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〈はたらく〉 イノベーションの舞台
FRONT of TOKYO

|2018.06.05

誰もが行ける宇宙の実現へ 日本最初の旅行会社が取り組む宇宙開発支援(前編)

最後にじっくり空を眺めたのはいつだったろうか。嬉しいことや楽しいこと、悲しいことや腹の立つこと。幼いころは、心がぎゅうぎゅう詰めになると、よく空を見上げ、気持ちがほぐれていくのを待った。それくらい、空とその果てに広がる宇宙は、日常とかけ離れた広大無辺な世界だった。あれから数十年が経ち、宇宙はいま、私たちのすぐそばにある。国家が莫大な予算を投じていた宇宙開発を、一民間企業が行うまでになり、「宇宙旅行時代」へのカウントダウンがいよいよ始まったのだ。それを楽しまない手はない。

一人の社員の声から生まれた、“宇宙を感じ、楽しむ”大人気ツアー

日本最初の旅行会社であり、中央区日本橋に本社を置く株式会社日本旅行。時代を先取りするアイデアを盛り込んだ商品を長年企画してきた。それをよく物語るのが、1992年、日本人で初めて米スペースシャトルに搭乗した毛利衛さんの応援ツアーだ。以来、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や米航空宇宙局(NASA)、宇宙関連企業との良好な関係を土台に、宇宙開発に関連するツアーを積極的に催行。創業110周年を迎えた2015年には満を持して、宇宙を体感する旅のブランド「sola旅クラブ」を立ち上げた。

決して安くはないsola旅クラブのツアーだが、毎回キャンセル待ちが出る盛況ぶりで、現在までにのべ700名ほどが参加。開始からわずか3年で、早くも将来の事業の柱として位置付けられている。企画から運営までトータルに手掛ける、営業企画本部 企画・開発部 国内旅行チームの中島修さんは、立ち上げ当時を次のように振り返る。

「2015年は、私が現部署に異動してきた年でもあるんです。異動前、自分が開発に携わった新しい団体旅行管理システムを全社へ展開させることが新天地でのミッションと聞いていたので、部長との何気ない会話から、まさかこんなことになるとは思いもよりませんでした(笑)」。

ロケット打上げの瞬間、人生観が変わるほどの感動が訪れる

“会社の創業110周年を記念するアイデアはないか”。中島さんの脳裏に真っ先に浮かんだのは、JAXAや宇宙関連企業の渉外支援に当たっていた法人営業時代、幾度となく立ち会ったロケット打上げの瞬間だった。

「夜を昼のように輝かせる閃光、体の芯まで震えさせる轟音。発射の瞬間の臨場感はすさまじく、涙を流す人もいます。宇宙開発の専門家たちも、皆既日食と並ぶ、人生観が変わるほどのインパクトだと口を揃えるぐらいの体験です。ツアーにうまくまとめ上げられれば、ビジネスとして成功すると思いました」。

ロケット打上げ応援ツアー「宇宙教室in種子島」。種子島は世界一美しい発射場といわれている

かく言う中島さんがいるのは、営業企画本部 企画・開発部。交通機関、宿泊施設などへの営業体制を強化し、より多くのツアーを届けられる体制を整えるのが仕事だ。いわゆる商品造成(個人旅行向けの企画)の部門ではないが、JAXAとの直接のパイプを持ち、誰よりも深い確信を持つ者として、やるしかなかった。

「契約書など、専門性が高いものは第三者にチェックをお願いしましたが、行程表の作成から弁当の手配まで、すべて自分で行いました。他社が聞いたらびっくりするかもしれませんね。組織において、縦割り意識というのは何とも残念。自由に挑戦できる弊社の環境を有難く感じています」。

柔らかな語り口に、中島さんが置かれた困難な状況を忘れてしまいそうになるが、最初のロケット打上げ応援ツアー「宇宙教室in種子島」の発売にこぎつけるまでの苦労はいかばかりだったか。打上げ日時は2カ月以上前に発表されることはない。それゆえ、非常にタイトなスケジュールで準備を進める必要があるのだ。

感動プラスアルファの“学び”を。ただの見物で終わらせない

「日本は自国でロケット打上げを見られる数少ない国のひとつ。この幸運を一人でも多くの人に感じてもらうため、どんなに大変でも、芯のあるツアーをつくりたかった。それに、ともすると世間の目は打上げの失敗や延期といった悪いニュースの方に向きがちです。だからこそ、打上げを一過性のイベントのように扱う“なんちゃってツアー”ではダメなんです」。

中島さんが特にこだわったのは、添乗員の質だ。ロケット打上げは、他では決して味わうことができない唯一無二の体験。その経験者であるか? 誰もが知っているようであまり知らない、ロケットや宇宙にまつわる素朴な疑問にしっかりと答えられるか?

