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〈みるきくしる〉美を愉しむ/地元の古美術・画廊巡り
New way to enjoy antique

|2020.07.27

ビジネスとアートの共振が起こしたイノベーション~銀行で現代アートに触れる「アートブランチ」

良くも悪くも「堅い業種」と言われる銀行業界。その日本橋支店ともなれば、歴史ある土地柄も相まって、クラシカルなイメージを抱く人は多いだろう。SMBC信託銀行日本橋支店で、2019年秋から現代アート展「アートブランチ」が開催されたことは、銀行×現代アートという思いも寄らぬ取り合わせのギャップを、新しい価値へと昇華させる出来事だった。

当初の驚きや戸惑いは、アートに関心がなかった人をも巻き込む感動に変わり、さらなるビジネスチャンスへの期待につながっていく――。仕掛け人であるSMBC信託銀行プロダクト企画部の岩崎かおりさん、そして、アートブランチの会場となった日本橋支店副支店長の良知和恵さんに、ことの経緯と今後の展望を聞いた。


1人では通らなかった企画が仲間の縁で大きなムーブメントに

――明治創業の老舗銀行の流れを汲む御行の日本橋支店で、印象派展でもなく日本画展でもなく、あえて挑戦的な現代アート展を開催したのはなぜですか?

岩崎 第1回アートブランチで展示した、名和晃平さん、小松美羽さん、桑田卓郎さん、舘鼻則孝さんといった方々は、海外では非常に高く評価されているアーティストのみなさんです。しかし日本では、現代アートの展覧会は一部のマニアの方々のものであり、誰もがふらっと観に行けるものにはなっていません。もっと多くの方の目に触れて、気軽に楽しんでいただける環境づくりが必要だと、つねづね感じていました。

SMBC信託銀行 プロダクト企画部アート企画推進担当・岩崎かおりさん(右)と、SMBC信託銀行 日本橋支店副支店長の良知和恵さん(左)。おふたりの背後にある作品は舘鼻則孝『Embossed Painting』シリーズ (2020年3月取材時)

――話は遡りますが、アートブランチを初めて提案したときの社内の反応はいかがでしたか?

岩崎 もともと私自身がアートのコレクターであり、ギャラリーや美術界とのネットワークもあったので、「ビジネスとアートの融合」は、富裕層ビジネスを展開する当行においてシナジーがあるテーマだと考えていました。何年も前から何度となくアートイベントの企画を出していましたが、実現に至るまでには相応の時間がかかりました……(笑)。そこでまず社内にアートファンを増やそうと、2018年に有志メンバーによるアートクラブを結成し、立場や所属を超えてアートの魅力を語り合う場をつくりました。

良知 私もそのメンバーの一人です。発起人は6人でしたが、口コミでメンバーが増えて、現在は毎回40人程が参加する規模になりました。現代アートの作家さんを招いて制作秘話を語ってもらうとともに、参加者が思い思いに感想を披露するなど、アートという共通の話題で、仕事であまり接点のない人同士でも親しく語り合える場となっています。

岩崎 このクラブの中から「岩崎さん、そういう企画なら副社長に出すといいよ。とてもアートへの造詣が深い方なんだ」と情報を提供してくれるメンバーが現れて。アートに関われる機会を得られたことが、アートブランチ実現への大きな一歩になりました。

支店内各所に展示されている作品を間近で観ることができる(2020年3月取材時)

©Kohei Nawa, Takahide Komatsu
写真提供:株式会社SMBC信託銀行

――秩序だって動く銀行内で、異例とも言うべき事態が起きたのですね。

良知 当行では以前より、美術品に特化した日本で唯一の信託商品の提供や、CSR活動の一環として社内に学生の芸術作品を展示しています。あらためて、お客様に当行を選んでいただくために何が必要かを考えたとき、アートによってお客様との絆を結び、深めることが、おのずと独自のブランド力を高めることになるという判断が大きかったと思います。

岩崎 イノベーションが起きるときは当然、「それは効果があるのか?」という不安の声は起こりますし、抵抗もあります。でもそうした抵抗が大きいほど、成功したときの社会へのインパクトは大きい。そこにビジネスチャンスがあるのではないでしょうか。同業他社でも前例のない取り組みの効果を数字で予測し、社内のコンセンサスを取り付けるのは容易ではありませんでしたが、私の中では「これは絶対に成功する」という確信がありました。

――その根拠はなんですか?

