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〈むかしみらい〉 地元企業物語
Campany's story in our town

|2020.12.07

幸せのカギは「よりみち」にあり。雑誌のその先へ―オズマガジン

1987年に創刊の女性誌「オズマガジン」(発行:スターツ出版株式会社/本社:中央区京橋)。2021年に35年目を迎えるこの老舗雑誌が今コンセプトに掲げているのが、「よりみち」だ。なぜ、「よりみち」なのか。その背景には、こんな想いがある。

「さまざまなものごとがネットで完結する時代だからこそ、便利さや効率性とは対極にある『よりみち』の価値が、相対的に大きく高まっている」。「『よりみち』にこそ、人を幸せにするヒントがある」。

「よりみち」が人の幸福度に、どう関係するのだろうか。編集長の井上大烈さんに、話を聞いた。


ふと裏道に入ると、“ちょっとした幸せ”に出会える

創刊以来、オズマガジンは一貫して女性向けの「おでかけ情報」を発信してきた。近年は鎌倉や銀座の特集、パン特集、はたまた文房具特集などが人気で、最近ではホテル特集も好評だ。

井上編集長は、芸文社「カスタムCAR」編集部、日之出出版「FINEBOYS」編集部を経て、2006年にスターツ出版に入社。以来、15年にわたりオズマガジンの編集に携わる。2018年1月より編集長に就任した。

同誌のコンセプトとして「よりみち」や「よりみち案内」が掲げられたのは、2016年のこと。その心は?

「よりみちという言葉には、『おでかけしよう』『ひと呼吸いれよう』『ムダを楽しもう』の3つの意味が込められています。効率化や時短も必要だけど、そうではない部分にも大事なことがけっこうありますよ、よりみちをすることで今日が少し楽しくなりますよ、と。実際に僕自身、ふと裏道に入った時に、ちょっとした幸せな出会いがあることが多いです。それもあり、よりみちという言葉が自然と出てきました」。

スターツ出版 オズマガジン編集長・井上大烈さん。編集部は京橋にある。「場所柄、よく特集する銀座や日本橋の変化をダイレクトに感じられます。また清澄白河や蔵前、谷根千など最近盛り上がっている東東京エリアに、自転車でサッと行けるところもいいですね」

具体的には、どんな特集を?

「たとえば2020年11月号では、『東京ローカルさんぽ』という特集を組みました。これは大都会をいつもより注意深く、すみずみまで、先入観なく見てみたところ、今までとは少し違った東京が見えてきたという趣旨の特集です。特集内では江古田、桜新町、学芸大学といったふだんあまり取り上げないような街も紹介しました。みなさんもコロナ禍で外出が減った反面、『近所でちょっとよりみちして、普段は行かないお店に行ってみたら、なかなか良かった』といった体験をされた方も多いのではないでしょうか」。

ただ、『よりみち』という行為は、決して今に始まったことではない。なぜ同誌は、あえて今それを打ち出すのか。その理由の大きなひとつが、現代の情報量の多さにある。


本当の意味で信じられるのは、自分の目で見て体感したもの

「僕自身も含め、みなさん昔に比べればスマホなどを通して圧倒的に多くの情報を手にしています。ところが情報に対して、体験がともなっていないことも多い。要は、あたまでっかちの状態ですよね。そんな中で、実際にそこに足を運んで『体験』してみると、全く違うものが得られることに気付きます。そうした体験自体は30年前と変わるわけではありませんが、脳みその中の情報量がものすごく増えているので、生活に余白を設けたり、五感を通して体感するよりみちの価値が、相対的に大きく増しているのではないでしょうか」。

さまざまな情報をインターネットで仕入れられるようになり、多くの人がそれでわかったつもりになっている。もちろんそれでわかることも多く、間違いなく便利なのだが、それだけでは得られないものもある。

では、ネットでは得づらく、よりみちでこそ得られるものとは、いったい何だろうか。

2020年11月号の特集「東京ローカルさんぽ」
写真提供:オズマガジン

「本当の意味で信じられるのは、自分の目で見て、体感したものです。レビューサイトの点数が高いとかメディアにたくさん出ているなどの客観評価ではなく、その場所の空気感が好きとか、店主との何気ない会話がいいといった『自分が本当に心地良いと思える場所』と出会うことに、よりみちの大きな価値があるのではないでしょうか。我々はそうした出会いのきっかけやヒントを、ご提供できればと思っています。

