出版不況・書店不況が続くなか、大手書店チェーン「株式会社丸善ジュンク堂書店」(本社:中央区日本橋)が、興味深い仕掛けを展開している。たとえば書店に一晩泊まることができるツアーや、本を読む前に目次を30分眺め続ける読書会等々だ。
こうした取り組みは決して奇をてらっているわけではなく、その裏には「新しくて豊かな読書体験を提供したい」という想いがある。ジュンク堂書店創業者の2代目であり、丸善ジュンク堂書店で経営企画部部長を務める工藤淳也さんに、同書店が照らし出す本の未来について話を聞いた。
「ジュンク堂に行けば、ない本はない」
ジュンク堂書店といえば、なんといっても圧倒的な品ぞろえが特徴。専門書も多く取り揃え、図書館のような大きなフロアには、本がズラリと棚差しされている。「他店で見つからない本でも、ここであれば…」と思わせる、稀有な書店だ。
ところがそうした特色は、はじめから狙ったものではなかったと工藤さんは話す。時は工藤さんの父・恭孝さんが神戸でジュンク堂書店を始めた1976年頃にさかのぼる。
「父は神戸・三宮駅近くの300坪の大きな敷地に書店を開くことになったのですが、ある問題に直面しました。売れそうな新刊書籍の多くは、大手や老舗の書店に回ってしまい、地方の後発である父の店には満足に回ってこなかったのです。そこで目をつけたのが、専門書でした。新刊は満足に仕入れられなくても、既刊の専門書であれば大量に仕入れられるだろうと。こうして各分野のマニアックな専門書も豊富に取り揃える珍しい書店となり、次第にそれが知れ渡り全国のお客さまに来ていただくようになりました」。
ちなみに、今では書店に椅子があることはそれほど珍しくないが、そのおこりはジュンク堂書店だといわれている。
「本来、書店にとって立ち読みはあまり喜ばしいことではないかもしれませんが、うちは『専門書は数分で確認できるものではないから、座ってじっくり選んで欲しい』という意図から、椅子と机が設置されました」。
150年以上にわたって日本橋を拠点に
ジュンク堂書店は、2009年に丸善書店と業務提携。2015年に両社は合併した。
丸善は明治2年(1869)に創業し、翌年には現在日本橋店がある場所に店を構え、以降150年以上にわたり、当地で商いを続けてきた。
「創業者である早矢仕有的が日本橋を選んだ理由の一つが、界隈に書店が非常に多かったことでした。当時は、今の神保町のような役割もあったのかもしれません。もちろん書店だけでなく、日本橋にはさまざまな人やモノ、情報が集まり、それは今も変わりません。したがって弊社にとって日本橋店は、今なお会社の起点となる重要な店舗なのです」。
現在同社は丸善ジュンク堂書店という社名になり、ジュンク堂と丸善の両ブランドを活かしながら全国に展開する。店舗数は92(2020年10月現在)。全店の蔵書量を合計すると、3,000万冊を超えるといわれる。
工藤さんは大学時代、父の依頼を受け、のちに丸善&ジュンク堂ネットストアとなる株式会社HONの立ち上げを行う。その後、2016年より丸善ジュンク堂書店で経営企画部部長とシステム部部長を兼務する。
そんな丸善ジュンク堂書店と工藤さんがいま精力的に取り組むのが、お客参加型のさまざまな取り組みだ。そのきっかけの大きな一つとなったのが、本物の大型書店に1泊し、店内の本を好きなだけ読めるという「丸善ジュンク堂に住んでみるツアー」だった。
本には気づいていない価値がまだまだある
「もともとは、ツイッターに『ジュンク堂に住みたい』という声がよく挙がっていて、それならということで泊まれるイベントを企画したのが始まりです。参加者を募集したところ、倍率1,000倍もの大きな反響をいただきました。そして実際にイベントをやってみてとても興味深かったのが、参加者の方たちから挙がったこんな声です。
『他の人と「どんな本が好きですか?」という話を、本棚の前で実際に本を見ながらするのがとても楽しかった』。
『書店という、本しかない静寂な空間で、一晩ずっと読書できたのが最高だった』。
本の売上げが落ち込むなか、実は本には我々が気づいていない価値がまだまだあるのではないかと感じた瞬間でした」。
以降工藤さんは、ただ本を売るのではなく、本を通した“体験”を提供する取り組みに注力していくことになる。2014年には佐賀県とコラボし、「読書の時間をギフトする」をテーマに、県の名産品と本を組み合わせたギフトセット「ほんのひととき」を展開した。
