執筆:やつづかえり 編集:松尾奈々絵(ノオト) 撮影:小野奈那子
東京メトロ銀座線京橋駅に直結する東京スクエアガーデン内に、「シティラボ東京」がオープンして1年になる。
100名規模のセミナーやワークショップが開催できる会議室、少人数での交流に適したサロン、コワーキングスペースを有する同所の特徴は、「サステナビリティ」というテーマに特化した空間であることだ。2018年のオープン以来、SDGsなどに関するイベントが数多く開催され、1年間で延べ10,000人超が来場した。
このような施設をつくった目的と、ここまでの手応えについて、シティラボ東京を企画した東京建物株式会社の冨谷正明さん(シティラボ東京 プロジェクト・マネージャー)、運営を担当する一般社団法人アーバニストの平井一歩さん(シティラボ東京 コミュニティ・ディレクター)、矢野拓洋さん(シティラボ東京 コミュニケーター)に伺った。
●環境への取り組みが「企業の責務」になる時代へ
シティラボ東京は2018年8月にプレオープン、12月に正式オープンした。東京スクエアガーデンの6階には、それ以前から自然エネルギーの活用技術や環境配慮型の新商品などの展示を行うショールームがあり、その一部をリニューアルした形だ。
このビルは「都市再生特別地区」【※1】の制度を活用して建設され、環境関連のショールームは、都市再生特別地区に求められる都市再生への貢献のひとつとして運用されていた。竣工から5年たち、情報を発信するだけでなく、人の交流が生まれる場にしようという意図でつくられたのが、シティラボ東京だ。
シティラボ東京は「持続可能な都市・社会づくりを行うための Open Innovation Platform」を謳い、特に「都市」にフォーカスしている。その背景について、冨谷さんはこう語る。
「環境問題というのは、以前はなかなかビジネスにつながりにくいものでした。しかし最近では、気候変動が世界共通の課題となり、環境への取り組みは企業の責務と考えられるようになってきています。一方で世界の現状を見てみると、日本とは逆に人口の爆発的な増加と都市化が進んでいます。都市への人口集中は公害などの環境問題も生み出しますから、都市の環境対策は重要な課題です。都市のサステナビリティを考えることが、持続可能な社会をつくることにもつながると考え、『持続可能な都市・社会づくり』というコンセプトを掲げてシティラボ東京を立ち上げました」。
【※1】都市再生特別地区……「都市再生緊急整備地域内で、都市の再生に貢献し、土地の合理的かつ健全な高度利用を図る必要がある区域」。都市再生特別措置法により、2002年に制度化
●「シティラボ東京」=「サステナビリティ」に関心を持つ人が集まる場所に
シティラボ東京では、サステナビリティをテーマに様々なイベントを企画し、情報発信に注力してきた。
「シティラボサロン」というプログラムでは、「SDGsとメディア」、「都市におけるコミュニティ」などのテーマを毎回設定し、そのテーマに関わる第一人者を招いたディスカッションを開催。企画者の平井さんは、「いろいろな分野の方に来ていただき、最新の情報を共有しています。それによって参加者の発想が柔らかくなり、『何かやってみよう』と動き出してもらうきっかけになれば」と、その狙いを語る。
矢野さんが担当するプログラム「SDGs日本モデル宣言を読み解く」では、SDGsの実現に向けて活動する人たちを招き、対話を重ねている。初回は政府や自治体の関係者、2回目はZ世代(1990年代後半から2010年の間に生まれた世代)の大学生など、こちらもゲストに多様性があり、サステナビリティというテーマの裾野の広さが感じられる。
一方で、企業が環境問題にコミットする潮流は、日本ではまだ始まったばかり。SDGsの推進担当者が、自社内ではなかなか相談できる機会や相手が見つからずに悩んでいるケースも多い。そういう人達にとって、シティラボ東京は最新の情報を得られるだけでなく、社外の仲間やアドバイザーをつくる格好の場所になっているようだ。
過去のイベントの参加者から、「環境関連のイベントをここで開きたい」と相談されることも増えてきている。コワーキングスペースも、開設当初は立地のよさを理由に利用する人が多かったが、最近はサステナビリティ関連の情報収集やネットワークを期待して会員になるケースが増えているそう。サステナビリティというテーマに特化して運営してきたことで、この場所がサステナビリティに関心を持つ人達が集まる場として認知されるようになってきた証だろう。
●サステナビリティ関連のベンチャー企業が集まるコミュニティを発足
シティラボ東京のミッションは、イベントの企画運営にとどまらない。多様なステークホルダーを集めてコミュニティをつくり、そこから生まれたプロジェクトを社会に実装するところまでを目指している。
