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〈みるきくしる〉美を愉しむ/地元の古美術・画廊巡り
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|2022.10.05

都市空間をハックする国際写真祭「T3 PHOTO FESTIVAL」が目指すものーー対談:速水惟広×奥秋慎司

都内でも有数のビジネス街として知られ、週末には大手百貨店の買い物客でも賑わう東京駅東側エリア(日本橋・八重洲・京橋)。この街で、世界でも珍しい都市空間を舞台とした国際写真祭「T3 PHOTO FESTIVAL」が 、10月1日~30日の会期で開催されている。

2015年に前身の写真祭がスタートし、2020年からは京橋を中心に開催してきた同祭。このエリアでは3回目となる今回は、会期を30日間、会場を13ヶ所、参加アーティストを100名以上に増やし、これまでにないスケールで展開される。

スマホとSNSの登場以降、写真を撮ること、共有すること、見ることは多くの人たちの日常となった。だが、当たり前になったその「写真」というメディアの、私たちにとっての意味をあらためて考える機会は多くはない。そんな問いを掲げたメイン企画展をはじめ、森山大道ら有名写真家の参加する特別展、学生関連企画、トークイベント、親子向けイベントなど、多彩なプログラムを実施。どんな立場の人も楽しめる写真祭を目指している。

そこで今回は、同祭のファウンダーで、株式会社シー・エム・エスの速水惟広さんと、開催に伴走し続けてきた東京建物株式会社のまちづくり推進部・奥秋慎司さんの対談をセット。都市空間で写真祭を行うことの可能性から、会場エリアや現代の写真文化の話まで、大いに語ってもらった。

左)東京建物 まちづくり推進部・奥秋慎司さん
右)T3 Photo Festival Tokyo ファウンダー・速水惟広さん

東京に、世界が注目する国際写真祭を

ーー10月1日より開催されている「T3 PHOTO FESTIVAL」(以下「T3」)は、オフィス街を舞台とした世界的にも珍しい国際写真祭です。その前身は2015年に大田区城南島で開催された「東京国際写真祭」ですが、速水さんはなぜ東京で写真祭を開こうと考えられたのでしょうか?

速水 :きっかけは、2011年に中国・北京で開かれた「草場地春の写真祭2011」を訪れたことでした。会場の「草場地」は世界的なアーティストも拠点も構える芸術区で、会期中には世界各地の有名美術館や写真センターのキュレーターも訪れていたのですが、そこで僕が驚いたのは、中国の若い写真家たちが言葉の壁も気にせずゲストたちに写真を見せ、意見をもらっていたことです。その熱量に、とても感動したんですね。

同時に複雑だったのは、ゲストたちがその訪問の理由を、「アジアの写真を知るにはここに来るべきだから」と言っていたこと。それを聞いて僕は、中国写真も当然素晴らしいのですが、過去の写真史を見れば、東アジアの写真の中心は日本だろうって思ったんです。

では、何がこの現実を生んでいるかと言えば、草場地の写真祭のような場が日本にないからではないか、と。要は、発信力のなさですね。そんなことを考えていた翌12年、写真に強い出版社「赤々舎」代表の姫野希美さんから、「じゃあ速水くんがやったらいいじゃん!」と背中を押されたことで本格的に準備を始めました。松下幸之助の名言「やってみなはれ」ではないですが、企画に思い入れのある言い出しっぺがやるのが一番、ということですね。だけど写真祭のやり方なんてわからず、結局準備に3年がかかったのですが……。

左)2015年にT3の前身となる「東京国際写真祭」を大田区城南島で開催
右)2017年に東京初の屋外国際写真祭として上野公園にて第1回 T3 PHOTO FESTIVAL TOKYOを開催

ーー15年の初回開催後、17年には上野公園に会場を移して屋外国際写真祭を開催。そして2020年より、今回の舞台のひとつである東京駅東側の京橋エリアへ移りましたね。

速水 :城南島での初回は、交通の不便さにもかかわらず2000~3000人ほどのお客さんが来てくれました。しかし準備の量に対して、これは十分な数字ではなかった。そして次の上野公園は、芸術施設の集積地で地理的には良いものの、公共の公園のため広告規制が厳しく、スポンサー活動がしづらかった。そこでまた悩むのですが、2020年開催(当時)の東京オリンピック・パラリンピックに合わせて写真祭を、という思いも抱いていました。

