不可能とまで言われたミシンの国産化に成功し、世界にその名を知られるメーカーとなったブラザーグループ。現在ではミシンで培った技術を基に、プリンターや工作機械など、多様な製品を産み出すグローバル企業となっている。そんなブラザーが新たに注力しているのが、OGB(オーダーグッズビジネス)の分野だ。布に直接印刷できる「ガーメントプリンター」など、小ロットのオリジナルグッズを作るOGB向け機器の製造販売を手掛ける理由には、単にビジネス的な観点だけではなく、ブラザーのサステナビリティへの意識が大きくかかわっているという。創業以来変わらず貫かれている、ブラザーのユニークでオリジナリティにあふれるモノづくりの姿勢を紹介しよう。
ミシンから通信カラオケまで。常にユニークで先進的なブラザーのモノづくり
ブラザー販売が運営する東京ショールームは、「京橋大根河岸青物市場跡」や「江戸歌舞伎発祥の地」の記念碑が立つ京橋の歴史とも縁深い地に位置する。ブラザーグループの歴史は、1908(明治41)年、名古屋で始まった。
「『安井ミシン商会』というミシンの修理業が、ブラザーグループの原点です。当時、ミシンはとても高価な輸入品であり、複雑な部品で構成される精密機械だったことから、国産化は不可能と言われていたそうです。しかし創業者兄弟は、ミシンの修理で得たスキルを活かし、1932(昭和7)年に家庭用ミシンの国産化を成功させました。そこには、働きたいという意思と能力がある者には、何か仕事を与えるようにしなくてはならない。そのためには、まず日本の工業を発展させなければいけないという、社会貢献の想いがあったのです」(ブラザー販売株式会社 マーケティング推進部 広報グループ 若山勝さん)。
一、働きたい人に仕事をつくる
一、愉快な工場をつくる
一、輸入産業を輸出産業にする
ブラザー工業の前身となる「日本ミシン製造株式会社」(1934年設立)の設立趣意書に記された「創業の精神」からも、ブラザーの゛At your side.”の精神がよく伝わる。1947(昭和22)年には、家庭用ミシンの輸出を開始。「輸入産業を輸出産業にする」という念願を果たし、ミシンメーカーとして世界にその名を知られる存在となる。そして、ここからブラザーならではのユニークなモノづくりが、大きく飛躍していくこととなる。
「ミシンの国産化に象徴されるように、『必要なものは自分でつくる』、『お客様からの要望にはしっかり応える』という企業文化がブラザーにはあります。その一例が、1960年代から始まる欧文ポータブルタイプライターの製造販売です。アメリカの販売拠点から要望があったことをきっかけに、ミシンの部品を応用してタイプライターを作ってしまったんです。それが実現できたのは、『必要なものは自分でつくる』の精神で、ミシンの部品を自社内で製造していたから。ちなみに、そのための工作機械も自社で開発しており、後にブラザーの主力製品のひとつになります」(若山さん)。
ブラザーが製造したタイプライターは、ミシンに続く世界的なヒット商品に。ここで培った技術やノウハウは、ファックスやワープロ、そしてプリンターに受け継がれていくことになる。現在、ブラザーの売上収益の6割を占める、プリンターや複合機も、いわばミシンから生まれたものといえるのだ。
「そのほか、かつては洗濯機やオーブンレンジといった家電類の製造販売を手掛けていた時代もあります。ごくわずかな期間ではありましたが、オートバイを製造販売していたこともあるんですよ。こうした多種多様なチャレンジもまた、お客様からの要望に応えた結果でした」(若山さん)。
多種多様なチャレンジの中でも特にユニークかつ、意外と知られていないのが業務用通信カラオケシステムの開発だろう。
「電話回線を使って配信したパソコン用ソフトを販売する『TAKERU』という情報端末が、1980年代に登場するのですが、実はこれもブラザーが開発したものです。そして、TAKERUで培った技術を基に開発されたのが、1992年に誕生した業務用通信カラオケシステム『JOYSOUND』なんです」(若山さん)。
JOYSOUNDの一部直営店で、ミシンの貸し出しサービスが始まり好評を得ているというニュースが、最近話題となったことをおぼえている人もいるだろう。カラオケ店とミシンの組み合わせに意外さを感じたかもしれないが、実はこれはブラザーグループ内でのコラボレーション企画だったというわけだ。
「ご承知のように、コロナ禍によりカラオケの利用者が減少している中、カラオケルームをカラオケ以外の用途にも使えるパーソナルスペースや、コミュニケーションスペースとして活用する動きが盛んになっています。今回のミシン貸し出しサービスも、そのひとつです。高価な家庭用刺しゅうミシンを手軽に利用できることから、お母さんがたやクリエイターの方々にご好評いただいております。今後は、ミシン以外にもモノづくりに役立つ機器の貸し出しも予定しています」(若山さん)。
アパレル業界が抱える社会的課題の解決にもつながるオーダーグッズビジネスへの貢献
このように、ミシンを原点に様々な事業が拡がり、さらにそれぞれが繋がりを持つことが、ブラザーのユニークさ。その最前線となるのが、現在ブラザーが注力するOGBの分野である。京橋にあるブラザーの東京ショールームも、2019年のリニューアル後は、ワンフロアーをまるごとOGB向け機器の紹介に充てていることからも、力の入れようが伺える。
