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〈むかしみらい〉 地元企業物語
Campany's story in our town

|2021.08.04

インディペンデント系配給会社「ロングライド」が数々の話題映画を配給できる理由

大きな資本を持たないインディペンデント系の映画配給会社でありながら、近年数々の話題作を買い付け、業界内で話題となっている1社がある。日本橋に拠点を置く「ロングライド」だ。

2021年9月23日からは、ジョニー・デップ主演の実話映画『MINAMATA-ミナマタ-』が公開される。他にも近年は、ウディ・アレン監督作品『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』や、ジム・ジャームッシュ監督作品『デッド・ドント・ダイ』、そしてアカデミー賞作品賞・脚本賞を受賞した『スポットライト 世紀のスクープ』などを配給している。

なぜ、ロングライドはこうした良質で注目度の高い作品を次々と買い付け、配給できるのか。同社代表取締役・波多野文郎さんに話を聞いた。


「インディペンデント」がやたらかっこよく聞こえた

小学生の頃から、よく両親に映画館に連れられて映画を観ていたという波多野さん。ロングライドを立ち上げる以前は、ドイツの映像コンテンツ会社の東京事務所で働いていた。

「その会社にいた20代の頃、まさにジム・ジャームッシュ監督とかが一世風靡していて、インディペンデント映画の“インディペンデント”という言葉が、やたらとかっこよく聞こえたんです。それで、いつかは自分もそういう映画を手掛ける会社をやりたいなと」。

左)1975年発表の、水俣病を題材とした写真集『MINAMATA』。その作者であるユージン・スミスに以前から興味を持っていたジョニー・デップがプロデューサーを務めたのが、映画『MINAMATA -ミナマタ-』だ
右)ロングライド代表取締役・波多野文郎さん

そうして29歳のとき、会社から独立し、映画配給会社・ロングライドを立ち上げる。以降、作家性や社会性の高い作品を、コツコツ配給し続けてきた。そんなロングライドの1つのターニングポイントとなったのが、名匠ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』の配給だ。日本公開は2017年。

「“貧困”を題材とした作品で、社会のシステムがそうした人たちをどれだけ厳しい状況に追いやっているか、また彼らが助け合い、必死に生きていく姿を描いています。難しい題材でありながら、思った以上の観客動員数を記録できたという点で、会社にとって非常に重要な作品となりました」。

ロングライドは1998年の創設以降、銀座から京橋、そして現在の日本橋へと拠点を移してきた。この辺りには映画関係の会社が多くて試写室も集まり、かつ交通アクセスもいいため、映画会社にはまたとない環境だ。とりわけ同作との出会いがあった京橋時代(2015~2021年)には、会社の事業規模が目に見えて大きくなった。社員数も倍近くになったという。



『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2017年)

とはいえ、大きな資本と結びついたメジャー系配給会社に比べれば、インディペンデント系配給会社の資本は限られている。ロングライドのような外国映画を配給する会社は、主に映画祭のときに開催される映画の見本市のような場で、作品を買い付ける。作品は完成品もあれば、企画段階のものもあるが、基本的には金額を中心とした条件交渉により買い付けられるかどうかが決まる。要は、資本がものをいう世界なのだ。

そんななか、インディペンデント系配給会社であるロングライドが、なぜ人気監督の作品や、映画賞を受賞した話題作を、続々と買い付けられるのか。


買い付ける段階では決して「話題作」ではない

その理由として、波多野さんがまず挙げたのが、「話題作に仕立てる力」だ。

「横柄な言い方にはなりますが、話題作と言っても、最初から話題作なわけではありません。そこをいかにみなさんの話題にのぼるような作品に仕立てていくかが、まさに私たちの仕事になります。それを社員一丸となって、大変な時間と労力をかけてやっているからこそ、話題作と言ってもらえる形になっているのかなと。買い付けてきたものを、右から左に流すだけでは、決して話題作にはなりません」。

映画配給会社は、作品を買い付けた後にも、字幕翻訳、宣伝、劇場への交渉といった重要な仕事を担っている。実際に買い付け段階では、『スポットライト 世紀のスクープ』はアカデミー賞をとっていなかったし、『わたしは、ダニエル・ブレイク』もまだ脚本の状態だった。



『スポットライト 世紀のスクープ』(2016年)

では、ロングライドは具体的にどんな手法で、話題作に仕立てているのか?

