会社員として働くかたわら、10年で10以上もの事業を次々立ち上げた、驚くべき起業家がいる。その名は、山口雄輝さん。彼が起業をスタートしたのは、シリアスな家庭の状況がきっかけだった。
「僕の母がある時期、家庭の事情によりめっきりふさぎ込み、このままではダメになってしまうといった状態になってしまいまして」
ビルメンテナンスを手掛ける老舗企業・信光オールウェイズ(中央区日本橋茅場町)に勤める山口さんは、一念発起して仲間たちが集まれるコミュニティスペース兼飲食店を立ち上げ、母と一緒に切り盛りすることにした。2013年、26才のことだった。
「僕の仲間たちが『お母さん、お母さん』と店にやって来てくれ、母もやりがいのようなものを見つけたのか、その後立ち直りました」
以降、山口さんは堰を切ったように、新事業を立ち上げていく。まずは’15年、大学時代の仲間たちと、もんじゃ焼き店をオープン。こちらが軌道に乗り、今や4店舗を数えるまでに。成功の秘訣は、自分より優秀なメンバーと、同じ絵を見て走り続けることができたからだと言う。
そして30才を迎えた頃、まさに天啓とも言える体験が、稲妻のように身体を巡った。
人生の本質は、お金や出世ではなかった
「仲間と森へキャンプに行った時のことでした。当時僕は本業と副業でムチャクチャに働いていて、森でも仕事をするつもりでした。ところがそこは電波が届かず、仕事ができない。ダメだなこれは、じゃあ飲むかということで乾杯したその1杯が、とんでもなくおいしくて。電波が途切れたことで様々なノイズが消え、鳥のさえずりや、木々の葉音、森の匂いなどが鮮明に浮かび上がる。呼吸も深くなり、なんて気持ちいいのかと。
そして思いました。これこそが、本質なのではないか。自分も含め、みんなが出世やらお金やらと資本主義の中で勝つことを正義と思っているけど、実は全然違うようだぞ。これは、仲間たちにも伝えなくてはと」
山口さんは以降、事業の方向性をアウトドア方面へと、ググっと舵を切る。’17年にアウトドア関連ブランド「REWILD」を立ち上げ、グランピング用具を積んだキャンピングカーのレンタル事業を開始。続いて’18年、千葉県の養老渓谷に女性向けのグランピング&キャンプ施設『REWILD RIVER SIDE GLAMPING HILL』をオープン。グランピングや女性のニーズを満たすキャンプ施設はまだ珍しく、いくつものメディアで取り上げられる。
そこから勢いを増し、’20年には都心のカフェ内で焚き火などのアウトドア体験ができる『REWILD OUTDOOR TOKYO』(中央区日本橋茅場町)と、広大な自然の中で音楽を楽しめるキャンプ場『REWILD MUSIC FES CAMP』(千葉県勝浦市)、そしてスキー場を雪山エンタテインメント施設に生まれ変わらせた『REWILD NINJA SNOW HIGHLAND』(長野県須坂市)を、続々と立ち上げる。
さらに翌’21年には、雲海が広がる天空キャンプ場『REWILD ZEKKEI GLAMPING RESORT』(長野県須坂市)をオープン。それらとは別に、’19年にはブラジルの大アマゾンにて、釣りのW杯と言われる『Great Amazon World Fishing Rally』を主催した。
一介の会社員の副業であることをふまえると、異常なほどの熱量である。そもそも、事業資金はどう捻出しているのか?
