東京駅に直結した立地にある、大丸東京店。コロナ禍前には1日に10万人以上の来客を数えることもあった百貨店で、近年、現代アートの催事が活発に行われている。
2021年夏に始まり、今年2~3月に第2弾が開催された「ART ART TOKYO」はその代表的なイベント。変わらない人気を誇る近代の西洋美術や日本の絵画も扱うが、かつてはそれほど一般的な趣味ではなかった「現代アート」のスター作家や新進作家の作品がメインとも言える構成になっていることが特徴的だ。
「百貨店で見るアート」のイメージを更新するような、この変化の背景にはいったい何があるのか? 同店で美術・宝飾・特選ブティックを担当する山崎亮さんにお話を伺った。
コロナ禍と、買い手の変化
ーー大丸東京店では2021年7月に店舗として初となる大型現代アートイベント「ART ART TOKYO」を開催されました。背景には何があったのでしょうか?
ひとつ大きかったのは、やはりコロナ禍です。当店はコロナ前、週末には1日約10万人の来客数がありましたが、移動の自粛後は3~4万人まで落ち込んでいました。来客数が売りだった店としてこれは厳しく、催事場で何かをやろうという空気がありました。そうした流れで現代アートを一度やってみようとなり、2020年7月の2週間、アンディ・ウォーホルや草間彌生さんの作品を展示販売する「ART-FULL Summer」フェアを開催しました。
そこで驚いたのはお客様の層です。美術作品の催事というと、それまでは戸建の家を持つご年配の方が日本画や洋画の巨匠の作品を買う、という感じでした。しかし、そのフェアの客層はまるで異なり、半袖、ハーフパンツにスニーカーを履いているような方たちが多くいた。お話を聞くと金融や不動産関係の方たちでしたが、その方たちが本当に300万円以上もする作品を購入していく。アートの買い手への印象が変わった体験でした。
この時期はちょうどコロナの第2波に当たっていて、店自体の来客はとても少なかったのですが、そうしたなかでもフェアは見に来てくれる方たちが多かった。また、客単価が大きいこともあり、これはやはりコンテンツとしてすごいのだ、と。会期中には次はより大きくやろうという話を本部にしていました。それが翌年のイベントにつながりました。
ーー新しい層が現代アートを購入する背景は、どのように見ていますか?
批判があるのも承知で言えば、なかには投資目的の方がいるのも事実だと思います。実際に僕も何組か接客をしていますが、アートと、高価なスニーカーやお酒や時計を同じ文脈で購入される方たちは、この一年くらいでとくに目にするようになりました。一方、もちろんコレクター的に買われる方も多くいらっしゃいます。投資目的の方とコレクション目的の方の二極化という傾向が、コロナ禍に顕著になったと見ています。
あるいはもっと等身大に、おうち時間が増えるなか、家で楽しめるものとしてアートを求めている方もいます。以前は外出ばかりだったのがテレワークになったとき、あまり気にしたこともなかったけれどオンライン会議で映る壁が味気ない、と。じゃあ絵でも飾ろうとなったとき、誰もが知る昔の巨匠の作品でいいかというと、そうでもないですよね。
ーー買い手のセンスも試されるわけですね。
それと、このフェアはちょうど世間的にバンクシーが注目された時期に開催されました。そのタイミングだったことも、新しい層の登場の背景にはあったと思います。
ーーそうした流れもあり、大丸東京店では2020年、美術品のラインナップで現代アートが占める売上構成比が前年の15%から35%に拡大したとお聞きしました。
マーケットの広がりもあり、確実に増えています。一方、そうした広がりのなかで、弊社では作品の真贋や価格をチェックする機能を強化しました。オークション価格を見て、出店先とも相談しながら適正な価格を決めていて、裏が取れない作品は扱わない規制を導入しました。そうしたかたちで、マーケットの拡大のなかでも適切な環境を作ることを心がけています。
「価値」や「生き方」を考える入口としてのアート
ーー2021年の「ART ART TOKYO」の手応えはいかがでしたか?
