案内&文/山同敦子 撮影/石井雄司
日本酒ファンが急増中です。若い女性やワイン党、外国人など、日本酒はこれまで縁がなかった人々の心も、がっちりと捉えています。人気の理由は明快。美味しく進化したから。今から30年ほど前、身近には美味しい日本酒はなく、私は全国へ美酒を発掘する旅にでかけたものでした。ところが今では、居酒屋や地酒専門の酒販店に、心ときめく美酒がズラリと並ぶようになりました。進化した日本酒は美味しいだけじゃありません。驚くほどバラエティ豊か。そんなイマドキの日本酒を味わってみたい方に、私がイチオシするのが「夏酒」です。
シュワシュワ泡立つ爽快なタイプ、アルコール度の低い軽い飲み口のタイプ、酸の利いたさっぱりとしたタイプ、ロックで旨い濃厚な無濾過生原酒……。こんな従来の日本酒のイメージを覆す新感覚の日本酒が、夏季限定の夏酒として続々とお目見え。実は夏こそ、一年で最も多種多彩な日本酒を堪能できる季節なのです。
夏酒は、夏に出荷される日本酒の通称で、規格が定められているわけではありません。夏向けのお酒が登場し始めたのは10年ほど前のこと。もともと日本酒は冬のイメージが強く、暑い夏には味が重いと敬遠されがちでした。そこで、スッキリとした夏向けの味に醸した日本酒を、ブルーや透明の清涼感ある瓶に入れ、「夏純米」とか「夏吟醸」などというラベルを貼って販売したところ、じわじわとファンに浸透。日本酒熱の高まりとともに、この5、6年で一気に注目を浴びるようになりました。
最近は、スッキリ味だけではなく、個性豊かな変わり種が次々と登場。たとえば、白麹を使うことでレモンのようなシャープな酸を表現したもの、シャンパーニュのように瓶内二次発酵させたナチュラルな発泡感を楽しめるもの、アルコール度数を低く抑えた濁り酒、オンザロックで飲むことを想定した無濾過生原酒など……。夏酒は味も見た目も、ぐんとバリエーションが豊富になってきました。
一年を通して販売される日本酒は、いわばその酒蔵の“顔”。造り手たちは、進化した醸造技術や完備した冷蔵設備を基に、“定番”として長く愛される酒造りを目指します。それに対して夏酒は、販売期間が限定されているため、思い切った冒険も可能で、未来に向けた実験的な酒造りの場と捉える蔵元もいるほどです。造り手がチャレンジ精神と遊び心を発揮して、私たち飲み手に提案する新感覚の日本酒、それが夏酒なのです。
夏酒は、料理と合わせることで、さらに魅力が開花します。イマドキの日本酒の造り手は、飲むシーンや、合う料理を想定して、日本酒の味を設計することがあります。提案型の意味合いの強い夏酒では、それが顕著。思いがけない味と、ぴたりと合って、魅力が花咲くこともあるのが、夏酒の面白さです。
そこで、夏酒と料理が醸し出す相性の妙を楽しもうと向かったのは、私がご贔屓にしている、京橋にある「Kyobashi moto京橋もと」。料理は、京都の割烹でも腕をふるった料理長の上野智紀さんによる季節感あふれるお任せコース。お酒は店主の鈴木隆之さんが、約80種類の中から、好みを聞きながら料理にぴたりと合う日本酒を選んでくれます。行くたびに新しい発見があると、呑兵衛にも食いしん坊にも大評判です(お任せコース[料理のみ]は基本6品7000円、8品9000円で、日によって品数が替わる場合があり。日本酒も入荷次第で内容が変わります)。
すっと出された先付は、桃の酒蒸しと真鯛の握り。鈴木さんが合わせた夏酒は、度数9%の低アルコールで、プチプチと軽く発泡するスパークリングタイプの「天蛙(あまがえる)」(新政酒造・秋田県)。甘酸っぱい風味の軽やかなお酒が、すっと喉を通ります。桃を食べて、再びお酒をひと口。相性の良さに頬がゆるんでしまいます。「洗練された甘酸っぱさがあるお酒なので、果物とよく合うんです。初めて日本酒を召しあがる方にも好評で、特に女性のお客さまからは歓声があがりますね」と店主の鈴木さんも、にっこり。
冷製賀茂ナスと鴨のロースに合わせて薦めてくれたのは、「山形正宗 夏ノ純米」(水戸部酒造・山形県)。旨みはしっかり、切れ味シャープな夏酒が、料理の香りを引き立てながら、肉の脂をすっきり切って、なんとも爽快です。「天蛙」には蛙のイラスト、「山形正宗」には夜空に開く花火……、夏酒は、ラベルデザインも印象的。ほかにも昆虫、ペンギン、花など、夏をイメージするイラストを大きく描いたり、英語表記だけだったり。夏酒には、ジャケ買いしたくなるような、斬新で愛らしいラベルデザインが目白押しです。
様々な温度で味わえるのも、日本酒ならではの魅力。「お燗にすることで、違った美味しさを楽しめます」と、店主の鈴木さんは、「玉川 Ice Breaker」純米吟醸 無濾過生原酒をぬるめのお燗で出してくれました。このお酒は、もともと、夏にオンザロックで飲むことを想定された濃厚な味。ガツンとくる旨みがあって、熟成感もあるので、私のような日本酒好きには、むふふの美味しさ。「お燗にするとソフトな印象になるので、初めての方も抵抗感なく、優しい旨みにハマッてくれるんです」と鈴木さん。このゆるゆるした優しさ、夏バテ気味の体に、染みるぅ!