そのため、環境、都市計画、ESG投資【※2】など、複数の分野の第一人者にメンターになってもらい、専門知識や人脈などの面で協力を得ている。まちづくりの専門家集団である一般社団法人アーバニストが運営を担うのも、彼らの経験や街との接点が、社会実装の段階にも生かされることを期待してのことだという。
今年4月には、サステナビリティ関連の社会課題解決を目指すベンチャー企業のコミュニティ、「City Lab Ventures(シティラボ ベンチャーズ)」が発足した。株式会社TBM、株式会社ウィファブリック、株式会社ユーグレナ、株式会社ボーダレス・ジャパン、株式会社DG TAKANO、自然電力株式会社の6社がシティラボ東京を使い、サステナビリティに関連したビジネスを続けていくための課題を持ち寄り、ノウハウの共有やコラボレーションをしていこうというものだ。
6社が集まって人材獲得に関する悩みやノウハウを共有するクローズドな交流会を行った後、そこでの話を元にオープンなイベントを企画するなど、コミュニティ内外で知見の共有を行いつつ、サステナビリティに関するビジネスの機運を盛り上げていこうとしている。
【※2】ESG投資……環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資
●次の行動につながる学びのコンテンツと空間づくりにさらに注力したい
シティラボ東京を1年間運営してきて気づいたことや感じたことなどを聞いたところ、冨谷さんはビジネスの場における環境問題への意識の高まりを挙げた。
「シティラボ東京の企画を始めた3年ほど前は、我々自身もSDGsというものが何なのか、それほど深くはわかっていませんでした。メンターになっていただいた吉高まりさん(三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社)に、『これからはSDGsとESGが経営課題になります』とアドバイスをいただき、『それなら、そこに取り組んでいこう』と決めたんです。そして、いざやってみるととても反響が大きかった。時代の潮流と皆さんの課題認識にすごくマッチして、ニーズにかなう場をつくることができたのではないかと感じています」。
SDGsに関するセミナーは他所でも数多く開催されているが、シティラボ東京ならではの良さは「大きすぎない空間であることだ」と冨谷さん。大きなホールでは、参加者は話を聴くだけで交流は起こりにくい。シティラボ東京の場合、講師と参加者の距離が近い。
また、会場の設備はすべて可動式なので、参加者同士が向かい合って話し合うようなこともしやすい。会の終了後には同じ場所で懇親会を行い、講師も参加者も入り混じって交流ができるようにしている。そのような場をデザインすることによって、セミナーの場で「お勉強」して終わりにせず、そこで語られたことを自分に置き換え、「私はどうするのか」、「自社は何ができるだろう」といったことを考える機会をつくる、という意図をもってやってきた。それがある程度成功してきている、というのが冨谷さんの見立てだ。
「今後のイベントは参加者が数回かけて学んでいくようなシリーズものを増やし、議論のレベルを上げていきたい。そこからプロジェクトが生まれ、社会実装へとつながるようになれば」と平井さん。
そうなると、プロジェクト内のブレストやディスカッションをする小さな会議室も必要となってくるだろう。そこで、シティラボ東京だけでなく、他の施設とも連携していくことを考えているそうだ。例えば京橋には、今年2月にシェアキッチン「SUIBA」、8月に植物工場とシェフの共創スペースが備わる食のイノベーティブコミュニティ施設「TOKYO FOOD LAB」がオープンした。食のサステナビリティをテーマとしたセミナーをシティラボ東京で開催したあと、それらの施設に移動して懇親会をしたり、個別の打ち合わせをしたり、といった利用方法もできそうだ。
京橋からどのような「サステナブルな都市」のあり方が提案され、どのように波及していくのか、今後の展開が楽しみだ。
コーナー監修・岸本章弘さんコラム[イノベーションの発火点をつくる コミュニティワークプレイスの可能性]
関連サイト
シティラボ東京: https://citylabtokyo.jp/
<執筆者プロフィール>
やつづかえり
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年に組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』開始。『くらしと仕事』編集長(2016~2018.3)。Yahoo!ニュース(個人)オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、ICT、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中