髪の一部または全体にパッと目を引くカラーを入れるヘアスタイルが、ここ1年ほどで一気に浸透した。この空前の「ハイトーンカラーブーム」は、どのようにして起こったのか。
それを掘り下げるうえで、1つのカギとなる存在がある。美容室に特化してビジネスを展開する株式会社ミルボン(中央区京橋)だ。同社は1996年に業務用ヘア化粧品業界で初めて株式公開し、以降も経営規模を大幅に拡大してきた稀有な好業績企業でもある。果たしてその業績は、どのように達成されてきたのか。
ハイトーンカラーブームを入り口にして知る、ユニークな美容室専売メーカーの物語。
くすぶっていた“種火”がコロナで一気に広まった
今や街のあちらこちらで花開くハイトーンカラーのヘアスタイルについて、ミルボン広報室・木村義則さんはこう話す。
「髪に明るいカラーを入れる人がちょくちょく見られるようになったのは、’20~’21年頃のこと。弊社でも、髪を明るいピンク色に染めた社員が現れ、ちょっとざわつきました(笑)。そうしたスタイルがここ1年ほどで、急激に市民権を得たイメージです」
果たして、ブームの要因は?
「実は明るい色を採り入れる潮流は、’15~16年頃から見られていました。そこにコロナ禍が起爆剤となり、一気にブームとなった形です」
10年ほど前までは、落ち着いた茶色系のカラーが主流だった。ところがInstagramなどSNSの広がりにともない、徐々にハッキリわかる色味が人気となった。それが今から6~7年前のこと。
そして、おりしもやってきたコロナ禍と、新しい生活様式。外に出かける機会が少なくなった一方で、マスク装着やオンラインミーティングの浸透で、目線が集まる目元と髪色のおしゃれニーズが高まった。そうして、ちりちりとくすぶっていたハイトーンカラーの種火は、一気に広まっていった。
また背景には、近年の多様性を受容する風潮もあると木村さんは言う。
「世の中の『社会人としてこうあるべき』『髪の色は明るくしてもここまで』といった空気が、最近は『人それぞれ違っていい』『自分らしくあるべき』といった空気に変わりつつあるのを感じます」
そしてもう1つ、ハイトーンカラーブームを強力に後押しした存在がある。ヘアケア剤の進化だ。髪に明るい色を入れるには、まずブリーチを行う必要がある。ブリーチをすれば当然、髪は傷む。そのため以前は、ブリーチによる髪のダメージが嫌で、ハイトーンカラーをあきらめる向きが少なくなかった。
ところがここ数年で、ヘアケア剤の性能が大きく向上し、ブリーチのハードルがグッと下がった。そして、そんなヘアケア剤の進化を牽引してきたのが、ミルボンである。
毛髪は基本的に生命に関わらない部位のため、大学などでの専門的な研究があまりなされていない分野だ。その中でミルボンは、独自に毛髪の基礎研究に取り組み、その成果を製品開発に応用している。
「美容師という髪のプロが使う製品だからこそ、うちでは本気でやっていこうとの思いがあります。そこで得た知見は、製品へ応用するのはもちろん、学会発表なども行っています」
そんな同社ならではの製品の1つが、プレミアムヘアケアブランド「オージュア リペアリティ」だ。ブリーチによるダメージを分子レベルで研究した末に生み出されたヘアケア剤で、’21年の発売以降、同ブランドの中でもトップ3に入る売上を誇っている。
果たしてミルボンとは、どんな会社なのか。まず驚かされるのが、その業績だ。
四半世紀で売上高約6倍の奇跡
‘60年に創業したミルボンが、業務用ヘア化粧品業界で初となる株式公開を果たしたのは、’96年のこと。以降、コロナ禍の影響で業界全体の売上が大きく落ち込んだ’20年をのぞき、四半世紀にわたり増収を続けてきた。上場時('96年)に70億円だった売上は、その25年間で約6倍となる415億円('21年)にまで伸びていて、今や業界最大手と言われている。
さらに同社は’20年、一橋大学主催の「ポーター賞」を受賞している。これは独自のすぐれた競争戦略を持ち、かつ高い収益性を持続的に達成する事業に贈られる賞で、過去の受賞企業には伊藤園、ワークマン、星野リゾート、ほぼ日など、ユニークな好業績企業が名を連ねる。
これほどの実績を、ミルボンはどう達成しているのだろうか。同社といえば、前述の通り美容室専売メーカーである点が特徴だが、そうした会社であれば他にもある。実は、同社のビジネスをグッとユニークなものにしているのが、フィールドパーソンシステムだ。
