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〈みるきくしる〉美を愉しむ/地元の古美術・画廊巡り
New way to enjoy antique

|2023.07.05

漂流し続ける街。映画作家・波田野州平が八重洲・日本橋・京橋エリアで見た絶景

2023年初夏。東京・京橋の、とあるオフィスビルでは、風変わりな写真展が行われていた。ビルのエントランスホールに入ると、人の背より大きな写真が立ち並ぶ。写真には、大規模な再開発が進む八重洲・日本橋・京橋の街の風景が収められている。この街に建つビルの中で飾られる、この街を写した写真。ちょっとした入れ子構造だ。

それらの写真はどこか懐かしく、エモーショナルなムードがある。説明書きを見ると、すべて2019年のものとある。なぜ、4年前の写真なのか。

写真を撮ったのは、国際映画祭でグランプリの受賞経験がある映画作家・波田野州平。彼は今回の撮影を機に、これまで見たことのない街の景色を、目の当たりにすることになる。


「移り変わる街」の撮影後に訪れた困惑

波田野が八重洲・日本橋・京橋を撮り始めたきっかけは、まちづくりに関わる地元企業からの、ある依頼だった。

「再開発で変わりゆく街の姿を、記録に残してもらいたいと。とはいえ、外に向けての見せ方を気にすることなく、私の見方と撮り方で、主体的に撮ってもらってOKとのことでした。写真集や写真展などの発表方法は、とくに決まっていませんでした」

左)2023年5月23日〜6月9日に東京スクエアガーデン1階のオフィスエントランスに設けられたアートギャラリーで開催された波田野州平写真展『Before Us』
右)波田野州平さん。1980年鳥取県生まれ。多摩美術大学映像演劇学科卒業。代表作に『TRAIL』、『影の由来』(東京ドキュメンタリー映画祭2018年短編部門グランプリ)、『私はおぼえている』(ジョグジャカルタ国際ドキュメンタリー映画祭2022最優秀国際長編ドキュメンタリー賞)などがある

波田野はこれまで、ドキュメンタリーとフィクションの入り混じる、幻想的で不思議な余韻のある映画作品を発表してきた。今回の撮影では、写真と映像の両方を撮り進めた。

撮影を始めて、波田野がまず戸惑ったのが、「変わりゆく街を記録するとは、何か?」との問題だった。

「ビルを作っているところだけを撮ったら、工事現場の写真ばかりになってしまう。どうすれば、点ではなく時間の幅をもたせられるか。結局それは最後まで答えが出なかったので、あまり考えず感覚的に目に入ったものをパシャパシャ撮っていきました。まるでその瞬間の光景を、次々抜き取っていく“スリ”のように」

撮影は2018年12月から2020年1月までの、1年強にわたった。そこには、再開発で移り変わる、八重洲・日本橋・京橋の最新の姿が収められているはずだった。ところが撮影を終えた直後、時代のページは突如、強引に引きちぎられ、新しいページが立ち現れる。そう、パンデミックによって。

企業はリモートワークを導入し、通りからは、まるで忘れ去られた街のように人がいなくなった。外出する数少ない人びとは、マスクで顔を覆った。同時に波田野がこの街で撮った写真は、“以前の風景”へとなり変わった。

こうして撮影当時とは別の意味を帯びることになった写真を、波田野は2020年12月に、『Before Us』という作品集にまとめて発表する。モノクロスナップで構成された、自身初の写真集だった。さらに“Before Us”には、次なる展開があった。それが、2023年5月から6月にかけ、京橋の東京スクエアガーデンで開催された写真展『Before Us』だ。

「大きく引き伸ばした写真をいざ展示すると、2019年当時の景色が、目の前へリアルに広がる感覚がありました。また時を経たことも手伝って、それまで見えなかったものがたくさん見えてきた。“目の前”という意味の物理的なBeforeと、“以前の”という意味の時間的Beforeの両方を表現できたのかなと。自分の写真を見て、無性にドキドキを覚えました」

写真展『Before Us』の展示写真

一方現実の街は、ノーマスクの人びとでにぎわい始め、時代は“コロナを経た後”へとまたも更新されていた。それにより2019年に撮った写真は、いうなれば“ふた時代前の風景”へと変貌していた。その事実が、この街に対する波田野の理解を、いっそう混乱させる。

「八重洲・日本橋・京橋は景色が多様で、撮影している時から歩けば歩くほど、分け入れば分け入るほど深みにハマっていく感じがありました。そして撮り終わった後も、その思いは深まっていった……」

