昨今、普段の食卓に古陶磁(古い陶磁器)を上手に取り入れたいという人が増えています。飾ったり、コレクションしたりすることも古陶磁の楽しみ方の一つですが、日本橋にある前坂晴天堂では、地元アートイベントで大人気の「普段使いの古伊万里展」など、“使い手”の視点に立った企画で古伊万里の魅力を伝えてきました。そんな前坂晴天堂の店主・前坂規之さんと、前坂さんの協力者であり応援者である空間コーディネーターの佐藤由美子さんに、企画の背景にある想いを伺いました。
古美術を買うことは「人を買う」こと
──まずは前坂さんが、古美術商になられた経緯を教えてください。
前坂 もともと父が大阪で古伊万里を扱う古美術店をやっていまして、物心つく頃には古いものが身のまわりにあり、自然とこの道に入りました。東京の京橋にあるお店で10年間、修業して独立したのが2007年です。修業時代は品物の知識や真贋(しんがん)の見極め方はもちろん、掃除の仕方からお客様へのお茶の出し方といった礼儀作法まで、店主として一人前になるために必要なことをすべて教えていただきました。
──古美術商とは、どのようなお仕事なのでしょうか。
前坂 まずは仕入れですが、ルートは大きく分けて3種類あります。一つ目に、お客様がお持ちのものを買わせていただく。二つ目に、同業者のお店で気に入ったものを買わせていただく。そして三つ目が一番多いのですが、「交換会」と呼ばれる業者だけが出入りするオークションの仕入れです。
交換会は、リサイクル品から何千万円の美術品まで大小さまざまな会が、東京だとほぼ毎日開かれています。焼き物中心の会、掛け軸や絵画など、会によって特色があるので、自分向きの会が開かれるとなったら地方にも行きます。1ヶ月の約3分の1は仕入れにまわっていますね。品物を仕入れたら、それに値付けし、接客して販売し、お客様のところに届ける。仕入れから納品まで全部自分でやります。
──販売は、お店が中心ですか。
前坂 今はネット販売が増えていますが、私どものところは対面販売のみです。やはり実際に手に取っていただかないと、器の重さや色合いまではわかりません。そして何より、品物を介して普段出会えないようなお客様と会えることが、美術商の醍醐味なんです。たとえ相手が偉い方であったとしても、品物を介してああでもない、こうでもないと対等に意見を言い合い、教えてもらえることも多い。お客様に育てていただくチャンスがあるというのは、対面販売だからこそです。
それに美術品は真贋が必ずついてまわるため、私どもの仕事は、仕入れの段階でよく吟味し、本物と偽物を間違えることなく、きちんとしたものをお客様に販売することが第一です。せっかく高いお金を出して買われても、偽物だったら二束三文になってしまいます。ですから、お客さまは、できるだけ信頼できる人から買いたい。「誰から買うか」がとても重要で、「物を買う」というより「人を買う」部分がとても大きいのです。
歴史や背景を知ると、使うのがもっと楽しくなる
──有田の磁器の魅力を教えていただけますか。
前坂 中心に扱っているのは、江戸時代の肥前有田磁器です。伊万里焼とも呼ばれる肥前有田磁器は、もとは中国の焼き物を手本として、李朝の時代の陶工たちとともにその技術が日本に渡ってきたのが始まりです。1616年に、有田の泉山で磁器の原料となる磁石が見つかってから約400年間、肥前の有田、今の佐賀県の有田町で脈々と焼き続けられてきたということは、それだけ私たちの生活のなかに根づいているということでしょう。
そして時代、時代によって、徳川家への献上を目的として作られた「鍋島焼」や、ヨーロッパの王侯貴族用に作られた「柿右衛門様式」、当時の大名や豪商といった権力者やお金持ちのために作られた「古伊万里金襴手様式」など、さまざまな様式が生まれました。さらに18世紀には、飾るものから「用の美」として日常的に使うものが作られていきます。そうした歴史的な流れや表現の幅の広さも、伊万里焼の興味深いところです。
──そういえば、お店の商品すべてに時代と値段を書いた札があることに驚きました。