僕の立場だから言うわけではないですが(笑)、大成功でした。個人的に大きいのは、店の新しい武器を持てたことです。僕は入社以来20年近く東京店勤務ですが、やはりコロナの状況は衝撃でした。こんなに人が来ないなんて誰も想定していなかったので、アートで光明が見えたというか。それまで見えていなかった新しいお客様とも出会えました。
もうひとつ、新人アーティストのグループ展を数々の巨匠の作品展示と並行して行えたことも良かった。もともと当社では、2018年より「いい芽ふくら芽」という新人の公募展を開催してきました。こうした展示は、百貨店的な観点から言えば、当然あまり売上はないわけで、社内的にはなかなか理解されにくい。そのなかで2021年のイベントでは、「東京」をテーマに若い作家さんたちに展示をしていただきました。
面白かったのは、その方たちの作品を売り場の什器などにカッティングで落とし込み、館全体がアートの空気に包まれるという企画です。有名作家が目当てで来た方が、たまたまそうした新人の作品を目にしてその存在を知る。これは、間口を広げるという意味でも大成功でした。実際、この新人展だけでも3週間の会期で約300万の売上がありました。
ーーそれは作り手にとっても励みになりますね。
喜んでいただけたと思います。慣習的に百貨店で展示をするというのは、アーティストの登竜門的な側面もありますしね。他方、やはりそうした若い方たちはSNSでの発信力も凄いですから、我々としてもありがたいんです。
もちろん商売ですから、売上は必要ですけど、違う意義も見出したい。百貨店を作家支援のプラットフォームのように捉える視点はもっと必要かなと。そればかりだと予算の面では厳しいですが、だったらバンクシーなどの人気作家で稼いで、その分、企画として新人を盛り上げようとか、バイヤーでもないのに(笑)、勝手に考えています。
ーー大丸松坂屋では、2022年より「ARToVILLA」というアート関連のメディアを運営されていますね。今回の「ART ART TOKYO」では、このメディアのブースで「アートを買うこと」自体をテーマに展示をしていた。いま話された作家支援やこのアートの所有を巡る展示など、ただの売買を超えたアートの側面を百貨店が打ち出すのは面白いですね。
「ARToVILLA」の展示は、アートを購入することについての視野を広げたいというそのメディアチームの熱意から生まれました。僕は外から見ているのですが、あのチームはすごいですよ。もともとARToVILLA自体も、ある一人の社員の個人の思いから立ち上がったものなんです。僕なんかやっぱり、どうしても商売の観点で考えてしまうのですが、お金ではない「価値」とは何かを問うようなメディアになっている。
正直、当店は東京駅直結で立地がとても良いこともあり、利便性や品揃えの豊富さにこだわってきた部分があると思うんです。それに対して、アートというのは社会の動きなどにも連動してその価値がどんどん変わるもの。その意味で、アートが価値というものを考えるひとつのツールにもなるというのは面白いと感じています。
2020年の「ART ART TOKYO」で、長坂真護さんという、ガーナで不法投棄された電子廃棄物を使った作品を作る作家さんの展示をしたんです。いわば「ゴミ」を使った作品なのですが、長坂さんは社会的な問題意識から強い思いで作っているから、話した人はその人間力にも惚れて買っていくんですよね。ある方は、「絵を紹介してくれる知人はいるし、高級時計は他の百貨店さんでも買えるけど、長坂真護の作品はいま大丸でしか買えない」とわざわざ足を運んでくれて。さらに、作家の姿勢を社員に学んでほしいからと、作品は自分の会社の玄関に飾ると仰っていました。アートって、そういったメッセージを与えるものでもありますよね。
幅広い年齢層のニーズに対応する
ーー今年の「ART ART TOKYO」の、第1回とは異なるポイントはどこでしょうか?