そうしたなか京橋にやってきたきっかけは、偶然取材で知り合ったこの「東京街人」の編集者・飯島七生さんから、八重洲に本社を構え、京橋エリアの活性化にも尽力している「東京建物」さんを紹介されたことでした。たしかに僕たち「TOKYO INSTITUTE OF PHOTOGRAPHY」のオフィスも京橋にあり、ここでの開催はアリでなのではないか、と。ですが、アートや写真の関係者にそのことを話すと、最初の頃は「上野はわかるけど、なんで京橋なの?」という反応が多かったですね。

奥秋 :私たち地元の企業からすると、そのようにアート関係者の方から「なぜ京橋で写真祭を?」と思われてしまっていることが大問題だったんですね。というのも、日本橋から京橋、銀座にかけての骨董通りは、約150店が集まるギャラリー街だからです。

奥秋さんが所属するまちづくり推進部では、地元の方々と一緒になって街の活性化に取り組んでいる

ーー「骨董通り」という名前が、そもそも街の性格を表していますね。

奥秋 :そうなんです。しかも、このエリアはフィルムとも縁が深い。現在の東京スクエアガーデンの敷地は、昔は映画会社・大映の本社があった場所。その向かいの京橋第一生命ビルは、東映の本社です。さらに現在「国立映画アーカイブ」がある場所は、以前は日活の本社でした。なので、地元の方は「映画・フィルムの街」という自負を持っている。そんなエリアにいる我々からすると、速水さんとの出会いはまさにドンピシャでした。

また、速水さんが命名した「T3」という写真祭の名前は、アメリカの社会学者であるリチャード・フロリダが「クリエイティブ都市論」で語った都市の繁栄に必要な3条件、「才能(Talent)」、「技術(Technology)」、「寛容性(Tolerance)」から引かれていますが、じつは最近の京橋は企業の街になっていて、寛容性の面では課題があったんです。そこに、京橋を拠点に写真祭を企画する速水さんを紹介され、この方と手を組まない手はないと思いました。

速水 :日本は他国に比べて、アートの社会的な位置づけ、とくにお金に換算される部分の価値への認識が弱いと感じます。もちろん、商業的なクリエイションには多額のお金がつきますが、プロジェクト色の強いものになると、一気にお金が無くなる。しかし本来、その種のアートの持っている先見性やリサーチ力こそ、ビジネスにも必要であるはず。アートとビジネスを相反するものではなく、隣接すべきものと捉えたかったんです。

奥秋 :お互いの思いが当初から一致していましたね。もう一点、最初の顔合わせはリモートで行ったのですが、画面越しでも伝わるほど速水さんの熱量が強ったんです。この人は本気で街や社会を良くしようとしている、この人のためなら汗がかける、と思いました。

写真雑誌「PHaT PHOTO」編集長を務めてきた速水さん。写真を見ることにおいて日本を代表するひとり

「都市空間×写真」の可能性

ーー日本では、芸術祭は大きく「里山型」と「都市型」に分けられると言われます。そのうちの後者に属し、かつ写真に特化した「T3」には、ほかの芸術祭にはないどんな特徴や可能性を感じていますか?

速水 :普通に考えれば、土地に余裕があり、許可取りもシンプルな里山型の方が表現の幅は広いですよね。都市では、権利や規制が複雑に絡まってしまっています。そこが面白さだとも言えますが、ひとつ京橋が特殊だったのは、再開発の真っ只中でもあり、比較的空白や介入できる余地が多く、東京建物さん以外の地域企業もとても協力的だったこと。実際に協賛・協力企業は毎年増えていて、これはひたすら奥秋さんをはじめとするこの地域への想いのある方々のご尽力のおかげです。

もう一点、ポジティブな意味で、京橋に「オフィス街」以外の強いイメージがあまりないように思えたこともあります。特別な色が付いていないこの状態は、新しく何かを作っていくうえでポテンシャルがある。権利やイメージが染みついた都市という場所で、大規模な芸術祭ができる京橋のような街は、日本や東京に限らず世界にもあまりないはずです。

そして当然、里山や美術館の中とは違い、予期せず多くの人の目に作品が触れるのも都市型の屋外展示の利点ですね。そのとき写真というメディアの面白さは、像を定着させる支持体をほぼ選ばないことです。つまり、紙からデジタル、コンクリート、ガラスまで定着できる。その実態のなさが、規制が激しい都市環境では可能性があると思うんです。

