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〈むかしみらい〉 地元企業物語
Campany's story in our town

|2022.07.04

八重洲地下街で開く、新たな引き出し。ハードリカーを試飲できる店・リカーズハセガワ

八重洲地下街、通称ヤエチカが生まれた’64年当初から、そこに店をかまえる酒店「リカーズハセガワ本店」。通路に沿って横長に広がり、歩行の延長で気軽に棚を見られるその立地は、まるでヤエチカ備え付けの酒棚のようでもある。とりわけウイスキーをはじめとするハードリカー(※)の品ぞろえが際立ち、高級銘柄をふくめて店内では有料試飲もできる。

この個性ある酒店のなりたちと、試飲サービスのもたらす稀有な価値を、店主・大澤周作さんの話とともにひもとく。

※ウイスキーやウォッカ、ラムなどアルコール度数の高いアルコール飲料のこと


「中央区八重洲」ができた年に生まれた酒店

後にリカーズハセガワを創業する長谷川峻治さんが、前身となる露店を始めたのは、’50年頃のこと。

「はじめは戦後の焼け跡で、進駐軍から払い下げられた食品などを売っていたようです」

その後’54年に、日本橋三丁目で酒類販売をスタート。’54年は、日本橋呉服町と榎町があわさって「中央区八重洲」が誕生した年でもある。そして’64年、同店は八重洲地下街の完成にあわせて移転・入居し、現在にいたる。

左)八重洲長谷川酒食品 代表取締役社長・大澤周作さん
右)八重洲地下街にあるリカーズハセガワ本店

大澤さんが店で働き始めたのは、’80年代前半のこと。高校1年生の夏だった。もちろん未成年だったので「お酒が好きだから」というわけではなく、オートバイを買うためのアルバイトだった。ただ、当時から映画やドラマを観て、ウイスキーに対する憧れはあった。大学へ進学してもアルバイトは続け、卒業を機に、社長に勧められて正社員になった。

「バブル期で大手に就職する同級生も多かったのですが、小さい会社なら自由にできるのではないかと思い、自分はこちらに就職しました。自分で工夫して商品を売れることが、すごくおもしろかったんですよね。また円高や酒税法改正、そしてバブル景気の後押しで、ウイスキーの売上自体も伸びていました」

’90年代後半、大澤さんは社員として、リカーズハセガワ本店(※)の大幅リニューアルを敢行。これにより、もともとハードリカーに強かった店は、よりそこに特化した品ぞろえとなった。

※リカーズハセガワは、同じ八重洲地下街にもう1店舗「北口店」がある。

「自由にやらせてもらえるようになったので、それなら自分の好きなハードリカーに一層特化しようと。ただ、残念ながらその後は、世の中的にウイスキーが売れない時代が長く続きました」

そんなウイスキー冬の時代が終わり、再び売れ出す大きなきっかけとなったのが、NHKの連続テレビ小説『マッサン』だった。以降、ウイスキーはブームとなり、とりわけジャパニーズウイスキーは国際的な賞をとるなどして世界的な人気となった。

「ウイスキーが多くの人に飲まれるようになったのは喜ばしいことである反面、それまでずっと仕入れていた思い入れのある商品が品薄で仕入れられなくなってしまったのは、少し残念です」

一方、八重洲地下街自体も、以前とは大きく変わった。

「私が働き始めた80年代は、地下街も今みたいにきれいではなく、通路の真ん中まで商品ワゴンがせり出していたりしました。また今ではチェーン店も多いですが、当時は衣料品店をはじめ小さな個人店が主体でした。お客さんは近隣に勤める人がほとんどだったので、土日はゴーストタウンのようになった。でも今はその逆で、土日の方が断然忙しい。それだけ八重洲自体が、人を呼べるようになったのでしょうね」

‘15年、大澤さんはリカーズハセガワの社長に就任し、現在にいたる。高校時代に同店で働き始めてから、もうすぐ40年が経とうとしている。

左)約16坪の店内には、ハードリカーだけで約1,840種類がそろう
右)シガーと紙巻たばこのコーナーもある

お客が満足できるお酒を推理する

そんな大澤さんがこだわるのが、「お客それぞれが一番満足できるものを見つけられる店」にすることだ。

「それには売る側に商品知識が必要だし、味を知っている必要もある。それと、品ぞろえにはとても気を使っています。といっても品数が多ければ多いほどいいわけではありません。以前はたくさんの種類を集めることを一つの目標にしていましたが、世の中に商品が豊富にそろう今は、その中から良いものを選ぶことに注力しています」