大きな意味で言うと、サイズを半分にキュッとしたところですね。じつは、第1回は少しやりすぎちゃったんですよ(笑)。2カ月の会期を2会場で回して、各回の展示の作品もほぼ毎週のように入れ替えて……、かなり大変だったんです。その意味で今回は、よりコンパクトにしてどのくらい数字が取れるかというチャレンジにした部分がありました。
ーー一方で、現代の人気作家を集めた「大現代アート展」や近代の作品を集めた「ファインアート展」、テーマで集めた「POP & CONTEMPORARY」展、田島享央己さんや裕人礫翔さんの個展など、細かく会期を分けていろんなジャンルを紹介されていますね。
もともと今回は現代アートだけでもいいかなという話はあったんです。いま、有楽町のあたりでアートに関する動きが盛んですよね。我々としては、銀座や有楽町あたりのゴリゴリにアートが好きな方たちが当店を訪れたときにどういう反応があるのかということを知りたいという思いもあって、そのエリアまで巻き込んでいくことも考えていました。
ただ、最終的にはいろんなラインナップを揃えました。やはり百貨店としてはいろんな年齢層の方に響くものを用意しないといけない。2週間は売れる現代アートをしっかりやり、1週間は従来のご年配のお客様も楽しめるファインアートをやり、最後は完全なる新企画で遊びましょうねみたいなストーリーもありました。
バイヤーと話していると、いま現代アートはガーっと注目されているけれど、その盛り上がりはありつつ、近代美術の掘り起こしもやらないといけないという話は聞きます。現代アートは価値が定まってないところが面白さでもありますが、一方で長く愛される近代美術にはやはり廃れない魅力があるわけですよね。そういうかたちで、いろんな状況や客層を意識して動いていきたいとは思っています。
ーー印象的だった反応や、嬉しかった反応はありましたか?
嬉しかったのはリピーターの方が多かったことですね。前回も来たという方が多かった。ただ、評価指数は結構難しいですね。売上はもちろんなんですが、人の流れという観点で見ることもできる。去年12月のコロナが落ち着いたときは10万人の来客数まで戻っていたんですけど、いまはまた6~7万人。でも、展示には結構人がいた。しかも若い方です。そういう意味ではブランディングという点ではある程度成功している。そういう定着化が起きているのは大きいなと思います。
間口の広さ、敷居の低さこそ百貨店の良さ
ーー美術に触れる場としての百貨店というのは、じつは日本では古い歴史がありますね。
個人的な感覚ですが、僕らの世代くらいだと百貨店に絵を見にいくというと、「買わされるんじゃないか」といったイメージがあったと思うんです。でも、若い世代の方になればなるほど、よりカジュアルに百貨店を訪れて、アートとも付き合っている。そうした変化はすごく感じていて、要は楽しみ方が変わったということですよね。
館全体、売り場じゃないところにもアートが広がっていて、大丸に行くとなんか面白いなと思ってくださる方や、大丸で見たことである作家さんのファンになったという方もいるかもしれない。買わなくてもちょっとアートを見にくるみたいな、その結果として楽しかったから買おうというような、そういう体験が広がる場であってほしいなと思います。
いま、アートに触れる場所は美術館やギャラリーなどいろいろありますけど、我々としては「共生」することを大事にしたいんです。要はうちが良ければいいんじゃなくて、市場全体の活性化をしていきたい。そうしたなかで、百貨店の良さは間口の広さ、敷居の低さではないかなと思います。先ほど話したような、「什器にカッティングシートを貼って、アートの通路があります」なんて企画、百貨店にしかできないことだと思うので。
ーー美術館は静かに見ないといけない場所ですし、専門的なギャラリーなどはやはり入るのを躊躇する人もいる。その意味では百貨店はより日常寄りかもしれませんね。
僕は、ギャラリーに入るのが少し怖いですから(笑)。何気なく入れる空間作りは、今回意識したポイントですね。エスカレーターを上がってきたら何かやっている、入ってみようというような気軽さで入れる空間にしています。
ーー他方で、アート作品の販売には、作品の「所有」をめぐる倫理というものも関わるように思います。大量生産品と違い、一点物か限定品が多いアート作品は、散逸してしまうと歴史に残りにくくなってしまう。その意味で、作品の所有とは、歴史に関わる行為でもあるわけですが、このあたりについてはどのように捉えてらっしゃいますか?