ーーなるほど。思わぬところにもイメージを挿入できる、と。

速水 :写真やイメージが街に入ることで、その場所に異なる営みや、従来とは違う解釈を生み出すことができるのではないか。アーティストが介入することで、街に「ズレ」をもたらすことができるのではないか、と。それが京橋というエリアで行えることは、発表する側のアーティストにとっても、とても面白く魅力的なのではないかと思っていて。

T3 2020では、宮崎学〈けもの道〉シリーズが東京メトロ銀座線京橋駅と繋がる広場の頭上に掲げられた。 私たちは、すぐそばにいる彼らに気づけているだろうか

ーーこれだけ人が溢れた都市空間に展示できるというのは、作り手側としても燃えるでしょうね。

速水 :実際、作家はみんな面白がってくれていますね。先日面白かったのは、4~6メートルくらいの作品を展示する長沢慎一郎さんという写真家が、2×1.5メートルくらいの作品のことを「小さい」と言っていて(笑)。「いや長沢さん、普段のサイズを思い出して」と。

ーースケール感がおかしくなっている(笑)。

速水 :それぐらい、写真家自身、未知のサイズの作品を展示できる機会でもあるんです。

ーーとはいえ、それも地元の協力あってこそですね。

奥秋 :このエリアは街の方々の寛容度が比較的高いんですね。江戸時代から経済の中心で、人や物が日本中から集まってきたので、新しいものや新しい人への寛容性があるんですよ。

ーー速水さんからすれば、東京建物のような地域を知り尽くすパートナーがいるのも心強いですよね。この人、この企業なら話ができるという土地勘を持っているわけで。

速水 :本当にそうで、東京建物さんには昔から足で稼いできた信頼や情報があるんです。実際、「東京建物さんならいいよ」と言う人は多い。その信用はこの写真祭の肝ですね。

奥秋 :そう言っていただけると嬉しいです。もうひとつ企業の話で行くと、「T3」以外にも地元でいろんな企画をさまざまな会社さんと協働で行っていて、その普段のお付き合いがあるから声がかけやすいというのもあります。この会社さんは同調してくれるだろう、同じ思いを持ってくれるだろうというのは、その経験から想像がつくんです。

T3 2021での(仮称)TODA BUILDING工事仮囲を使った展示風景

ーー一方、写真祭のようなイベントは単純に数で成果が測れない分、効果が見えづらく、企業側が関わる動機を見出すのが難しいとも思います。抵抗感はなかったですか?

奥秋 :先ほどの寛容性の話につながりますが、この街は平日はオフィスワーカーが多く、週末は百貨店のお客さんが多い。我々としては、そのような従来からこの街にいた方に加えて、新しい方にも来てもらいたいという思いが強いんです。それに、アートや文化に関心を持つ方たちへの押し出しが弱いことは、以前から課題に感じていた部分でした。

京橋の過去2回の「T3」では、東京建物のビルでもいくつか展示をしましたが、学生さんっぽい方やカメラを首にかけた方、街歩きを楽しんでいる方、作品をじっと見つめている方などを見かけ、こういう方は従来あまりいなかったよな、と思いましたね。我々が望んでいた、街にとって新しい方たちをたくさん見かけることができたわけなんです。

街を訪れた異なる文化や背景を持つ人とのコミュニケーションは、街に新しい刺激やものの見方をもたらしてもくれる。それに、多様な人や文化を受け入れている街というのは、自ずとオープンで居心地の良い気配を訪問者に感じさせますよね。そうした言語化できないけれど気持ちのいい空気が、街全体の魅力につながっていくのだと思っています。

左)T3 2021 メイン企画展「Tokyo Photographers Wall Magazine」のひとこま。写真は東京建物八重洲ビル
右)東京グランルーフ にて行われた、T3 2021   STUDENT PROJECT 2020受賞者展

写真の「当たり前」をズラす

ーー写真というメディアのまたひとつの特徴は、絵画や彫刻などに比べ、おそらく一般にも親しみやすいジャンルであることだと思います。とくにスマホとSNSの普及以後、写真を撮ったり見たりすることは、どんな人の日常にも組み込まれた行為になりました。

