創業から90年以上、一貫して名刺、はがき、封筒などの紙製品の製造・販売を行う株式会社山櫻(中央区新富)。1990年には再生紙を利用した名刺を発売し、業界の先駆けとして注目を集める。紆余曲折がありながらも、一貫してSGDsに貢献するためのエシカル商品の企画・開発に取り組んできた同社のマーケティンググループの西井彩子さん、岡田綾子さん、エシカルプロダクト室の高野雄貴さんに、今回お話を伺った。
再生紙の名刺を販売したことが、エシカル商品展開への第一歩に
株式会社山櫻は、1931年に「市瀬商店」として創業し、1951年には現在の社名につながる「山櫻名刺 株式会社」に改称。当時は、創業者である市瀬邦一さんがリヤカーひとつで都心から横浜辺りまでを歩いて回り、リヤカーが空っぽになるまで商品を売り続けていたそうだ。その後、銀座、築地と本社社屋を移転し、1994年に現在の所在地である新富へ。
1990年には、創業時からメインに据える名刺の販売で、あるチャレンジを行う。エシカル商品の第一歩となる、再生紙を利用した名刺を他社に先駆けて販売したのだ。ところが、当時、この取り組みにはさまざまな意見が寄せられたという。
「社会で再生紙というものが広まり始めていて肯定的に見られる一方で、こと名刺に関しては『自分の顔であり、分身としてお客様にお渡しする名刺に古紙を使うとは何事だ』との批判もあったそうです。いろいろな考えがある中で、弊社としては今までの紙の概念とは異なり、環境に配慮した再生紙が今後社会で受け入れられていくのではという思いが強く、その後も再生紙の名刺、封筒など商品を増やしながら販売を続けました」(岡田さん)
大きな転機となったのが、2008年に起きた古紙配合率の偽装問題だ。製紙会社が古紙の配合率40~100%などとうたっていたものに、実は古紙が1~5%しか含まれていなかったことが発覚した。
「弊社で紙そのものの製造はしていないものの、紙を加工してお客様に商品としてお出ししているメーカーですので、当然責任はあります。ご説明に伺うとお客様からお叱りの言葉をいただくとともに、その反応はさまざまでした。『再生紙でないならすべて返品を』という方がいれば『再生紙が入っていなくても名刺としては使えますよね。古紙配合率の数値をシールで見えないようにしてくれれば使いますよ』という声も。一連の出来事を通して、当時の経営陣や営業部長などは、世の中のためになることを考えるとはどういうことなんだろう、と弊社での取り組みを見直したと言います。これをきっかけに、資源の有効活用だけに縛られず、より幅広く人や環境に配慮した、社会のためになる商品の企画・開発・販売をしていこうという流れになりました」(岡田さん)
「循環」をキーワードに、紙製品や花の茎のアップサイクルプロジェクトを
その後、山櫻では多種多様なエシカル商品を取り扱うことになる。認証機関が独立していて、違法伐採ではない環境や社会に配慮された製造工程を認証する「森林認証紙」の採用、東日本大震災の津波被害に遭った農地を支援する「東北コットンプロジェクト」で栽培された綿(コットン)の茎から生産された紙で作る名刺や封筒、セカンドブランド「rik skog®(リーク スクーグ)」の紙製のエシカルハンガーなど……。この重点事業領域が評判を呼び、BtoBの問い合わせが格段に増えたそうだ。
「具体的にエシカル商品の開発、共同でプロジェクトを遂行したいといったご相談や、エシカルな活動がしたいのだけど何から始めればいいのか? といった問い合わせもあり、ありがたい限りです。ただ、ご相談いただいてから、実践に移るまでのハードルの高さも感じています。コストひとつ取っても、ワンコインで名刺を作成できるショップなどと比べれば、エシカル商品は高くなってしまいます。けれど、紙に込められているストーリーや、環境、野生動物、人、社会を守ることができるといったプラスアルファの部分に価値を見出してくださるお客様は確実に増えています。『単純に名刺代だけでなく、これを採用する企業の広告費でもあるよね』と言ってくださることも。こういった考え方がより広まるといいなと思いますね」(高野さん)
最近では「循環」をキーワードに、製品開発面にとどまらないオープンイノベーションプロジェクトも展開している同社。そのひとつが、imperfect(インパーフェクト)株式会社の店舗で使用される紙製品のアップサイクルの取り組みだ。