そこで弊誌が情報を選ぶ際に大切にしているのが、『人の“顔”が見えること』や『物語があること』です。単に美味しいとか可愛いという情報は、もはやどこにでもありますし、それだけを追いかけていてもあまり幸せになれないと思います。実際、これだけ情報を効率的に取れるようになり、買い物も以前より格段にしやすくなっているのに、日々の満足度みたいなところはそれについてきていない気がします。だからこそ、この人の作ったご飯なら食べたいとか、背景にこんな物語があるから買いたいと思えるものが、人の幸福度を上げるカギになってくるのかなと」。


アウトプットがあると、ふだんとは違う脳が働く

そうした同誌の姿勢は、リサーチの仕方にも表れている。価値ある情報を拾うために、かなりの頻度で実際に街を出歩くという。

「もちろんネットや本でもたくさん調べますが、やっぱり行ってみないとわからないことや、行ってしまった方が早いことが多いんですよね。最近はそうした『フィールドワーク』をより重視していて、特にその場に身を置いた時に自分が何を感じるか、何が響くのかといった“気分”に意識を向けるようにしています」。

さらに同誌では、よりみちにつながる情報を誌面で紹介するだけでなく、よりみちをより豊かにふくらませる提案も行っている。それが「よりみちノート」だ。手帳サイズのノートには都内30駅のMAPと1駅につき4つのおすすめスポットが掲載され、その隣りのページには実際によりみちをして発見したことや過ごした時間について自由に書き込めるスペースが設けられている。

トラベラーズカンパニーとのコラボで生まれた「よりみちノート」。写真は「よりみちノート01 東京」で、その他にも〈02 鎌倉・湘南〉〈03 京都〉〈04 47都道府県〉などのバリエーションがある。価格は各1,200円(税込)
写真提供:オズマガジン

「よりみちの記録はSNSにも残せますが、タイムラインに流れてしまい過去を振り返りづらかったりもします。でもノートであればサッと振り返りやすいし、自分の手で書き残すので記憶にも定着しやすい。また自分の字だからこその日々の変化も感じられます。

加えて、いざノートを持って出かけると、『何を書こうかな』といつもは見なかったものを見るようになります。たとえばふだんは通り過ぎるお店の店頭メニューを見てみたり、こんな所にひまわりが咲いているといったことです。きっと、通常とは少し違う脳が働くのでしょうね。そういう意味でよりみちノートは、よりみちをさらに一歩進めた形だと捉えています」。


雑誌とは、日常の中にちょっと特別な時間をもたらす存在

「今後はこの『書き残す』というのを雑誌のテーマのひとつに加えようと考えていて、よりみちノートのアップデートや新連載も企画しています。『よりみちしていい1日を過ごしましょう。そして、いい1日を書き残しましょう』ということですね。そしてノートに何を書こうとなった時に、それならオズマガジンに載っている情報を見て出かけよう、というサイクルを作れたらいいなと」。

左)観光名所とはひと味違う“地域で愛される場所”を、地元の人に紹介してもらう連載ページ「暮らし観光郵便局」
右)定期購読者を対象としたトークイベント「オズマガジンの夜」(現在新型コロナウイルスの影響で対面でのイベントは休止中)
写真提供:オズマガジン

近年、雑誌の市場規模は縮小し続けている。加えて2020年にはコロナ禍が起こり、あらためてメディアの役割や存在意義が問われた。そんな中、井上さんは雑誌の役割について、どう考えているのだろう。

「雑誌を買う人が減る中で、雑誌は単に情報を取るというよりは、たとえば寝る前にパラパラめくる瞬間がいいリラックスタイムになるとか、月刊誌が毎月ポストに届くことが生活サイクルの一部になるような、ある種の嗜好品に近い存在になってきているのかなと。弊誌も、それこそ1杯の美味しいコーヒーと同じように、決してなくては生きられないわけではないけれど日常にちょっと特別な時間を作る、あるいはそのきっかけやお供としてパートナーのような存在になれたらいいなと思います」。

余白やムダがどんどん削ぎ落とされていく時代に、雑誌自体がよりみち的な存在になりつつある。そして、よりみちでホッと一息入れることで、人は少し幸せになる。それを体感するのに、「よりみち」そのものをコンセプトに掲げるオズマガジンほど、最適な雑誌はないかもしれない。

関連サイト オズマガジン公式ウェブ「よりみちじかん」: https://www.ozmall.co.jp/ozmagazine/ 

執筆:田嶋章博、撮影:森カズシゲ

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