現在、ハードリカー全体で約1,840種あり、そのうちウイスキーが約1,150種、ブランデーが約280種ある。ウイスキーのうち、モルトウイスキーは約600種だ。そのセレクトは、どんな基準で行っているのか。

「たとえばシングルモルトだったらここを見るといった細かなテクニックはあるのですが、結局は『信用できる商品』に行き着くのかなと。だから当然、不良品のようなものを置かないことや、適正価格で販売することには注力します。

そしてもう一つ、セレクトで心がけているのが、よく言われる言葉ではありますが、作り手の顔が見えること。要は、その作り手ならではの一貫したポリシーや思いを感じられるものです。作り手の思いと、お客さんが求める思いを、お店を通してつなげるイメージですね」

くわえて、個々のお客の要望へ的確に応えるには「推理」も重要になる。

「お客さんと話す中で感じるもの、あるいはお客さんが店内のどこを見ているのか、どこの写真を撮ったかなどをヒントにしながら、この方が求めているのはこんな感じのテイストじゃないかと推理します。商品の説明も、ただひと通り話すのではなく、そのお客さんに合わせたものにする。今は好みが細分化しているので難しい部分もありますが、そうした推理も活かしつつ、お客さんに満足できる商品を見つけてもらえる店というのを、究極的には目指しています」

そうした推理を強力に後押しする“装置”として導入されたのが、試飲コーナーである。店内の試飲対象商品を、各10ml、計5銘柄まで試飲できる。試飲料金はミニマム100円で、各銘柄の販売価格によって変わる。2004年頃から始めたサービスで、そのために設備を少し改変し、保健所の許可を取った。

「言葉で説明しづらい微妙な味わいの違いも、試飲していただけば一発で理解してもらえます。近年はインターネットの酒店が台頭していますが、ネットでは試飲できませんので、まさに実店舗ならではの強みを活かしている形です。まあ試飲を始めたのは、自分たちが試し飲みしたいのも多分にあったのですが(笑)」

左)店内の試飲スペース
右)試飲対象商品にはラベルが貼られている

知らなかった価値観に出会える場所

「ただ、試飲サービスを始めた当初は1日に何杯までと決めていなかったので、午前中に4~5杯飲み、また午後に4~5杯飲んで真っ赤になって帰るようなお客さんもいました。ポケットにつまみを忍ばせたりして(笑)。そういうのを見て、なんか違うぞと思い、杯数などのルールを設けたんです。あくまで試飲であり、立ち飲みコーナーではありません」

飲み比べる機会の少ないウイスキーを気軽に飲み比べられ、店の人に聞けば特選の専門情報も得られる。試した中から、「この方向性の味で、もう一歩◯◯な感じのものはありますか?」といった微妙なリクエストもできる。結果、求めていたイメージにぴったりな味が見つかったり、これまで知らなかった味の引き出しが思わず開いたりする。それはレコード屋の視聴や洋服屋の試着で、「これだ!」とビビビとくる感覚にも近い。

「ぴったりなものを見つけられて満足したお客さんはたいてい、会計後の様子でわかります。ときには、お客さんの方から、ありがとうございますと言ってくださったり。そんなふうに、うまくマッチしたなと感じられる瞬間が、仕事をしていて一番うれしいです」

コロナ禍以降は、5杯までだったところを3杯までにするなどの制限をかけているが、それ以前は多いときには1日200杯もの試飲があった。筆者も試飲サービスを試したが、数年前に飲んでとても好みだったけれど品名を失念してしまったスコッチを特定でき、買い求められた。地下街を出たとき、買い物の満足感とアルコールの心地よさからか、外の景色が行きとは少し変わっていた。

ちなみに大澤さんは最近、ハードリカーの中でも、ブランデーの一種であるコニャックに注目している。

「ウイスキーとはまた違う、深い安らぎを感じられるのが魅力です。ブランデーというと石原裕次郎さんとか、海外旅行のおみやげとかを連想する方も多いかもしれませんが、最近はそうした世界観とはまた違う楽しみ方が、一部の人たちを魅了しているイメージです」

地下街の通路からスルリと入ったそこには、趣のある酒瓶が、天井までびっしり並ぶ。試飲などをしながら注意深く目を凝らすと、不意に秘密の引き出しが現れ、中から自分の知らなかった価値観が出てくる。70年前、戦後の焼け跡からスタートした店は、今も東京の真ん中で得がたい価値を売っている。

INFORMATION

リカーズハセガワ 本店

住所
中央区八重洲2-1 八重洲地下街 中4号 八重洲地下1番通り
電話番号
03-3271-8747
Webサイト
https://www.liquors-hasegawa.jp/index.html

執筆:田嶋章博、撮影:森カズシゲ

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