奥秋 :そうですね。私もよく撮影してSNSにあげますし、毎日人が撮った写真を見ます。撮影していて面白いのは、どこかに出かけてものを見たとき、普段ならサッと見て通り過ぎてしまうのが、カメラを構えることで、自分が何を感じているのか、何を人に伝えたいのかと考えるきっかけになること。自分の興味が浮き彫りになる感じがありますよね。

速水 :同時に僕が思うのは、写真というのはあまりに身近で、よく分からないまま使ってるメディアでもあるということなんです。もちろん、感性的な次元で「うわ、きれい!」と思えるものとしての写真もありますが、同時に、いまではスマホに限らず世界のあらゆる場所にカメラがあり、自分が撮らずとも世界中が撮られ続けている。写真というメディアが表象してるものは、もはやこの世界の形そのものだったりもするわけですよね。

だから、みんな当たり前に接しているけど、あらためて写真のことを考えてみると、この時代やこの世界のことがもう少しいろいろ見えてくるかもしれない。今回の「T3」に登場する作品たちは、このすごい速さで回っている社会のなかで、人々の足をふと止めて、ただ撮って、シェアして……というだけじゃない写真の側面を見せてくれるはずです。

組織や職位を超えて自由闊達に対話したり協働したり。その先に新しい発見や解決方法があることを実感させられるようなインタビューが続く

ーー今回のメインの企画展のタイトル『The Everyday -魚が水について学ぶ方法-』にはそうした問題意識が込められているわけですね。

速水 :ええ。魚がその生息環境である「水」について考えるように、我々を取り巻く環境として写真について考えることはできないか。そんな狙いを込めました。

多くの人は言葉を話したり、読み書きしたりできますよね。でも同時に、村上春樹の小説を読んで、「こんな風には書けない」ということも理解できる。つまり、言葉なんて誰でも使えると思っている一方で、日常の言葉遣いや思考では辿り着けない次元もあると知っています。写真も本来はこれと同じレベルで「難しい」メディアのはず。普段の写真の使い方も良いのだけど、それは「写真の一部」だよということも見せたいと思っています。

ーー日常的に写真を撮る人が増えた分、アーティストが見せる写真の次元に興味を惹かれる人も増えているかもしれないですね。逆にアーティストからすれば、すでに街に写真は膨大に溢れているわけで、いかに異質な次元を見せるのかという戦略も見どころですね。

速水 :そうそう。例えば、「これは広告写真?」と思わせておいて……、という「擬態」の戦術を取ることができるのも都市空間ならではですよね。2年前の「T3」で濱田祐史さんという写真家は、アウトドアブランドの「モンベル」の前でアルミホイル製の山の写真を展示したんです。一瞬、モンベルの広告に見えるけど、よく見たらアルミホイルでどう捉えたらいいかわからない。その宙吊り感、ズレの感覚がとても面白かったんです。

濱田さんが「店の前の写真=広告」というバイアスを逆手に取ったように、普段は気にもしない都市空間のルールやコードを見つけてハッキングしたり、それらの「余白」を見つけて新しい見方を提示することは、アーティストたちの得意技だと思っています。

濱田祐史〈Primal Mountain〉

奥秋 :余白としての場所や、その使われ方は、我々にとっても興味深いテーマです。実際にガチガチに目的で固めた空間ばかりだと息苦しく、「ひとまずベンチを置いてみて、どんな使われた方をするか眺めてみよう」という曖昧な場所があった方が、利用者のクリエイティビティも生まれやすくなって、場所全体が生き生きするという実感があります。

速水 :普段は移動のためにしか使っていなかった道や空間に展示された作品の前で、ビジネスパーソンがふと立ち止まる、そして同じく足を停めた誰かとコミュニケーションをする、そういうことでも街の見え方や空気は変わると思うんです。京橋という街のなかでとても面白い実験をさせてもらっているなと感じますね。


誰にでも開かれた「公共的」なフェスティバルを目指して

ーー過去の開催に対して、今回の「T3」の特色となるポイントや、とくにこだわられた点についてお聞きできますか?

