宇宙開発といえば、国家が主導する巨大プロジェクトというイメージを持つ人も多いだろう。しかし、それはすでに過去の話。現在、宇宙開発の表舞台に立つのは、イーロン・マスクが設立したスペースX社に代表される「ニュー・スペース」と呼ばれる民間企業たちだ。中には、少人数のベンチャーも少なくない。京橋にオフィスを構える株式会社ポーラスター・スペースも、そのひとつである。代表取締役の中村隆洋さんに、同社のユニークな取り組み、そして宇宙ビジネスの可能性について伺った。
星空への憧れから宇宙ビジネスの道へ。過去には国産検索エンジンの開発も
満天に星たちがきらめく那須高原で知られる栃木県出身の中村さん。自然と芽生えた宇宙への憧れから、大学は宇宙工学科を選んだという。卒業後は、大手電機メーカーで衛星の開発にかかわる仕事に就いた。
「主に携わっていたのは、熱設計と呼ばれる分野です。真空の宇宙に浮かぶ衛星は、地上のように熱を逃がす媒体となる空気や水に囲まれていないため、熱対策がとても重要なんですね。ですから、その後も衛星自体にかかわる仕事を選べばよかったのですが、衛星をつくることよりも、衛星を使って何ができるのか? ということに、次第と関心が向くようになりました」。
電機メーカー退社後は、とある縁から政治家の秘書を務めたのち、国産検索エンジンの開発と運営を手掛けるITベンチャーに参加した。2000年代初頭のことだ。
「GoogleやYahoo!に負けない、日本製の検索エンジンをつくろうとしていました。それで大きく稼いで、宇宙ビジネスに乗り出すという人生設計をしていたのですが、残念ながら、そこまでうまくはいきませんでしたね(笑)。とはいえ、衛星を使い人々の役に立つサービスを提供したいという夢は、ますます強くなっていました。そこで、思い切って起業することにしたんです」。
起業を決意するきっかけとなったのは、大手電機メーカー時代の先輩に教えてもらった、北海道大学が手がける、とある研究だった。
「光をいくつもの波長ごとに計測することで農業などに役立つ情報を得るという、世界的にもユニークな研究が行われていることを知りました。数種の波長を計測する技術なら、それまでもありましたが、LCTF(液晶波長可変フィルター)カメラという特別な機材を使って、数百もの波長を見ることができたんです。この技術とドローンや衛星を組み合わせれば、これまでにないサービスを宇宙から提供できると考えました」。
中村さんの説明にもあるように「光」とは、科学的な解釈では、さまざまな「波(電磁波)」の総称だ。従来、農作物などの観測に使われているのはRGBと近赤の4箇所程度だったが、LCTFカメラを使えば、数百の波長に細かく分けて観測することが可能になる。その中のいくつかを選んで観測すれば、人間には判断できないさまざまな現象がわかるのだ。
「従来の大型衛星なら製造に500億円、打ち上げに100億円くらいかかるわけですが、超小型衛星の場合、製造や打ち上げにかかる費用は100分の1以下で済みます。つまり、超小型衛星にLCTFカメラを搭載すれば、広い範囲がカバーできる宇宙からの観測が、低コストで実現するわけです」。
中村さんのアイデアとこれまでの経験で得たビジネスセンスに、北海道大学と東北大学が主に技術面で協力する。そのような座組で2017年に設立されたのが、ポーラスター・スペースだった。
いくつもの光の波長を遠隔観測することにより、植物の病気の兆候を発見する
「スペクトル・リモートセンシングを通して可能な、地上のあらゆる課題解決を世界に先駆けて実現し、地球規模での課題解決に寄与する(公式WEBサイトより)」ことが事業趣意だというポーラスター・スペース。ちなみに「スペクトル・リモートセンシング」とは、衛星やドローンなどを使いスペクトル(この場合は光の波長たち)を遠隔計測することである。現在は、東南アジアのオイルパーム農園やバナナ農園などで実証実験を行いながら、スペクトル・リモートセンシングを用いた情報提供サービスの商用化に向けた準備を進めているという。
「先ほども言ったように、LCTFカメラを使えば、たくさんの光の波長が計測できます。たとえば、オイルパームの撮影データからいくつかの波長を選ぶと、病気の兆候がわかるんです。大規模なオイルパーム農園の規模は50万ヘクタールほど。東京23区エリアの倍以上ですから、人海戦術で病気の木を探すのには限界があります。そのため、病気がまん延してしまい数千億円規模の損害を出すこともあるんですね。そこで、我々のスペクトル・リモートセンシングの技術が役立つわけです」。
ポーラスター・スペースのスペクトル・リモートセンシング技術を使えば、人海戦術に頼らず、被害額に比べ遥かに少ないコストで、しかも効率的に病気の木を見つけることが可能になる。実際、LCTFカメラを搭載したドローンを使った実証実験では、一定の成果をあげることができた。
「衛星からのリモートセンシングで広範囲の定期観測をざっくりと行い、異常がありそうなエリアが見つかればドローンを飛ばして詳細に調査するというように、目的に応じていくつかの機器を使い分けるのが、完成形に近いサービスのイメージです。超小型衛星なら農園が自前で所有する場合でも、被害額に比べれば十分割に合うでしょう。規模によっては、衛星と観測機器の所有と管理をポーラスター・スペースが行い、サービス料だけで利用してもらうようなスタイルも想定しています」。
人々の悩みを解消し、暮らしを便利にするサービスを宇宙から提供したい
もちろん、ポーラスター・スペースのスペクトル・リモートセンシング技術が役立つのは、農業の分野だけではない。事業趣意にもあるように、中村さんが目指すのは「地上のあらゆる課題解決」だ。
「わかりやすいところでは、自然災害対策ですね。たとえば、特定の植物の水分量を観測することで、水害による土砂崩れや、乾燥による山火事の兆候を発見できる可能性があります。技術的な課題は多いものの、昨今問題になっている海洋のプラスチックごみの動向を宇宙から把握するといった用途にだって役立つかもしれません。大げさな話ではなく我々のスペクトル・リモートセンシング技術は、現在人類が抱えている様々な課題の解決に貢献できるのです」。
と語る中村さん。これからの宇宙ビジネスもまた、その方向に発展することを願っているという。
「技術の成熟によるコストダウンや規制緩和により、現在では強い思いとビジネスセンスがあれば、個人でも宇宙ビジネスに参加できる時代になっています。日本のニュー・スペースも、ここ数年でずいぶんと数が増えました。そこで、ますます大事になってくるのが『宇宙で何ができるのか?』という発想だと思います。宇宙ビジネスといえば、ロケットや衛星の製造や打ち上げだったり、観光目的の有人飛行だったりに注目が集まりがちですが、皆さんもご存じの気象衛星やGPS衛星のように、暮らしに役立つサービスを提供することも、宇宙ビジネスの大きな意義です。困りごとを解決したり、生活の質を向上させたりするようなサービスを提供する場として、これからも宇宙とかかわっていきたいですね」。
かつて、最後のフロンティアと呼ばれた宇宙空間。しかし現在では、中村さんのようなニュー・スペースたちの活躍により、暮らしに身近な場へと存在意義を変えつつある。夜空にきらめく星のなかに、中村さんが打ち上げた衛星が加わる日は、すぐ近くまで来ているのだ。
関連サイト
株式会社 ポーラスター・スペース: http://polarstarspace.com/
執筆/石井敏郎、撮影/森カズシゲ