。純粋な作家というより、他の仕事と兼業的に作家活動をしている人も増えているなか、自身の心や生活と向き合ううえで、『表現』というものが求められている面もあるのではないでしょうか」と分析した。

さらに、「協働するアーティスト」の選び方に話が及ぶと、吉野さんは「僕自身が友達になれると感じること」、石井さんは「パートナーになれること」が重要だと話した。いずれも、作品そのものだけではなく、作り手が他者と関係を結ぶ、そのあり方も含めてアーティストの重要な特性と捉えているということだろう。たしかに今回の6名も含め、「Art in Tokyo YNK」に登場するアーティストには、とても誠実な作り手が多い印象を受ける。

人から与えられた、取ってつけたようなコンセプトではなく、自身と向き合うなかから見出された関心やテーマを大切にして、それを他者と丁寧にコミュニケーションしながらかたちにしていくこと。「Art in Tokyo YNK」では、どんな仕事をする人の胸も打つ、そうした姿勢のアーティストたちの作品を存分に味わうことができる。この機会に、ぜひ会場に足を運んでほしい。

執筆:杉原環樹

※一部の作品画像は、実際に展示される作品とは異なる場合がございます。

【開催概要】
イベント名:第4回「Art in Tokyo YNK」
会 期:2023年4月17日(月)~5月19日(金)
場 所:東京スクエアガーデン(中央区京橋3-1-1)1階 オフィスエントランスホール
開館時間:10:00~19:00 (土日祝閉館)* 最終日は18時まで
入場料:無料
主 催:TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI、東京建物株式会社
公式サイト: https://artintokyoynk.com/

【関連展覧会】
展覧会名:ART in Tokyo YNK  Spin-Off Event「TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHつながりのはじまり」
会 期:2023年4月18日(火)~5月19日(金)
会 場:BAG-Brillia Art Gallery-(中央区京橋3-6-18 1階)
開館時間:11:00~19:00(定休日:月曜)* GW中の祝日は4/29(土・祝)を除き休館。
主 催:TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI、東京建物株式会社
公式サイト: https://www.brillia-art.com/bag/

【関連サイト】
TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI(@kyobashicontemporary): https://www.instagram.com/kyobashicontemporary/
四季彩舎: https://www.shikisaisha.com
TOMOHIKO YOSHINO GALLERY : https://www.tomohikoyoshinogallery.com 

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