速水 :イベント全体で言えば、まず会場エリアの拡大が挙げられます。東京建物さんの各ビル群をはじめとして、大丸東京店、八重洲ブックセンター、東京ミッドタウン八重洲、京橋通郵便局、八重洲ブックセンター、にのに八重洲仲通りビルという新スペースや、我々の運営する72Galleryなどまで、会場は全部で13ヶ所にわたります。

奥秋 :本当に広範囲ですよね。観客は街全体を周遊することになります。

T3 2022会場マップ

速水 :また、プログラムの多様性もこだわりました。さきほどの企画展「The Everyday」のほか、東京ミッドタウン八重洲では森山大道さんの特別展、東京駅八重洲口グランルーフでは13の学校の学生たちによる作品展示を開催。改修工事中の戸田建設の仮囲いでは、3組の写真家と書き手のコラボ展示も行います。さらに、日中韓台の気鋭の写真家たちが参加するシティラボ東京でのスライドプロジェクション企画や、TOKYO TORCH parkでの親子向け企画、トークイベントや中古カメラバーゲンまで、多様な企画を揃えました。

今回、イベント全体のコンセプトを「異なるものを繋いでみる」としたのですが、このラインナップにはそうした思いも込められています。つまり、あらゆる人が、さまざまな角度から写真というものを楽しめるイベントにしたかったんです。

僕らアートを専門とする人間は、どうしてもアートの価値観から企画を考えがちですが、美術館ならさておき、都市空間で作品を見せるならそれは通用しない。アーティストや美術関係者、アートファンだけでなく、一般企業に勤める人や地元の人、異なる考え方を持つ人にも目を向ける必要があります。哲学者のハンナ・アーレントは「公共性」をテーブルに例え、異なる価値観を持つ人たちも同じテーブルは共有できるとしました。そうした多様な立場の人に開かれた場としての「公共性」は、今回ずっと意識していることです。

T3 2022メインビジュアル。使われている写真は、ユースカルチャーや女性のアイデンティティを探求する作品で知られるDeanna Templetonの作品(左)と、先住民としての「小笠原人」のアイデンティティに迫った写真を撮り続ける長沢慎一郎の作品(右)。両作家の作品群は東京スクエアガーデンで鑑賞できる

ーー一方、企画展の「The Everyday」で興味を引かれたのが、「インターネット」をテーマとする作家が多く選ばれていることです。たしかに撮影後のSNS投稿や、スマホで撮影した写真の位置情報など、いまの写真文化はインターネットと切り離すことはできないですよね。情報環境と写真の関係性に注目される理由についても、お聞きできますか?

速水 :まさにその部分は、とてもこだわったポイントです。おっしゃる通り、現在の写真を考えるうえでインターネットへの視線は欠かすことができない。その観点から今回の企画展では、「ポストインターネット・アート」とも呼ばれる、インターネット以後の情報環境を意識的に踏まえた作品を作るアーティストに多く声をかけました。

なぜ、「インターネットと写真」を取り上げるかといえば、これまで日本の写真界はほとんどこの観点を扱えていなかったんですね。その背景には、日本ではカメラメーカーがとても強く、「綺麗な写真を撮ること」が重視されてきたこともあるかもしれない。もちろんそうした写真も良いですし、独自の環境で独自の表現も生まれましたが、同時に世界の写真表現から遅れてしまったことも事実だと思う。それを一度、整理したいんです。

今回の「T3」ではきりとりめでるさんと小髙美穂さんという、2人の批評家やキュレーターにもキュレーションに参加していただいています。「The Everyday」展はきりとりめでるさんとの共同キュレーションで、彼女は僕よりもはるかに「インターネット以降のアート」の文脈に詳しい。従来の写真表現とそうした新しい表現を架け橋して幅広い人に届けることは、この企画展の裏テーマです。それは世界の写真関係者から見ると、日本の若いアーティストの独自性を知る機会にもなるのではないかと期待しています。

インターネット以降のアートと呼ばれる芸術作品の考察において観ておくべきAram Barthollの作品。本作も東京スクエアガーデンに展示される

奥秋 :先にも触れたように、この街はフィルムや美術の街、江戸時代まで遡ればものづくりの街だったわけですが、その文脈の延長線上で、ただ伝統を踏襲するのではなく、現代的な表現方法を取り込みながら良い企画を考えていただけているな、と感じます。

少し前の「公共性」の話に戻ってしまいますが、そうした新しい表現も含めてみんなが一緒に楽しみながら考えられる場があることは、お客さんだけでなく関わる企業や地元の人にとって新鮮ですよね。京橋は大企業が集まるエリアですが、一般企業で働く人たちのあいだでもアートへの関心は近年とても高まっている。実際、お声掛けした企業さんたちの反応はすごくいいんです。ああ、みなさんこういうことをやりたかったんだな、と。

