1963年の設立以来、数々の芸術家や専門家を支援してきたアジアン・カルチュラル・カウンシル=ACC(日本オフィス:中央区京橋)。過去の助成受給者には草間彌生さん、横尾忠則さん、寺山修司さん、隈研吾さん、村上隆さんなど、そうそうたる名前が並びます。
ACCの活動の大きな目的となっているのが、アーティストたちの「文化交流の支援」です。はたしてそれはどんなものなのか、そしてコロナ時代の今こそ頼りたい「アートの力」について、ACC日本プログラムディレクター・吉野律さんに聞きました。
57年間で6,000件以上の助成を実行
──ACCがこれまで助成を行ってきた方々には、冒頭で挙げた以外にも中村紘子さん、武満徹さん、唐十郎さん、会田誠さん、宮島達男さん、蔡國強さんなど、文化・芸術史に残る活躍をされた方が多く名を連ねます。ACCとはどんな団体なのかを教えてください。
ACCは1963年、ジョン・D・ロックフェラー三世によって、ニューヨークに設立されました。その目的は、アジアとアメリカ、そしてアジア諸国間の文化交流活動の支援をすることです。それまでにもロックフェラー家はさまざまな社会貢献活動を行ってきましたが、より人と人が深く繋がる、顔が見えるアートや文化の国際交流を育んでいきたいという趣旨のもと、ACCは設立されました。
──ACCの日本オフィスができた経緯は?
1983年にセゾングループの堤清二さんのご尽力で、日本オフィスができました。堤さんはご自身が小説家や詩人としても活動されていて、ビジネスとアートを両輪として活動された方です。
ACCは現在、ニューヨーク本部と東京オフィス以外にも香港、マニラ、台北にオフィスを構えています。これまでACCとして世界で6,000件以上、日本だけでも600名にのぼる助成を行ってきました。運営は団体・企業・個人さまからの寄付や援助でまかなわれています。
アートを介すことで心が繋がり合う
──ACCが行う文化交流の支援とは、どんなものでしょう?
アートを通じ、人と人が繋がることを支援する活動です。いくら「この国が素晴らしいんです、仲良くやっていきましょう」と言っても、いきなりはなかなか仲良くできないものですよね。そんな中でも、一緒に音楽を演奏してみたり、好きな絵について語り合ったりすることで、一瞬で気持ちが繋がることがあります。やはり言語や文化の違う人同士が理解し合うのに、アートに勝るものはないのかなと。そうしたきっかけを作るお手伝いを私たちはしています。
また、芸術文化の発展において必要なアーティストやアートの専門家の皆様への支援も私たちの重要な活動です。ACCのフェローシップの体験を通じて、より一層、世界において活躍の場を得られるチャンスを提供し、それ以降も長く応援を続けていく活動も行っています。
アーティストや芸術人文科学分野の研究者・専門家の方からの助成申請を選定し、渡航費や調査研究費の支援のみならず、その土地で生活するための細かなサポートから、さらにはアート関係者の集まる展覧会のオープニングにお誘いしたり、こんな面白い人がいるので会ってみませんか? と人を紹介したりもしています。日本に調査に来るアーティストたちは、東京だけでなく地方に調査しにいきたいという方も少なくないので、日本オフィスではそのアドバイスやときにアテンドを手配することもあります。
──地方ではどんな調査をされますか。
やはり日本ならではの文化、特に伝統文化や、民族学的な調査が多いです。たとえば前衛舞踊として世界中に知られる暗黒舞踏(Butoh)や、大阪の乙女文楽、高知県赤岡の絵金、富山のおわら風の盆、岐阜の郡上おどりなどを対象とした調査です。
和船を調査し伝承したいという方もいらっしゃいました。和船は口伝で技術を引き継いでいるため、細かな設計方法が記録されておらず、いま技術の継承の危機にあります。そんな中、アメリカ人のボートビルダーの方が和船の技術を記述し、自らが弟子になって本を出すことを目指し、沖縄や三陸をはじめさまざまな和船をリサーチされました。
アーティスト人生を変える体験をしてもらいたい
──そうした体験により、アーティストはどんな変化や刺激を得られるのでしょう?
