案内&文/山内史子 撮影/工藤睦子
ビール好きの方は既に喉で実感されているかと思うが、今、世界各国でクラフトビールが熱い。などといきなり言い切ってしまったが、なかには「えっ、クラフトビールって、なに?」という方もいらっしゃるだろう。ざっくり説明すると……、国によって基準に違いはあるが、伝統的な職人技のもと、独立した小規模な醸造所で造られるビールのことを指す。
そもそもヨーロッパではクラフトビールという言葉が生まれる前から、各地の醸造所でそれぞれにバラエティに富んだビールが造られてきた。たとえばベルギーでは約400種類、ドイツではなんと5000種類以上もの銘柄があるとか。イギリスでもとりわけ田舎のパブでは、ローカル一色。「おまえくらい飲む日本人は、これまで見たことがない!」と、かつてとあるイギリス人に高い評価をいただいたわたくしは、どこに行っても、あれも、これもと、つい欲にかられてしまうのだ。
閑話休題、現在のクラフトビール事情に戻れば、もっとも沸騰しているのはアメリカである。1979年の自家醸造解禁が大きな転機となり、個性的な味わいを誇る醸造所が続々と誕生。今やその数、5000以上とも。レストランを備えた醸造所も少なくなく、これまでの経験からすると料理を含め美味が待つ確率はかなり高い。その流れは、お隣のカナダにまで拡大中……。
日本でもまた、クラフトビールはかなりのスピードで人気上昇中である。「国内醸造所やクラフトビールを扱う専門店が、ここ数年で増えましたね」と嬉しそうに話してくれたのは、八重洲「SWANLAKE Pub Edo 八重洲店」のフロアマネージャー・幸城誠(こうしろ・まこと)さんだ。創業1997年、新潟の醸造所SWANLAKEは、日本のクラフトビール界において草分け的存在のひとつ。2000年にアメリカのワールド・ビア・アワードで日本の醸造所として初の金賞に輝き、2006年にも同アワードで金賞を受賞するなど、国内外で数多くの賞を受賞してきた実力派でもある。店名の「Edo」は、江戸にかけているだけではなく、創業の際に醸造指南を受けた技術者エド・トリンガリーさんの名前にも由来している。醸造所直営のこの店は、東京駅の新幹線口から徒歩約5分。13時からの開店ということもあり、出張仕事を早めに終えたビジネスマンや観光客が訪れることも多いそうだ。
SWANLAKEのビールの特徴はなんといっても、仕込みに使われる水の良さが立った輪郭の清々しさだろう。ごくり、はふ~っ、となった瞬間が実に気持ちいい。米の甘みを秘めた「越乃米こしひかり仕込み」のように、新潟ならではのテイストを味わえるクラフトビールも魅力である。料理ではずせないのは、一番人気のポテトフライ。皮付きのじゃがいもを一度蒸し、手で割ってから揚げるという手間をかけており、サクサク、カリカリ、ホクホク、多彩なおいしさが楽しめる。すっきり爽やかな「ホワイトスワンヴァイツェン」と合わせると、手が止まらなくなる。かぶを1個丸ごと使った「カブの塩こんぶ和え」も、渋い存在ながらビールが進む旨さだ。
新潟県産の牛肉や鶏肉、B級グルメの「イタリアン」といった郷土色を出した逸品にも、深く魅せられる。なかでもさりげなくインパクト大なのは、「とうふの燻製」。伝統的な辛味調味料かんずり(唐辛子に麹、柚、塩を合わせて発酵したもの)を使っており、そのピリ辛がビールと好相性なのだ。脂身がとろっとろになるまでやわらかくたかれた「じっくり煮込んだあがの姫牛の黒ビール煮込み」1580円はぜひとも、ほのかな香ばしさと苦みが心地よい「アンバースワンエール」とともに! 相乗効果でおいしさが増す。
クラフトビールは自社製品に加え、大阪の箕面ビール、長野のヤッホーブルーイングといった、SWANLAKE同様に日本のクラフトビール界の礎を築いてきた醸造所の銘柄もあり、全約15種類の飲み比べは、幸せ以外のなにものでもない。あれこれ気軽に相談したり、ビールを注ぐ様子を間近に眺めたりと、クラフトビールとのひとときを満喫するなら、カウンター席がおすすめだ。
新進気鋭の醸造所を中心にクラフトビールを揃える八重洲「クラフトビアバル IBREW 銀座1丁目店」もまた、見逃せない存在だ。醸造所とコラボしたオリジナルテイストを含め、常時約10種類の品揃え。ラインナップは日々、少しずつ入れ替わるが、ときには地方出身の方が「地元なのに知らなかった!」と発見に至るほど、知る人ぞ知る的なレア物もあるそうだ。なのに料金は、財布に優しい設定なのがなんとも嬉しい。