「大学時代、家計簿を付けて自分の支出を見直してみたんです。そうしたらタクシーと、オール飲みと、女の子におごる支出が突出していて(笑)。そこからその3つを完全に排除して抑えるようにして、毎月10万円ずつを5年間貯め続けました。それを、最初の事業資金に充てました。今でこそ10万円はそんなに難しくないですが、20代前半頃の月10万円は本当に大きな額でしたね。
コミュニケーションスペースが軌道に乗ってからは、飲食事業は融資を受けて運営できるようになりました。アウトドア事業に関しては、成功の兆しが見えたタイミングで信光オールウェイズにアウトドア事業部を作り、本業として運営することにしました」
「ありがとう」はシャンパンタワーのようなもの
山口さんは、こう言い切る。
「僕はやりたいと思ったら、うまくいきそうかはさておいて、やってしまいます。しばらくは結果が出ず、数年間は地道にコツコツやり続けることも多いですが、それが自分には苦ではないんです」
そんな起業家・山口さんの「原動力」は、どこにあるのか。話をさらに聞いてみると、意外にもそこには、“人と人の間で生きる”人間の、根源的な欲求があった。
山口さんがまず明かしてくれたのが、少年時代に感じていた鬱屈だった。
「僕は小学校の6年間、ずっといじめられていて、親戚にも『あの雄輝が』とバカの代名詞のように言われる存在でした。それが嫌で悔しくて、なんとかしたいなとの気持ちを18才ごろまで抱えていました。それが、大人になって爆発している部分はあると思います」
そして原動力の点では、“ある言葉”の力も大きいと言う。それは山口さんに、まさに言霊とも言うべき霊力をもたらす。
「『ありがとう』と言われることに、すごく幸せを感じるんです。ありがとうには質があると思っていて、中でも“死ぬ”から“生きる”に変わるようなこちらの働きかけに対するありがとうと、人生の選択肢を提供したことに対するありがとう。この2つのありがとうには本当に意味があり、ありがとうを言う方も泣けば、言われた自分も泣いてしまう。そういうことがあると、オレもけっこう生きている意味があるんだなと思えるし、ちょっとやめられない中毒性があって。
たとえば飲食業を一緒にやっている大学時代の仲間たちは、僕のおかげでエイヤ!とチャレンジできた、おかげで人生の新しい景色を見られたと、心からのありがとうを言ってくれました。それを聞いて、僕も泣いてしまいました。
だからこそ、その『ありがとう』の数を、もっともっと増やしていきたい。そんな人生、最高だなと」
その「ありがとう」に関して、山口さんはこんな“なるほど!”な持論も展開してくれた。
「『ありがとう』は、シャンパンタワーみたいなもの。まずは自分=for meが満たされているからこそ、家族に優しくできる。家族に優しくできてこそ、仲間にも優しくできる。そして仲間=for youに優しくできるからこそ、他の人=for the peopleにも優しくできる。そりゃ、自分が満たされていないのに、世界を幸せにするんだ!なんて無理ですよね。そんなふうに『ありがとう』って、シャンパンのようにてっぺんの自分から順々に満たされ、あふれ落ちていくものだと思うんです。
だからこそ、まずは身近なところでありがとうを言い合えるような関係性を築くことが、とても重要だなと。その点で言うと、こんな話もあります。最初に飲食店を立ち上げ、母が回復した後に店を人に譲ることになった時、母に電話で『治ってくれてありがとう』と伝えたんです。
その店は、母を必ず立ち直らせようとの決意を込めて『マムツリー』と名付けたくらいだったので、『ありがとう』を伝えた瞬間、僕は感極まって嗚咽するくらい泣いてしまって。で、思ったんです。これ、めちゃくちゃ気持ちいいなと(笑)。
そして、価値の高い2つのありがとうを、for the peopleの幅で作り続けていけば、銅像も建っちゃうなと。それこそ志村けんさんみたいに。そんな人生を僕は創り上げていきたいと思っています」
本質的で圧倒的なソーシャルインパクトを
ちなみに山口さんは生きた情報を得るための、とても意識の高い習慣を、もう何年も続けている。それは、著名人との“サシ飲み”だ。
「テレビや『Forbes』などの雑誌、SNSで気になる著名人がいれば、すぐさまDMを送り、会ってくださいとお願いします。もちろんスルーされることもありますが、意外と会っていただけることも多く、よくサシで飲みに行っています。そこで聞けるお話が、なんとも面白くて貴重だし、そこから事業に繋がることもあったりします。そうやって週1回、会いたい方に会うことをノルマとし、7年間続けてきました」
そんな山口さんは今、次なる“形態”へと進化しようとしている。
「僕は物欲や金銭欲がなく、実際にボロボロの自転車に乗っているし、洋服も廉価なもので全く問題ない。今僕が何よりやりたいのは、ソーシャルインパクトを作ることです。多くの人にありがとうと言ってもらえるようなインパクトを社会に残したい。今は世界からスラム街を無くすことと、その先にある貧困を無くすことに、人生を通してチャレンジしていきたいと思っています」
そこで山口さんが思い立ったのが、その第一歩として、世界を見て回る旅だ。行き先は、アジアから北米、南米、ヨーロッパ、アフリカ、南極まで、決まっているだけで数十カ国にのぼる。出発は’23年4月で、世界行脚の皮切りに、世界で最も過酷と言われるサハラマラソンへの出場を予定している。
「たとえばケニア・フィリピン・ブラジルのスラム街で活動している活動家に会いに行って現状を見せてもらったり、各国の政治家やソーシャルスタートアップ企業の方々とディスカッションしたりと、国ではなく人をマターに五感を研ぎ澄ませる人生の旅をします。最短で4~5ヶ月、最長で1年くらいを考えています。
とにかく、何億人もの困っている人に手を差し伸べるような、本質的で圧倒的なインパクトを残したい。それこそ、地球の自転の角度を変えるような。根拠はないですが、それができる気がするんです」
身近な人への優しさと、人が集って繋がり合うコミュニティを大切にする青年は、いよいよ真の“ソーシャルモンスター”へと変態を遂げつつあった。遠き旅から帰った山口さんに、ぜひまた話を聞きに行こうと思う。
執筆:田嶋章博、撮影:森カズシゲ