資料ひとつとっても知的好奇心を刺激する本格的な内容で、興味・関心でつながる参加者同士や添乗員との活発な交流を生む企画となっている

「他社より長い歴史というアドバンテージを活かせれば、自ずと差別化につながると考えていました。具体的には、打上げをただ見物するだけでなく、宇宙関連施設の見学や『宇宙教室』と銘打った講義など、感動プラスアルファの学びの要素です」。

日本の宇宙科学研究と技術の粋を集めた組織であるJAXAだが、他の国立研究機関同様、概ね2年から3年で人事異動することが多い。そのことを思えば、種子島だけでも20発以上のロケットを見送ってきた中島さんのノウハウや経験から語られる説明の重みが、参加者を惹きつけていることは想像に難くない。

「ただし、一度にたくさんのお客様をご案内できないという問題もあります。島の限られた交通機関や宿泊施設などの物理的な制約はもちろん、何かイレギュラーな事態が発生した場合、スタッフ一人が見ることのできる人数はせいぜい15名。それ以上では、コミュニケーションの質を担保できません。同行する添乗員やスタッフの増員はツアーの価格に跳ね返ってしまいますが、それでも有難いことに支持をいただいています」。

打上げ延期をカバーするプログラムの設計に確かな手ごたえ

参加者の要望と真摯に向き合い、一つひとつ解決策を見出してきた。気づけば、創業110周年の特別企画だったはずのsola旅クラブは毎年催行され、業界内でも圧倒的な存在感を誇るまでに。だが、中島さんの頑張りだけではどうにもならないこともある。

「ロケットの機体トラブルや悪天候などによる、打上げの延期は珍しくありません。一方、行程を確実にこなすのが旅行会社の常識ですから、延期はクレームのリスクを多分に孕んでいるわけです。ロケット打上げの見学をツアーとして商品化し、かつブランド単体での黒字化を目指すのが難しいとされてきた理由は、まさにこの点にあります」。

新規事業の難しさを乗り越え、3年目を迎えたsola旅クラブ。現在は、将来の事業の柱として位置付けられている

打上げが見られなくても、旅行代金は戻らない。誰しも頭では理解できていても、なかなか気持ちは晴れないだろう。そうした中、種子島に事務所と同等の機能を置く日本旅行のツアーでは、すぐに行程表が整えられ、付随する資料まで配られる。あるときは、延期の理由について専門家が解説する場が急遽設けられた。そこまでする理由はただひとつ。sola旅クラブが重視する観点が、「宇宙開発への理解」だからに他ならない。

たとえロケット打上げが延期されても、参加者が納得して帰宅できるようなプログラムの設計。参加者のリピート率の高さに、中島さんも手ごたえをにじませる。

前編の最後に、筆者がこれだけはどうしても聞いてみたかったことを問いかけた。当初の計画では“1回限り”のツアーだったのに、なぜsola旅クラブの冠を被せたのか。

「弊社には、実に45年以上長くご愛顧いただいている国内旅行ブランド『赤い風船』があります。コンセプトは“パックにつめた気まま旅”。sola旅クラブの冠で従来の商品との棲み分けを図ることで、異なるターゲットを振り向かせられると考えました。実際に、sola旅クラブの参加者の約半数が、初めて弊社のツアーを利用するお客様。確かに、“1回限り”という話で始まりましたが、あれこれブランド名を考えたくらいですから、続けられるコンテンツとしての見立ては密かにありました(笑)」。

後編では、sola旅クラブのリピーターが絶えない理由、堀江貴文氏が出資する宇宙ベンチャー企業との業務提携の裏側、来たる「宇宙旅行時代」に迫ります。 後編はこちら。

関連サイト
sola旅クラブ 宇宙体感ツアー(日本旅行): http://www.nta.co.jp/theme/space/
 

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