「小ロットまたは1点物のオーダーグッズを制作する生産財の製造販売を始めたのは、比較的最近のことです。現在の主力製品は、衣類に印刷するガーメントプリンターのほか、刺しゅうミシン、オリジナルのハンコが作れるスタンプクリエーターなどで、これらは、基本的にプロユースの製品となります」(ブラザー販売株式会社 ホームファッション機器事業部 オーダーグッズビジネス営業部 東日本営業G マネージャー 小林英昭さん)。
ブラザーの礎であるミシンと、OA機器の分野で培った印刷やスキャニングの技術が融合した、いわばブラザーの歴史が結晶した製品群ともいえるOGB向け機器。この分野に参入した直接のきっかけは、国内外におけるOGB市場の盛り上がりにあったという。
「インターネットを使ったオンデマンド印刷サービスの普及により、自分でデザインしたオリジナルTシャツを作るといったカスタムメイドの需要が世界的に高まっています。そこで必要とされるのが、小ロットの印刷や加工ができるOGB向けの機器というわけなんです。ミシンやプリンターの開発で培った技術を持つブラザーにとっては、まさに参入しがいのある分野といえるでしょう」(小林さん)。
とはいえ、グループ全体の売り上げ構成比でみれば、主力となるプリンター関連事業が約60%であるのに対し、OGB向け機器を含むマシナリー事業の売り上げは、15.7%(2021年度)。これからの発展が期待できる分野とはいえ、東京ショールームの半分を占めるほどブラザーが力を入れているのは、一見不自然にも思える。しかし尋ねてみれば、ブラザーがOGB向け機器に力を入れている理由は、単にビジネス的な観点だけではないのだという。
「もちろん、ビジネスとしてお客様の需要に対し、自社の技術シーズで応えることが参入のきっかけです。しかしそれ以上に、ブラザーがOGBに力を入れている理由として挙げられるのが、サステナビリティに対する意識なんです。実は現在、アパレルの廃棄が大きな社会問題になっていることをご存知でしょうか。一説によれば、地球上で排出されているCO2の1割近くが、アパレル産業によるものなんです」(若山さん)。
「そんな状況において、企業として我々に何ができるだろうと考えたときに、たどり着いた答えのひとつがOGBでした。大量生産、大量消費ではなく、多様化する消費者のニーズに応じて、必要な衣類を必要な分だけ作ることができるOGBへの貢献は、環境問題の改善にもつながるということですね。もちろん、企業として自社の生産工程においてもCO2削減をしていますが、それだけにとどまらず、OGBへの貢献による、お客様のCO2削減のお手伝いもできると、我々は考えています」(小林さん)。
現在の売り上げだけにこだわるのではなく、より広い視野を持ち、社会のために今後発展すべき市場を創り、育てていく。ここにも、ブラザーの企業活動を通じた社会貢献の精神が強く発揮されているのだ。実は、東京ショールームについても、単なる製品紹介や商談の場としてだけではなく、社会貢献につながる用途で提供する機会が多いという。
「つい先日も、津波の被災者がミシンを生きがいや仕事につなげることを目的とした『南三陸ミシン工房』というNPO法人さんのイベント会場として、ショールームをご利用いただきました。そのほか最近では、アートイベント『東京 アート アンティーク』の会場としても使っていただき、京橋の町内会さんとのコラボレーションで、古い京橋の写真をトートバッグに印刷してプレゼントするお手伝いをさせていただきました」(若山さん)。
これからも、お客様とともに。ブラザーが描くモノづくりの未来
「At your side.」。これは、現在ブラザーが掲げるコーポレートメッセージだ。いつでも「あなたの側に」立ち、モノづくりを通じた価値提供と社会貢献を行う。この精神は1908年の創業以来、今も変わらず貫かれている。
「1908年の創業以来、ブラザーはモノづくりにこだわり続けてきました。ITが進化し、どれだけ時代が変わっても、私たちの暮らしのフィジカルな部分がなくなることはありません。これからのモノづくりは、環境への配慮など社会貢献への意識が、より強く求められることになるでしょう。」(若山さん)。
冒頭でも触れたように、京橋の歴史とも縁深い地に東京支社を構えるブラザー。それだけに、この地で働く若山さんと小林さんは、京橋エリアに対する思いも深いという。
「東京支社ができたのが昭和36年ですから、この地とは半世紀以上のお付き合いがあることになります。京橋は、銀座とも日本橋とも、一味違う魅力を持っている街ですよね。たとえば、これだけ多くの古美術が集まる街って、世界的にも珍しいのではないでしょうか」(若山さん)。
「ちょっと小路に入れば、昔ながらの老舗が発見できたりとか、歩くだけでも楽しい街ですよね。町内会の活動も盛んで、この街で暮らす方々の人情に触れる機会もありますし」(小林さん)。
名古屋で創業し、京橋の地とも半世紀以上の縁を持つブラザー。「お客様に寄り添うモノづくり」を通じたブラザーの社会貢献は、これからも続く。
執筆:石井敏郎、撮影:島村緑