「夏酒は、ビールで割っても美味しい」と、まさかの禁じ手を、真剣な顔で教えてくれたのが、「夢酒(むっしゅ)」グループの酒ソムリエ・森隆さんです。それ、美味しいの?! そこで、東京駅八重洲口に程近い「夢酒 知花(むっしゅ ちはな)」に、夏酒の新しい楽しみ方を教わりに行きました。この店は日本酒以外にも本格焼酎や泡盛、ワイン、ビールなど幅広く揃えていて、料理も品数豊富。八重洲近郊の企業に勤めるビジネスパーソンで賑わっています。座席がパーテーションで仕切られているので接待にも使いやすく、“東京地酒”をテーマに多摩の日本酒や八丈島や新島の焼酎もあって、お酒に一家言ある人にも薦めたい居酒屋です。
「日本酒ラバー以外の方にもファンになっていただこうと、24年間、試行錯誤してきました」と森さん。SAKEカクテルとして、カシスリキュールで割ったり、生のイチゴを浮かべたりと、ビジュアルの工夫も続けてきたと言います。大ファンになった人もいたものの、正直、全体的な反応は今ひとつ。ところが日本酒が美味しく進化すると、割らずにそのまま出しても「美味しい!」との声が続出。「それでも、やっぱり味が重い、アルコールが強い……と言う方にお出しして大好評なのが、夏の濁り酒のペリエ割りとビール割りです」と森さん。
「分量の目安は、日本酒に対して、ビールもペリエも半々ぐらい。ライムをひと搾りするのが極意」と「夢酒 知花」店長の平野隆昭さん。まずはペリエ割りをひと口飲むと、ライムの香りが駆け抜けます。濁り酒ならではの旨みが、ペリエの微炭酸の効果で軽やかになり、ごくごく喉を通っていきます。暑い日、着席したらまず一杯。リフレッシュしてくれるでしょう。さてさて、ビール割りのほうは、甘酸っぱい果実のようなテイスト。説明がないと、なんのお酒だかわからないけど、意外な美味しさにびっくり。ビールの苦みが嫌いな人にも抵抗がないはず。「まずビール!という方も、お試しください」と平野店長。
お次は、「夢酒」自慢のカツオの厚切りに食らいつき、「刈穂」(秋田清酒・秋田県)の「夏の生吟醸」を一杯。控えめな香り、落ち着いた味わいの夏の生酒には、長年、ファンから支持される酒蔵らしい大人の上質さを感じます。引き続き、これも名物の絶品カニ肉たっぷりコロッケをぱくり。合わせた夏酒は「いづみ橋 夏ヤゴ13」純米酒 きもと。ヤゴを描いた女子受けする可愛いラベルながら、きもと造りで、味の幅はたっぷり。仕込み水が中硬水のため、後口がキリリと引き締まり、揚げ物を食べた後の口がさっぱりします。食べて飲んだあとが、いい気分です。
ラストは、店で凍結させた夏の濁り酒と、チーズケーキ。シャリシャリとした食感が涼やか! うす濁り酒のほんのりした甘さが、凍らせることでさっぱり爽やかに。食後のシャーベットのような感覚で、気持ちよく締めることができました。「涼やかな味なので、一杯目にもお薦めですよ」と平野店長。このお酒で、また一から飲み直そうかな、でも、エンドレスになってしまいそう……。割ったり、凍らせたりと、楽しく、美味しく、自由自在に夏酒を堪能した一夜でした。
案内人プロフィール: 山同敦子(さんどう・あつこ)
酒と食のジャーナリスト、酒ノンフィクション作家。ソムリエ、利酒師。東京生まれ、大阪育ちで、東京在住。上智大学文学部卒業後、新聞社を経て、出版社へ。酒蔵で飲んだ生酒の美味しさで開眼し独立。グルメ雑誌「dancyu」(プレジデント社)では23年間にわたって執筆。特に日本酒特集ではたびたび顔出ししているため、居酒屋では顔バレしており、お忍びデートもままならないと嘆く。日本酒関係者のバイブルと称されるドキュメント『愛と情熱の日本酒~魂をゆさぶる造り酒屋たち』(ダイヤモンド社、ちくま文庫)、『めざせ! 日本酒の達人―新時代の味と出会う』(ちくま新書)、『極上の酒を生む土と人 大地を醸す』(講談社+α文庫)、『日本酒ドラマチック 進化と熱狂の時代』(講談社)ほか、著書多数。
★東京街人編集部からも『夏酒』を楽しめるお店をさらにご紹介!
『ひよく亭』
夜の夏はハモ、冬はフグが看板食材のお店です。料理にあう地酒や焼酎が豊富に揃っていて、獺祭などの人気銘柄もあります。ふぐのヒレ酒も絶品です!
東京街人内でのご紹介: http://guidetokyo.info/foodshoping/relay/00223.html
『手打ちそば 日本橋 本陣房』
産地直送の新鮮な魚、四季折々の野菜料理が多数あり、日本全国から取りよせた吟醸酒や厳選した本格焼酎といただけます。〆は自家製粉の手打ち蕎麦をぜひ!
東京街人内でのご紹介: http://guidetokyo.info/foodshoping/relay/00226.html
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