波田野がこの街で見たのは、どんな景色だったのか。彼がそこでありありと見たのは、漂流し続ける都市の姿だった。


“先端”の地に棲む、美しき巨大怪物

「撮影にあたり、界隈の歴史を教えてもらいました。もともとは海だった場所に、街が作られた。ところが、今からちょうど100年前に起こった大地震で、すべてが崩壊する。そこにまた新しい街を作ったものの、今度は空襲で焼き尽くされてしまう。人びとはまたしても、街を新たに作り直す。

そして今回の取り組みで、私自身も街の劇的な変化を、身をもって体感します。ウィルスにより、撮った写真の意味が大きく変わってしまったのです。たとえば2019年の写真を今見ると、いわゆる密の状況でありながら人びとがノーマスクであることに、おのずと目がいく。でも当然ながら、撮影当時はそんなこと思いもしなかった。

そうやって、こちらの当初の撮影意図などはどんどん薄まり、意図しなかったものが浮かび上がってくる。自分は街を、全然捉えられていなかったんだなと」

写真展『Before Us』の展示写真

同時に波田野の目には、“すごみ”のようなものを帯びた街の景色が立ち上がってくる。

「その捉えきれないこと自体が、この街なんだなと。世の趨勢や新しい胎動をダイレクトに受け止め、古いものも新しいものも、土地の人も外からの人もぐちゃっと混ざり合い、常に変わり続けていく。変わり続けることが、変わらずにある街。

それはあくまでも、ここの住民ではなく、開発を担う当事者でもない、外から来た新参者の私から見えた景色です。でも、それが私にとってのこの街のリアルで、魅力でもあります。純粋に、常に変わり続けるって、すごい。そこにはすべてを飲み込んで変化し続ける強靭さと、そこからくる儚さ、美しさがあるなと」

八重洲・日本橋・京橋は、複数の「先端性」が折り重なった場所だ。交通の要所で東京の入り口という意味での先端性。それゆえに最新の文化・風俗・様式が真っ先に入ってくる先端性。そして海と陸のキワに作られた埋立地の意味での先端性。先端だからこそ、常に新しい事物にさらされ、古くから根付く歴史や文化と溶け込み、それがまた新しい歴史・文化を生み出す。

波田野が撮影のなかで目撃したのは、そうしてダイナミックに新陳代謝を繰り返す、美しくどこか儚げな巨大怪物のようなものだったのかもしれない。

写真展『Before Us』の展示写真。漂流するこの街の姿を日本橋川の水面に捉えた1枚

あわせて波田野は、こうして自身の意図が裏切られ、思いもよらない景色が立ち現れることに、ある快楽を感じている。


100年後のこの場所でまた開催する『Before Us』

「作品を作る時には、それなりに意図をもって臨みます。でも、写真や映像といったメディアが生み出す運動に身をゆだねるうちに、自分がどんどん失われていき、対象そのものが立ち上がってくる感覚がある。そうして思いもよらなかったものに出会い、発見し、自分が更新される。作る前と後では、見える景色が変わっている。

結局、自分はそれが楽しくて作品を作り続けてきたんだなと。翻弄されることが、快楽でもあると。だからこそ目の前に、行き先のわかる道と行き先のわからない道があったら、常に後者を選ぶ。そうやって、未知を目指す自分であり続けたい」

再び話は、2023年初夏の写真展『Before Us』に立ち戻る。実はこの展示では、帆布生地にタールを塗ったターポリンに写真をプリントした。

「横断幕などにも使われる素材で、通常のフィルムの印刷紙とは違い再利用しやすいことから、今回採用しました。これだけの大きさでありつつ、クルクル巻いて保管できるし、防水素材なので汚れに強い。たとえ汚れても、拭き取れる。

だから今回の写真を保管し、100年後にまたここで写真展を開いたらいいかもしれない。もちろん、私はもうこの世にいない。そのころには私の意図なんてきれいさっぱり消え失せて、また今とはまったく異なる景色が、写真に立ち現れていることでしょう」

執筆:田嶋章博、撮影:島村緑

◆波田野 州平(はたの しゅうへい)
多摩美術大学映像演劇学科卒業。 主な作品に『TRAIL』(2012・ユーロスペース)、『影の由来』(2017・東京ドキュメンタリー映画祭2018 短編部門グランプリ)、『私はおぼえている』(2021・ジョグジャカルタ国際ドキュメンタリー映画祭2022 国際長編部門グランプリ)がある。

関連サイト
Shuhei Hatano Official: http://shuheihatano.com/
波田野州平 写真作品集『Before Us』(DOOKS刊): https://www.dooks.info/work/published/285_Shuhei_Hatano.html

INFORMATION

波田野州平写真展『Before Us vol.2』

会場
東京スクエアガーデンアートギャラリー(中央区京橋3丁目1-1 東京スクエアガーデン1階オフィスエントランス内)
会期
2023年7月14日(金)-9月1日(金) 10:00~19:00
休み
※土日祝閉館
入場料
無料
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