「imperfectの表参道の店舗では、コーヒーやチョコレートを販売しているのですが、手提げ袋、ギフトボックス、リーフレットなどの紙のゴミが多く出てしまうんですね。その紙類の回収ボックスを店頭に設置して、ギフトボックスに生まれ変わらせるというプロジェクトです。できるだけ紙を燃やさずに循環させたいという思いから始まりました。回収した古紙と同じ量の古紙をパッケージに当て替える『クレジット方式』というもので、こういった回収からリサイクル後の形までがはっきりわかっているアップサイクルの取り組みは、まだまだ少ないのではないかなと思います」(高野さん)
また、もうひとつのオープンイノベーションプロジェクトにも注目したい。花き園芸業界初のサーキュラーエコノミーアイテム「STEMN(ステムン)」だ。
「花き園芸業界では、ブーケやアレンジメント製作、冠婚葬祭の装飾など、用途に合わせてお花が必要な長さにカットされるため、お花の茎が大量に廃棄されます。この茎をただ廃棄するのでなく、新たな資源として活用できないかという考えから生まれたのが『STEMN(ステムン』です。弊社の協力会社が持つ『パルプモールド』という手法で、茎を乾燥して粉砕させて茎の粉を作り、そこから植木鉢を作るプロジェクトを株式会社JOUROさんと協力して遂行。軽くて扱いやすいエシカルフラワーポットができあがりました。当初はお花業界をターゲットに販売を考えていたのですが、自然素材で植替えの必要がないということで、育苗業界でも重宝されています。何でもかんでも紙に生まれ変わらせるのではなく、お花だからこそポットに、という発想が新鮮で、課題に対してどうアプローチするか、バリエーションが生まれたプロジェクトだと感じています」(高野さん)
ターニングポイントになったバナナペーパーは教科書で紹介も。社会への広がりを実感
山櫻が市場に送り出す数え切れない紙製品の中でも忘れてはならないのが「One Planet Paper®(バナナペーパー)」の存在だ。バナナの茎の繊維に古紙または森林認証パルプを加えて作るバナナペーパーは、山櫻のエシカル商品開発のターニングポイントになったことは間違いなく、昨今ではESD教育(Education for Sustainable Development)への広がりも。
「東京書籍という教科書メーカーが作成している、高校生の英語の教科書にバナナペーパーが教材として掲載されています。4年に一度の改訂があり、昨年がちょうどその年だったのですが、バナナペーパーは引き続き採用されました。高校生の約20%がこの教科書を使用すると言われていて、バナナペーパーを通じて人々の暮らしや生命、環境を大切に守っていく観点を多くの子どもたちに知ってもらえるのは誇らしいです。小学生でもわかりやすくバナナペーパーについて解説した冊子も作成し、こちらは中央区の小学校や、子ども向けのワークショップを開催したら配布しています。夏休みの自由研究の題材にしてくれるお子さんもいるようで、うれしいですね」(高野さん)
撒いた種が芽吹き、大きな成長を見せる——。山櫻の長年の活動は、ゆっくりと着実に、社会へと根付きつつあるようだ。今後は、2025年までに規格品の95%をエシカル商品にすることを目標に掲げ、前に進み続ける。
「今現在、弊社規格品の50%がエシカル商品となり、折り返しまで来ました。あと2年で95%まで持っていくのは厳しい道のりだとは思いますが、粛々と進めていきたいと思っています。『選択してもエシカル・選択しなくてもエシカル』というテーマのもと、お客様が意識をしなくても、弊社商品を購入すればエシカルな商品が選択されていることが理想です。
また、脱炭素は引き続き目指していきたいです。カーボンニュートラルに向けて、自社の事業所で排出されるCO2の算定や、それに向けた具体的な方法をしっかり検討して、達成したいなと思っています。地球のこと、社会全体のこと、お客様のことなど、広い視野を持って活動していきたいですね」(西井さん)
関連サイト
株式会社山櫻: https://www.yamazakura.co.jp/
執筆:野々山幸(TAPE)、撮影:島村緑