「フィールドパーソンと呼ばれる営業担当が美容室にうかがって課題を聞き、その解決に向けてサポートを行う営業システムです。経営課題の解決から、新メニューの立案、ヘアトレンドの調査・報告、新人美容師の育成などさまざまな面で手助けをし、あくまでその一環として製品を販売します。美容師さんと『伴走』しながら一緒に悩み、考え、一緒に課題に取り組む。そんなイメージです。
とはいえ一緒に悩むには、そもそも美容師さんの視点を理解する必要があります。そこで当社で長年にわたって行っているのが、新人向け長期研修です」
ミルボンでは全ての社員が、9カ月にわたる新人研修を受ける。そこでシャンプーやカラー、パーマといったスタイリング技術にくわえ薬剤理論、美容室経営などの基礎を学ぶことで、個々の美容師に真に寄り添えるベースが育まれる。この長期研修を、同社は40年近くにわたって実施し続けている。
そしてもう1つ、同社にはユニークなビジネスモデルがある。TAC製品開発システムだ。
「こちらは突出した技術やコンセプトを持つ美容師さんを招き、共同でヘア剤や施術メニューを開発する仕組みです。トップ技術を標準化し、あらゆる美容師さんが使えるようにすることが第一の目的です」
美容師業界全体の技術・サービスの向上はもちろん、開発に携わった美容師および美容室には開発料や知名度の向上がもたらされる。そして開発した製品が広く美容室にいきわたれば、ミルボンも潤う。そんな仕組みだ。
役に立っている会社は、世の中がつぶさない
それにしても、なぜミルボンはここまで「美容室のためになること」にこだわるのか。ビジネスを美容室だけでなく一般ユーザーにまで広げた方が、売上は確実に高まるのではないか。その答えは、創業者の原体験にあった。
「ミルボンの実質的な創業者である故・鴻池一郎氏は、ミルボン創設前に勤めた会社で次々とトラブルや倒産に遭い、さらには親しく付き合っていた知人の経営者が倒産を苦に一家で命を絶ってしまう壮絶な経験もしました。そこで鴻池氏は、決意します。『会社は決してつぶしてはいけない。絶対につぶれない会社を作ろう』と。では、どうすればつぶれないか。それを追求した末にたどりついたのが、『美容室に資することに特化した会社』だったんです」
なぜ美容室向けに特化することが、“つぶれない会社”につながるのか。鴻池氏は、こう考えたと言う。
「世の中で本当に役に立っていれば、世の中がその会社をつぶすはずがない。それをふまえると、特に大きな資本があるわけではない会社は広くまんべんなくやるより、特定の領域に絞ってリソースを集中し、“この分野なら”という地位を確立するのが何よりだ。それなら、パーマ液の販売卸会社を営んでいた兄の関係でなじみが深く、また今後大きくニーズが伸びるであろう『美容室』に特化しよう。そんな考えのもと、美容室のためになることを徹底追求する当社の事業が生まれました。
フィールドパーソンシステムも、TAC製品開発システムも、美容室に特化したビジネスを行っているからこそ成立しているといえます」
そんなミルボンが創業してから、60年以上が経つ。今後はどんな方向へ向かうのか。実は同社は、「美容室に資する」の軸はそのままに、1つユニークな構想を抱いている。
「目指すは、美容室の『ビューティプラットフォーム』化です。いかにテクノロジーが進化しようと、髪の施術にはリアルな場が必ず必要です。だからこそ美容室は、『多くの人が美のために定期的に訪れる』という特性を活かし、ヘアだけでなくお肌や健康面なども磨ける美と心のコミュニティになれる可能性があります。そんな美容室からお客様へ届けられる幅広いサービスを、今後生み出していきたいと考えています。
それには当社も引き出しを増やす必要がありますし、他社さまとの協業も重要です。すでにスキンケアではコーセーさまと、ヘルスケアでは花王さまと提携し、新たな取り組みを進めています」
ハイトーンカラーブームを入り口にしてたどりついた、ミルボンの異色の物語。その先には、クリエイティブなヘアスタイルと同じくらいワクワクする続編が、きっと待っていることだろう。
関連サイト
株式会社ミルボン: https://www.milbon.com/ja/
執筆:田嶋章博、撮影:島村緑