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〈むかしみらい〉東京クロニクル
TOKYO chronicles

|2016.09.20

重要無形文化財保持者として、義太夫の伝統を守る

義太夫演奏家 竹本 弥乃太夫(たけもと やのだゆう)


京橋在住の竹本弥乃太夫やのだゆうさんは、60年以上にわたって義太夫ぎだゆうの演じ手であり、指導者としても活躍し、昭和61(1986)年に重要無形文化財(義太夫節)に認定された。今年90歳を迎えるというが、その声は重く、太い。情感あふれる迫力のある語りを聞けば、物語の世界に引き込まれていく。

義太夫節は、江戸時代に大阪で人形浄瑠璃の語りとして成立した三味線音楽である。太棹ふとざおの三味線に合わせて、語り手である太夫が物語の進行に加えて、登場人物すべての心理状態や感情を一人で語り分ける。現在も文楽、歌舞伎、日本舞踊に取り入れられ、弥乃太夫さんは日本舞踊の太夫として、国立劇場や歌舞伎座などの舞台に上がっている。

弥乃太夫さんは、大正15(1926)年に浅草で生まれた。
「母方のおばあさんが義太夫好きで、いつも鼻歌まじりに語っていました。母や叔父も好きでね、生まれたときから耳にしていましたから、自然と節を覚えていました」

戦中戦後はあらゆる伝統芸能が下火になるが、昭和23(1948)年、義太夫協会が「義太夫教室」を開校するや、弥乃太夫さんは第一期生として勉強を始めた。25歳で初舞台を踏んでからも、三味線の鶴沢三生師、浄瑠璃の豊沢猿蔵師と豊沢松太郎師、音調理論の野沢吉二郎師、竹本扇太夫師など、多くの師匠に教えを仰いできた。自らも舞台に立つ以外にも教室やワークショップで活躍し、後進の育成にも力を注ぐ。

義太夫の語りが書かれた原本は、現代人にとっては読みづらい。弥乃太夫さんは、楷書で書き直し、メロディである節を書き込むなど、手づくりでオリジナルの本を作って自ら勉強するだけでなく、これから勉強を始める人が分かりやすいようにしてきた。また、芥川龍之介の「地獄変」を題材にした新作舞踊のための義太夫の節づけをはじめ、百曲以上の新作の作曲を手がけている。

「一人の語りで、老若男女さまざまな人を演じ分けられるのが、義太夫の魅力です。昨年、88歳ではじめてリサイタルを開くことができました。今年、来年と、一年でも長くリサイタルを続けられるよう精進していきます」

TEXT:金丸裕子、 PHOTOGRAPH:渡邉茂樹
東京人2016年7月増刊より転載

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