『先ず隗(かい)より始めよ』。株式会社LIXILで、BOP市場向けのソリューションビジネスに特化した専門家チーム「Social Sanitation Initiatives部」を束ねる後藤淳一さんが引用した諺には、開拓者たる気概と覚悟が滲んでいた——。
後藤さんたちが普及に努めるのは、同社が開発したプラスチック製の簡易式トイレシステム「SATO」。その背景には、世界の3人に1人、約23億人が安全で衛生的なトイレを利用できない現実がある。水まわり製品の分野で世界をリードするLIXILは、2020年までに「1億人の衛生環境を改善する」という目標を掲げた。その達成に向け、何を基準に何を拠り所に行動していくのか。国連が定めた「世界トイレの日」となる11月19日を前に、後藤さんに話を伺った。
世界を変えるアイデアと称されたトイレ。何がどうすごいのか?
「SATOは、下水道のインフラ整備なく設置できるトイレとして、途上国の農村部を中心に、2013年からこれまでに15カ国以上で180万台を販売してきました。この事業のキーポイントは、『現地生産』にあります。現地の工場を使うことで、雇用を生むだけでなく、1台の価格を抑えることができる。BOP層にも手が届く商品、それがSATOなんです」。
BOPとは、Base of the PyramidあるいはBottom of the Pyramidの頭文字で、世界に40億人いるとされる年間所得3,000ドル以下の生活者を指す。彼らをターゲットにしたビジネスが注目を集めて久しいが、事業が思うように軌道に乗らず、撤退する企業もあると聞く。
「最初に進出したバングラデシュで、現地最大手、南アジア全体でも上位に入るプラスチックメーカーとパートナーを組めたことは幸運でした。技術ライセンスしてロイヤルティ収入を得るやり方で、今では大きな市場シェアを有しています。この国で蓄積した開拓と継続のノウハウを活かしつつ、他の国や地域の事情に応じた戦略を立てられれば、より加速度的な成長軌道を描けるはずです」。
トイレがないから使わないのではなく、あっても使わない
しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。想像してみてほしい。交通手段の脆弱な途上国の農村部へは、道なき道に車を走らせ、いよいよとなったら、自分の足で前に進むほかない。ようやくたどり着いても、村長など地域のキーパーソンに接触できるとは限らない。無論トイレもない——。
「私たち日本人が面食らう場面は確かに多いですが、BOPビジネスの一番のハードルは、消費者の意識や行動を変えられるかどうかにあります。どういうことかというと、トイレのない家に暮らしながら、欲しいものといえばテレビやスマートフォン。トイレは、よその家で借りる、あるいは屋外で用を済ませればいいというわけです。なかには、トイレを見たこともない人もいます。教育・啓発活動を通じて、トイレの重要性を理解してもらう必要があり、官の支援や、現地の実情に詳しいユニセフ(国連児童基金)やNGO(非政府組織)などとの連携が欠かせません」。
現地が求めるニーズの優先順位は何か。本当にそれで人々の問題が解決するのか。後藤さんがこのことを改めて深く考えさせられた出来事がある。
「とある田舎に行ったときのこと。『ここのトイレは臭いがないんですよ』と案内してもらったのですが、トイレの上に蓋が被せてあるだけ。用を足そうと蓋を取れば、当然のことながら悪臭は上がってくるし、病気を媒介するハエも飛び回ります。つまり、現地の人たちが役に立っていると思っていたトイレは全然役に立ってなかったんです」。
複雑で費用がかかる試みでなくてもできることある。先ず隗より始めよ
途上国の非衛生的なトイレ事情の解決に向けた試みは、今に始まったものではない。日本の企業や団体、政府機関の多くが目を向けてきたのは、大規模なインフラである下水道。その普及には莫大な費用と時間がかかる。仮にODA(政府開発援助)や寄付金などで建設費を賄い、完成させたとしても、税収基盤が不十分な途上国では維持管理費を捻出できず、3年もすれば使いものにならなくなってしまう。
「昔から、『先ず隗より始めよ』と言いますよね。大きなことをなすには、小さなことや身近なことから始めなさいという教えです。SATOは、トイレ用の穴を掘って用を足す社会や習慣の延長線上にありながら、様々なリスクを低減してくれます。私たちは、その驚くほどシンプルで目的に適したつくりのトイレに、公衆衛生を一変させる力があると信じています」。
SATOがはめ込まれた穴が排泄物でいっぱいになったら、穴ごと埋めて、隣にまた別の穴を掘って新たにトイレをつくる。その間、数年の単位で排泄物は土へと還っていく。最先端を追い求めるのが必ずしもイノベーションではない。重要なのは、製造、運搬、販売のサイクルが回り続ける、地道で息の長い活動だ。
ユニセフと水と衛生分野でグローバルパートナーシップを締結
「LIXILは経営戦略の根幹にBOPビジネスを取り込んでいます。SATO事業では、様々な組織の協力を引き出してコストを絞り、それぞれの国や地域で開始から数年内に事業化を目指しています。この7月には、ユニセフとの間の協力関係が正式に結ばれました。ユニセフが水と衛生の分野で民間企業と連携する初のグローバルな『シェアードバリュー・パートナーシップ』です。これまでも拠点ごとの連携はありましたが、これからはグローバルな視点で対象国を定め、ユニセフが安全で衛生的なトイレの普及に力を入れるように現地政府へ働きかけ、当社は最適なSATO製品を提案する。このグローバルパートナーシップが、世界の衛生課題を解決するのに効果的な施策であることは間違いありません」。
人々の問題解決のために、逃げることなく取り組み続ける
現在、Social Sanitation Initiatives部のメンバーの数は、国内が10人、海外が30人。現地に協力者がいるとはいえ、進出国を増やしながら、すでにローンチしている国の売上をさらに伸ばしていくことが、いかに困難な状況なのかは想像に難くない。
「SATO事業、そしてこのチームの価値は、人々の問題解決に尽きます。ですから、問題を正しく定義して、逃げることなく取り組み続けなければなりません。そうすれば、正しいこともできているし、敬意を持って働けるし、実験して学んでゆける。また、LIXILグループとしてみれば、先行者利益の獲得という価値があるでしょう。例えば、インドの田舎でトイレを売っているメーカーは、世界を見渡しても私たち以外にいません。今のうちに、現地の超小売網に入り込み、ブランドの認知度を高めておけば、いざ所得が上がって便座付きトイレなどのニーズが生まれたとき、一気に製品を投入できます。10年後、20年後には、シャワートイレを買い求める客も珍しくないかもしれませんね(笑)」。
SATO1台あたりの利用者数が平均5人と想定し、2,000万台を販売すれば1億人の衛生環境が改善される計算。相当難易度の高い目標に思えるが、一年の半分近くを途上国で過ごす後藤さんは、社会への貢献と密接に関係するSATOの広がりに、確かな手応えを感じている。最後にSATOの新規利用者の声(ウガンダ)を紹介する。「これからの生活が良くなるということがわかって、今日はとても嬉しい。食べ物にハエがたかることもなくなるでしょうし、私の子どもたちも私も、今より健康でいられるでしょう」。
関連リンク
株式会社LIXIL https://www.lixil.co.jp
LIXIL「みんなにトイレをプロジェクト」 https://www.lixil.co.jp/minnanitoirewopj/
本プロジェクトは、LIXILの一体型シャワートイレ1台が購入されるたびにSATO1台を途上国に寄付する活動。世界の衛生課題の認識が低い日本において、認知を向上させるためのプロジェクトで、2年目となる2018年は4月から9月まで実施された。
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