「そこは企業秘密の部分もあるんですが(笑)、特に“宣伝のための宣伝”にならないようには心がけています。“過去にこのやり方でうまくいったから、今回も同じやり方でいこう”というのではなく、その作品にしかない特徴を研ぎすませるような形ですね」。

続いて波多野さんが2つめの理由に挙げたのが、「引っかかりがある作品を買い付けること」だ。

「心に何か引っかかるもの。もっといえば、たとえば五角形のチャートとかで作品を評価した際に、形が歪んでいてある一項目が突出しているようなもの。究極的には直感に近いんですが、うちではそういう作品を買い付けるようにしています。


“無名時代”から関係性を丁寧に築いてきたからこそ

もちろんバランスの整った作品に比べるとリスクもありますが、我々のような会社が扱う場合、“突出した部分”こそがお客さんに振り向いてもらうためのポイントになるのかなと。先ほどお話した宣伝に関しても、そこを光らせることで話題を呼んでいる部分があると思います。

ただし直感とは言いましたが、ただ感性で買い付けているわけではありません。知り合いの同業者たちを見てみても、生き残っているのは、誰よりも台本を読み、誰よりも試写に行き、誰よりもいろいろな取引先や関係者に会ってコネクションづくりとか情報収集をしている人たちです。結局そういう人たちが、面白い作品を買い付けているんですよね。だから直感といっても、そういう努力があるからこそ起こる、ある種のひらめきだととらえています」。



『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2020年)

波多野さんも、日々そうして足を使って動いている?

「それは好きだからこそできることで、それをやらなくなってしまったら、この仕事はやらない方がいいと思うんですよね。要は、カンヌ国際映画祭でセレクションされる作品が発表される前日にドキドキしなくなったら、もうこの仕事はやめたほうがいいのかなと」。

そしてもう1つ、ロングライドが数々の話題作を手にできる理由として外せないものがある。それは「関係性」だ。

前述のアカデミー賞作『スポットライト 世紀のスクープ』はトム・マッカーシー監督の作品だが、ロングライドは同作に巡り合うまで、マッカーシー監督作品を2本配給していた。ケン・ローチ監督作『わたしは、ダニエル・ブレイク』に関しても、それまでに同監督の作品を何本も配給していて、同作は「これが引退作になるから」と頼まれて受けたものだった。

ロングライドが話題作を次々手がけられるのは、各監督が小さな作品を撮っていたときから配給を引き受け、丁寧に信頼関係を築いてきた証でもあるのだ。

「買い付けはお金がものをいうことも確かですが、一方でそうした関係性を作ることにも、私たちはとても気を配ってきました」。



『デッド・ドント・ダイ』(2020年)


最後の大どんでん返しで映画館が揺れた

そして、ロングライドが重視する「関係性づくり」は、監督以外のさまざまな人たちにも及ぶ。

「インディペンデントという言葉がつくと、他とは一線を画してやりたいことをやっているように見えるかもしれませんが、実際は共同で配給を行う同業他社さんから、印刷屋さん、デザイナーさんにいたるまで、さまざまな方々のご協力があってなんとか成立している状況です。だからこそ、そうした方々との関係性を維持することを、何より重視しています」。

インディペンデントであるのに、いや、インディペンデントだからこそ、周囲と密に繋がることで日々の糧を得ている。それは、この世界に20年以上も身を投じてきた波多野さんだからこその、リアルな言葉だ。

いま映画業界は、コロナ禍により大きなダメージを受けている。ロングライドも例外ではない。

「厳しい状況が続くので、まずは生き残ることに必死ですが、こんなときだからこそ“映画館にしかない映画の楽しみ方”をうまく伝えていきたいなと思っています。そもそも映画は真っ暗な中で大画面・大音量で観ることを前提に作っているので、やっぱり映画館で楽しんでもらうのが何よりだなと。映画館なら、そこにいる人たちとの“共通体験”も味わえるかもしれないし、行き帰りの道のりも含めた思い出になるかもしれません。

古い話になりますが、小学生だった僕はある日、当時話題になっていたあるホラー映画を観に行きました。実はその作品、最後の最後で大ドンデン返しがあって、いざそのシーンがやってきたとき、みんながわーっ!と驚いて映画館が揺れたんですよね。比喩でも、特殊効果でもなく、本当に揺れたんです(笑)。映画館でこその楽しみ方というのは、まさにあれだなと。

別に共通体験が何よりすばらしいものだと言うつもりはないんですが、やっぱり映画館で見ると、そんなふうに衝撃も大きくなるし、別な形で印象に残ることもたくさんあるよね、というお話です」。

今後ロングライドは、以前からやりたかった映画制作にもチャレンジしていきたいという。配給であれ制作であれ、同社がどんな“とがった”作品で、どのような“映画体験”をプレゼントしてくれるのか、とても楽しみだ。


近日公開映画情報


『モロッコ、彼女たちの朝』(2021年8月13日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開)
地中海に面する北アフリカの「魅惑の国」モロッコを部隊にした、小さな宝石のような映画


『ジュゼップ 戦場の画家』(2021年8月13日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開)
1939年、スペイン内戦で難民となった実在の画家ジュゼップ・バルトリを描いたアニメ映画。

 
『MINAMATA -ミナマタ-』(2021年9月23日よりTOHOシネマズ日比谷他にて全国公開)
写真家ユーシ゛ン・スミス氏とアイリーン・美緒子・スミス氏か゛ 1975 年に発表した写真集「MINAMATA」を基に、ジョニー・デップの製作/主演て゛待望の映画化

関連サイト 
有限会社ロングライド公式サイト: https://longride.jp/

執筆:田嶋章博、撮影:森カズシゲ

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