2019年には、ワークスペース「Think Lab」と共同で、集中して読書するための環境を提供するプロジェクトをスタート。根底には「読書に究極的に集中できる空間があれば、読書の価値が大きく高まるのでは」という考えがあった。
目次を30分見ると読書体験が激的に変わる
そして工藤さん自身の読書法にも大きな影響を与えたというのが、今年開催した「探究型読書」に関するイベントだ。
「いわゆる読書会でありながら、実際に本を読む時間が非常に少なく、『読書前』『読む時間』『読んだ後』の時間が、全て約30分ずつ設けられました。読書前の時間には、目次を見てひたすら『ここはどんなことが書いてあるんだろう』『なるほど、それについては自分はこんなふうに考えるな』といったことを考え続けます。そうしていざ本を読んでみると、短い時間ながら驚くほど内容が自分の中に入ってきました。読書前に丁寧に目次を咀嚼したことで、内容の吸収率が激的に上がったのです。
加えて読書後に本を振り返った際にも、以前であれば本の内容をまとめることに注力したものですが、このときは自然と『自分の考え方と比べ、どんなことが書いてあったか』や『自分はどう感じたのか』という観点で本を振り返っていました。読書というと、『著者の意図を100%汲み取ろう』『できるだけ正しく読もう』といった部分に注力しがちです。一方でこんなふうに『自分』を主体にして読む方法もあり、それにより読書体験や本の価値をグッと拡大できるというのが、大きな発見でした」。
コロナ禍をきっかけに、始まった取り組みもある。オンラインでの新刊イベントだ。これまで新刊のイベントは、書店に併設するカフェをはじめリアル空間で行っていたが、コロナ禍により多くがオンラインとなった。
「意外だったのが、事後のアンケートで『既に本は読んでいましたが、イベントに参加したことで、また本の見え方が変わりそうです』という声と同じくらい、『この本をぜひ読んでみようというきっかけをいただきました』という声があったことです。リアルでのイベントであれば、本を既に読んでいる方や著者の熱心なファンの方が多いのですが、オンラインだと参加のハードルが低いこともあり、本を読んだ人と読んでいない人の双方が参加し、それぞれに価値のある体験を提供できることがわかりました」。
「読書時間を増やすこと」が本の未来を救う
また工藤さんは、オンラインイベントについてこうも話す。
「コロナ禍によって書店に足を運ぶ人が減った反面、みなさんの可処分時間は増えています。そんななかオンラインイベントであれば全国の方にも参加していただきやすく、本をより楽しんでもらうきっかけを多くの方にご提供できます。その点に関しては、いま我々には追い風が吹いていると感じます」。
同社は今では、本にまつわるオンラインのトークショーやウェビナー、読書会などのイベントを、ほぼ毎週開催している。
そんな工藤さんは、本が売れず書店の数が減少している現状を、どのように考えているのだろう。
「ネット書店はやはり非常に便利ですし、今後人口がどんどん減っていくだけに、リアルの書店が危機であることは間違いありません。しかし一番の問題は、人々の読書時間が減ることだと思っています。読書時間が減れば、当然本はより売れなくなり、豊かな文化を支えてきた出版社もなくなってしまう。そうなると、文化の灯火が消え、ますます読書時間は減っていくでしょう。
一方で、本にあらためて可能性を感じていることも確かです。本の情報には圧倒的な深さと広さがあり、情報の信ぴょう性も一定以上担保されている。そして今回ご紹介したように、本は体験と結びつくことで、価値が無限に広がります。だからこそ我々書店は、そうした本のパワーをみなさんが体感し、読書時間を増やすきっかけとなるものを、過去のやり方にとらわれずに提供し続けていくことが重要なのかなと」。
工藤さんの頭のなかにはいま、どんな構想があるのだろう。
「たとえば本をひたすら読むだけのリアルイベントとか、本と旅行を結びつけたイベントなんかもあったら面白そうですよね。今後もいろいろ試みていきますので、興味をお持ちいただけるものがあれば、みなさんにもぜひ参加していただきたいです」。
関連サイト
丸善ジュンク堂書店 https://www.maruzenjunkudo.co.jp/
丸善ジュンク堂書店イベントページ https://startupmj.stores.jp/
執筆:田嶋章博、撮影:森カズシゲ