「オーナーも僕も、難しい顔をしてビールを飲むのは好きじゃない。あれこれ試しながら楽しく過ごして欲しいとの思いから、価格を抑えめにしました」と話しながら、統括マネージャーの川島裕二さんはやわらかな笑顔になった。クラフトビールとはあまり縁がなかった川島さんが出会って一転、その多様性に一瞬ではまったというように、風味は百花繚乱。思う存分徹底して飲み比べるなら、ひとりからでも対応してくれる食事付きの飲み放題プラン3000円~が頼りになる。
合わせる美味は、薄くさっくり焼き上げた自家製のピッツアや「粗挽きソーセージグリル」のように、ビールの友として万能選手的な活躍を見せるメニューをまずはおさえたい。ささみ、ハツ、レバーの三種が盛りこまれ、一皿で多様な旨みが花開く「鶏のカルパッチョ」は、ビールの飲み比べの面白さが映える。秋田あくらビール「ふたりがかり」のようなすっきり系の次は、ほどよい深み、酸味、苦みが調和した三重県の伊勢角屋ビール「I'm So Wired」へなど、テイストを変えながら相性を探ってみるのも愉快。
ビールを飲む前に特徴を見分けるわかりやすい指針としては、まずは味とリンクしていることが多い、色の濃淡が目安になる。ピルスナーならすっきり、ヴァイツェンはフルーティな香りが立つ爽やかさ、IPA(インディア・ペール・エール)はがっちり力強く、果汁入りはほんのり甘いなどなど、造りの違いでもある程度の方向性は予測できる……。と、思っていたのだが、この店で出会った福島路ビールとのコラボによる桃の果汁入り「いつものFM」は、元服したての武士のごとく爽やかな凜々しさにびっくり! パワフルに見える色合いながら、意外にも口当たりがやわらかく甘みを秘めたチェコのNova Paka「Brouczech Dark」のように、ヘビー級に見えつつふっくら包み込むタイプもあり、飲むほどに目から鱗がざくざく落ちた次第。
ほか、今回、「SWANLAKE Pub Edo 八重洲店」「クラフトビアバル IBREW 銀座1丁目店」でいただいたビールについて、それぞれ語り出したらひと晩かかるので断念するが、思わぬところでフォーリンラブ、という状況もあり得る。初心者であっても、既に経験を積んでいても、最初から決めつけてかからない方がいい。案ずるより飲むが易し。扉を開ければ、広く深く幸せなクラフトビールの世界が待っている。一期一会の出会いも少なくない。とにもかくにも、まずはお店に足繁く通うのが、クラフトビールとの愛を深める最善の策である。
案内人プロフィール: 山内史子(やまうち・ふみこ)
グルメ雑誌「dancyu」(プレジデント社)にもたびたび登場する、酒豪の紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業。英国ペンギン・ブックス社でプロモーションを担当した後に独立。国内外の史跡や物語の舞台に立つ自分に酔い、夜は酒場で美酒に酔うのがなによりの生きがい。一升一斗の「いっとちゃん」と呼ばれる大酒呑み。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「赤毛のアンの島へ」「ハリー・ポッターへの旅」(白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。
★東京街人編集部からも『クラフトビール』をさらにご紹介!
『TOKYO BLUES』
八重洲の老舗問屋コンタツが「東京らしいビールをつくろう」と、東京・福生市の石川酒造と組んでクラフトビール「TOKYO BLUES」を開発。ブルースのセッションのように二つのモルトを組み合わせた柑橘系のさっぱりとした味わいで、和食にも合うテイストに仕上げられています。
東京街人内でのご紹介: http://guidetokyo.info/history/company/company02.html
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