私たちは文化交流を通し、アーティスト自身がその方の人生を変えうるような体験をしてもらうことを願っています。たとえば建築家の隈研吾さんは、ニューヨークへの渡航により、世界の視野で日本の建築やアート、生活文化全般をみる体験をされ、現在のお仕事へつながっていったのではないでしょうか。また、現代美術家である蔡國強さんは、母国の中国から日本にやってきて、ACCの助成を受けその後ニューヨークに行かれた体験が、グローバルな活動のきっかけの1つになっていると思います。
そんなふうに違う土地に行って異文化に触れたり、自分と同じようにアートに向き合う人たちと刺激を与え合ったりすることで、アーティストとしての視野を大きく広げていただく。それが、私たちが支援する一番の目的です。
──アーティストを迎え入れるうえで、日本オフィスのある京橋という場所は、どんな利点がありますか。
古くから文化の先端としてあり続け、昔ながらのお店や文化が多く残る地域なので、外国からのアーティストに見てもらうのにはうってつけだと感じています。日本橋が近かったり、築地の場外市場が残っていたり。あとは歌舞伎座も近いので、幕見してもらったりするのもいい体験となります。アーティストを迎え入れるうえで、東京駅から近いところも非常に便利です。
──新型コロナウィルス時代の今、アートにはどんなことができると思いますか。
今、人々の行き来が制限され、一部では分断や差別も生まれています。その根本にあるのは、「わからない」ことなのかなと。相手のことがわからない。先行きがわからない。そうやってわからないことから不安や恐怖が生じ、いろいろと悪さをするんだと思うんです。
その点アートは、見えないものを想像し、理解し、人々とシェアしようとする力を宿しています。何もしなければ見えないものが、アーティストの目を通して表現されることで、見えるようになる。またアートを鑑賞する人も、見えない何かを見ようと少し立ち止まって考える。そのようなことを人々が身につけることで、「なるほど、あなたはそう思っているのね、取り越し苦労だったわ」とか「ああ、お隣の国の人はこんな立場でこんなふうに思っているんだな」と想像し、知ることができる。
そんなふうに、自分の想像の及ばないところに何か違う価値があることを認識できるのが、アートの持つ力だと思います。そうして、不安や恐怖に対して人間としてどう対処できるのか、知恵を授けてくれます。
生活の深いところにアートが根付く未来
──吉野さんご自身は、アートに何か気付かされたご経験はありますか。
日々この仕事を通じてアーティストの方と会ったり、展覧会や公演に行ったりしていると、びっくりさせられることがあります。「やだ、この人はこんなことに気づいているのか、うわーすごい!」と。新しい発見というか、本当に頭がパカッと開く感覚です。そこにこそアートの中毒性があるのかなとも思います。また、知識がないと理解できない領域もアートには必ずあって、その奥深さ、果てしなさ、も魅力です。
一つ一つのアートについてどう考えるかを通して自分とも向き合えるし、逆に自分から逸脱して誰かになりきったり、別の世界に没入したりもできる。そんなふうに、魂が閉じ込められることなく自由に行き来できるところが、アートの楽しさではないでしょうか。
──アートを通じて、この先ACCとしてどんなことをしていきたいですか。
残念ながら日本では、アートが生活に必要なものであるという考えが、広くは定着していないと感じます。アートはお金がある人の道楽とか、ちょっと変わった人がやるものみたいに思われているところが大きいなと。それを変えていくことに、ACCとして少しでも貢献できたらなと思っています。
それには、文化交流への支援を通じてアートの輪を広げ、社会に還元するというこれまでの取り組みをたゆまず続けていくことが重要だなと。今、顔と顔を合わせての交流がしにくくなっていることは切実な問題ですが、そもそも文化交流の本質は、知らなかった文化を知り、自分ごととして考えるところにあります。それをふまえれば、インターネットを通しての発信や共有など、できることは確実にあるなと。
生活の深いところにアートが根付き、社会全体でアートを支援する未来。今のシリアスな状況を、逆にそうした新しい価値観に向かう大きなきっかけにできればなと思っています。
◆吉野 律(よしの りつ)
金沢21世紀美術館学芸アシスタント、「21_21 DESIGN SIGHT」展覧会コーディネーターを経て、2009年9月よりアジアン・カルチュラル・カウンシル (ACC)スタッフに。現在、同日本オフィスディレクター。
ACC ウェブサイト https://www.asianculturalcouncil.org/ja
執筆:田嶋章博、撮影:森カズシゲ