前坂 古美術店は「敷居が高い」とよく言われますが、それは札のない店が多いことも一つの要因ではないかと。そこで私は店を開く時に、きちんと品名と時代、金額を明記することにしました。そうすると、「なんでこれはこの値段なんですか」「柿右衛門と古伊万里の違いはなんですか」と、お客様が話しかけてくださるきっかけになりますから。
──佐藤さんとタッグを組まれているのも新しい試みですよね。
前坂 はい、佐藤先生とは4年前、ホテルの催事でご一緒して以来、懇意にさせていただいております。昨年は、佐藤先生をコーディネーターに迎え、渋谷区の美術館と東急百貨店本店で「青のある暮らし」という連携展示を企画しまして。太田記念美術館で浮世絵の青、戸栗美術館で焼き物の青を並べ、それに私どもが染付(白地に青の文様を施したもの)の古伊万里を販売しました。また、佐藤先生が主宰するレストランイベント「五感で感じる器セミナー」では器の提供を行っています。和洋折衷のテーブルコーディネートや料理の盛り付け方など、多くの方々が実際に器にふれて楽しんでいらっしゃる姿を見ることができ、私自身も大変勉強になります。
佐藤 前坂さんは大変深い知識をお持ちで、それを優しく真摯に説明してくださるんです。私が何も知らずに「この赤がいい」と選んでいると、「佐藤さんはこの時代の赤が好きなんですね」と、同じ赤でも時代によって違いがあり、自分の好きな赤がどういうものかを教えてくださって。大人になって「知る楽しみ」を教えてくださったのが前坂さんです。疲れて帰ってきてコーヒーを飲むにしても、器の来歴を知っていると、その1杯がさらに豊かな時間になるんです。
「聞く」ことから、自分の「好き」を発見する
──年1回、春に開かれる「東京アートアンティーク〜日本橋・京橋 美術まつり」では、「普段使いの古伊万里展」が恒例ですね。古陶磁を普段使いで楽しむためのアドバイスをお願いします。
前坂 「東京アートアンティーク」で何か一つでも気に入ったものを持ち帰っていただきたいという思いから、「普段使いの古伊万里展」を企画しました。期間中は特別に、18世紀、19世紀の古伊万里でも1客1,000円、2,000円から買えるものがありますし、ぜひ日常の生活に取り入れて、その魅力にふれていただければ。そしてできれば骨董通りを再訪いただき、店主たちと話をするなかでだんだんと「自分はこれが好きなんだな」と見えてくると、この世界は非常に面白くなります。
佐藤 ご自宅で使う時にプロコトールは必要ないですから、心に響いたものを選んで、好きに使ってみてほしいですね。洋食器と合わせてアジアンやイタリアンのお料理を盛りつけるのもいいですし、漆器、ガラス、シルバーといった異素材と組み合わせるのも古い磁器のよさがより一層引き立ちます。新しいものと古いものの重なり、異素材の重なりなど、お持ちのもののなかで自由に組み合わせられるといいと思います。
前坂 京橋や日本橋は、老舗のお菓子屋さんも多いですから、新しく迎え入れた器にぜひそうしたお菓子をのせていただくのもいいですね。
佐藤 何十年、何百年前に作られた器が、時代を経て自分のもとに来るって奇跡みたいなご縁ですよね。ですから、ぜひともお気に入りを見つけて、それを「どう使おうか」と考える楽しさをみなさんに経験してもらいたいです。
◆前坂 規之(まえさか のりゆき)
前坂晴天堂店主。東京・京橋の東洋陶磁専門の「井上オリエンタルアート」で10年間修業した後、渋谷の東急百貨店本店の店を譲り受け、2007年に「前坂晴天堂」として独立。2010年、日本橋の現在の地に店を開き、現在は大阪店を含め3店舗を運営。
◆佐藤 由美子(さとう ゆみこ)
空間コーディネーター。食空間デザインStudio Stråle代表。日本の伝統工芸を柱に、様式にとらわれず、東西のものづくりをテーブルを通して美しく表現。店舗や展覧会での空間コーディネートから、テーブルコーディネート教室の講師まで幅広く活躍。
洋食器と古伊万里の和洋折衷のコーディネートなど、ほかにはないテーブルコーディネートで人気の自身のInstagramでは、前坂晴天堂をはじめ東京アートアンティーク参加店の品物で特別に組んだ「アートのある素敵なコーディネート」も更新中。
https://www.instagram.com/frogfrog1001/
執筆:澁川祐子、撮影:鈴木智哉