そういう意味で「T3」には、このエリアのさまざまな企業や住民、多様な立場の人にとってのハブの機能を担ってもらえるとありがたいですし、訪れてくださる方たちには、ぜひそういった観点からも「T3」という取り組みを見ていただけるといいなと思っています。

昨年に続き、10月9日(日)、10日(月・祝)に東京スクエアガーデン貫通通路にて開催されるフォトマーケット。国内外で活躍している作家や出版社、書店、写真を選ぶ学生たちが肩を並べ、写真集やプリント作品等を販売。写真は2021年の様子

いろんなものをつなぐ「ハブ」としての写真祭

ーー最後に、この「T3」という取り組みも含め、舞台となる東京駅東側のエリアが今後どのような街になっていってほしいか、考えていることをお聞きできますでしょうか?

奥秋 :私としてはやはり、「新しい発見のある街」であってほしいですね。初めて訪れた人がこの街でいろんなものを見ることによって、ここに来ると新しい発見がある、これまで自分で考えたことも想像もしたこともない物事の見方や解釈があると思えるような、そういうヒントが街中に溢れている場所であってほしいという思いがあります。

そうした新しい視点の獲得は、ビジネスに関わる人間にとっても重要なはず。単純に仕事をしにくるための場所ではなくて、ふとした瞬間に何か普段は触れないような視点に出会える場所であってほしい。その出会いや学びは個人のQOL(Quality of life)を上げてくれると思います。「オフィス街」にも、さまざまなカルチャーの混在する雑多性があっていいわけですよね。その大きな役割を「T3」が果たしてくれると期待しています。

速水 :とても嬉しいですね。まちづくりのビジョンという意味では、僕は奥秋さんほどのものは描けませんが、この街に関わっていると、そうしたさまざまな出会いに溢れた街としてのポテンシャルをすごく感じるんですよね。プレイヤーもとても多様ですし。

江戸歌舞伎が発祥し、狩野派の画家たちが拠点とした京橋には今も美術館やギャラリーが多く点在。そんな歴史ある街で、速水さんがゼネラルマネージャーを務める写真教室「PHaT PHOTO」が実施した「街歩き撮影会」の様子

奥秋 :少し思っているのは、「T3」という年に一度のイベントはありつつ、普段から街にいるワーカーたちに開かれたコミュニティもできるといいなということ。例えばこの速水さんのオフィスが、初心者からプロまで写真に興味のある人がふと訪れ、相談やコミュケーションができる場になったり。いわば、東京駅前の「写真部の部室」ですね。「T3」の準備に忙殺されている速水さんに、そんなことはなかなか言い出せませんが(笑)。

速水 :いえいえ、頑張ります……!

奥秋 :おそらくこの地域で働く人や地元の人で、もともと写真が好きだった方は多いと思うんです。その「写真部」に訪れた方から、「T3も手伝いたい!」という方も現れるかもしれない。そうした日常的なコミュニティづくりは、我々も頑張っていきたいですね。

速水 :そうですね。「ここにくれば写真のことがわかる場所」という認識は、地元の方はもちろんのこと、世界の人たちの間でも築いて行けたらいいなと思っています。

「T3」を立ち上げてから、世界中の人たちから、「あなたにとってフォトフェスティバルとは?」という質問をよくされるんです。じつはこれが難しくて、上手く言語化できなかったのですが、今回の準備のなかで初めて自分なりに見えてきた感覚があって。それはつまり、この写真祭はさまざまなものの「ハブ」であるということ。そこには、アーティストと地元、旧来の写真界と新しいアート表現など、いくつもの関係性のハブという意味がありますが、「アジアの写真のハブ」でありたいという思いも含まれています。

「T3」の出発点となった北京の写真祭での経験に戻れば、僕たち東洋の人間は西洋の芸術から多くのことを学んできました。今度は、東洋から西洋に発信していく番だと思う。そうしたなか、アジア独自の写真文化、写真祭のあり方を見せる場所として、この東京駅東側エリアや「T3」という試みは非常に面白い可能性を持っていると考えています。ぜひその大きなビジョンを持った取り組みを、多くの方に見ていただけたら嬉しいですね。

執筆:杉原環樹、撮影:島村緑

関連サイト
T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO: https://t3photo.tokyo/

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