率直なところを言えば、百貨店というのは、作品の来歴の管理という意味ではコマーシャルギャラリーなどのようなレベルにはないのが現実だと思います。もちろん販売したものに問題があれば対応はしますが、どうしても「売ったらおしまい」になりがちなのは事実ですよね。じゃあ百貨店ができる作家支援の強みは何かというと、やはりお客様の層の広さであったり、ほかの商品を買いに来られた方と作家のマッチングだったりなのかなと。
さきほどの長坂さんの話もそうですが、アート作品を挟んだファンと作家の関係は友達のようだし、コミュニティ的になる。そこが面白いところですよね。人と人の出会いの場を創っている部分もある。定期的に個展をやられている作家さんには、定期的に会いにくるお客様がいる。そうしたお客様や作家さんが、また別の趣味の方たちとつながっていく。そうした関係性が生まれる場として、百貨店が利用されていけばいいと思っています。そうした複合性がなければ、そもそも「百貨」店ではなくなってしまいますから。
エリアにも広がる展開で、楽しみのきっかけを作りたい
ーー複合性というのは、たしかに百貨店のアイデンティティに直結する視点ですね。
実空間の店舗というものは、そうした出会いのための場だと思うんですね。それでいうと、大丸東京店は東京駅のターミナルにある唯一の百貨店ですが、もっと地域の広がりを意識したいと思っています。それこそアートや文化のような誰もが興味を持ちやすいものを通して、もう少しエリアを盛り上げていくということは、もっとあってもいいなと思っています。
ーーさきほどの有楽町もそうですが、最近では京橋や日本橋でも現代アートに関する動きが活発化しているように見えます。
そうした取り組みはたくさんあるんですよね。だけど、それがいまは点的になってしまっている。それを面にするにはどうしたらいいのかなと。この東京駅周辺のエリアはいろんなギャラリーも多くて、土壌としてとても良いんじゃないかと思うんです。僕らとしても、この館を目がけてやってくるというより、エリアを楽しむ人が最終的にこの店でも美術を楽しんだり、買ったりしていく、そういう流れができたらいいですね。
最後に、「小売だから」という立場をいったん横に置くとすれば、単純に楽しむ入り口を増やしたいということなんです。うちはきっかけでも、「ついで」でも良くて。例えば、近くのギャラリーさんで展覧会や個展をやられていて、その情報を当店のアートが好きなお客様に紹介したり、反対にギャラリーさんから「大丸もこういうことやっているよ」と紹介いただいて何かがつながったり。そういうことやったら、単純に楽しいじゃないですか。
ーー生活を彩る、いろんな楽しみの種をお店として扱われているんだなと感じました。
個人的に、コロナ禍で人が来ない状況はつまらなかったんです。我々はやはり人が来ないとやりようがないんですよ。そうしたなかで、こうした挑戦的な試みにトライさせてもらって本当にワクワクしてきた。そして、社内にも僕が「助けて!」(笑)とお願いすると楽しんでくれる仲間がいるんです。だったら、もっと楽しまないと面白くない。これからも百貨店という立場からできる面白い仕掛けを、いろいろと考えていきたいと思います。
関連サイト
大丸東京店: https://www.daimaru.co.jp/tokyo/
ART ART TOKYO|大丸東京店: https://www.daimaru.co.jp/tokyo/artarttokyo/
ARToVILLA: https://artovilla.jp/
執筆:杉原環樹、撮影:森カズシゲ(*本ページ最下部画像除く)