岩崎 私の周囲にいる現代アートのコレクターは、若手の富裕層の方たちが多い。こうした方々に現代アートをきっかけに当行に足を運んでいただければ、ビジネスチャンスが生まれるはずです。当行のお客様との間にも、アートを介してより深いコミュニケーションの可能性が広がります。そのためにも、自由で多様な解釈が可能な現代アートが最適であると考えました。とはいえ、展示初日を迎えるまではワクワク半分、ドキドキ半分。気の休まらない日が続きましたね(笑)。

第1回アートブランチで展示された作品。左:桑田卓郎『茶碗』右:名和晃平『PixCell-Biwa#2(Mica)』(2020年3月取材時)

「次はいつ?」「何が観られるの?」 お客様の声が継続化の大きな後押しに

――実際に作品の展示会場に選ばれた、日本橋支店のみなさんの反応はいかがでしたか?

良知 お客様からの質問を想定して、アートレクチャーを実施しましたが、それ以前にセキュリティを心配する声や、アートにあまり関心が高くないメンバーもいたことは確かです。しかし蓋を開ければ、現場で早々に手応えを感じ取ったメンバー自ら、レクチャー以上のことを勉強して、積極的にお客様に説明する姿が見られました。

岩崎 会期後半には、「ぜひ継続してこのイベントを開催してほしい!」という声が現場から挙がってくるまでになりました。アートとビジネスの融合が初回から良いかたちで現れ、確信していたとはいえ本当に安心しました。

アートブランチを実現に導いた岩崎さんの成果は、世の中のアートへの潜在的なニーズを代弁しているといえるだろう

――すでに次回の開催が決定しているそうですが、作品の選択ポイントはどんなところですか?

岩崎 日本は現代アートの市場が海外と比べても極めて小さく、素晴らしい作品を生み出しているアーティストがいるにも関わらず、多くの作品が海外に流出しています。言い換えれば、日本が未来に伝えていくべき文化の流出といえるでしょう。アートブランチには、そうした作品を日本に残したい、社会の公器としてそれを推進するのだという当行のメッセージを込めています。ですから、日本を感じる技法やテーマ、日本橋にふさわしい伝統と革新をテーマに、引き続き作品選びをしていきます。特に海外では高く評価されているのに、日本ではまだあまり知られていない方をご紹介していく予定です。

良知 実際に、銀行という多くの人の身近な場所で現代アートに触れた方から、「作家の連絡先を教えてほしい」「どこで買えるのか教えてほしい」といったご要望も多数いただいています。

岩崎 日本の美術館では、すでに評価の定まっている古典美術の展覧会は頻繁に開催され盛況ですが、こと現代アートに関しては、グローバルに活躍しているアーティストの作品でさえ、まとめて観られる機会はそうないのです。そうしたなか、アートブランチが魅力的な若手の作品と出会うきっかけになれば、必ず現代アートのムーブメントが起きるはず。当行にとっても、お客様にとっても、アーティストにとっても、そして広く言えば社会的にも、意義のある取り組みになるよう、継続していきたいと思います。

――お客様との結びつきを強めるというかたちで、ビジネスとアートの融合が非常に功を奏したわけですが、それ以外にも効果はありましたか?

岩崎 アートは、それまで知らなかった相手の感性や考え方を知るきっかけになり得ます。アートを前に私たちは対等な関係を築くことができるのです。実は、アートクラブの噂を聞きつけて、SMBCグループ内の会社からも「ぜひ一緒に何かやれないか?」というお話をいただいています。将来的にはアートで横ぐしをさす施策をグループ全体に波及させていきたい。さらには他の街にも目を向けて、大好きなアートを切り口にいろいろな繋がりをつくれたら素晴らしいですね。

小松美羽『黄金の風、指差す先は数多の未来』。その圧倒的パワーを放つ作品と対峙できる贅沢な空間

アートブランチ
会  期:2020年7月20日~2020年10月16日
会  場:SMBC信託銀行 日本橋支店
住  所:東京都中央区日本橋2-1-14 日本橋加藤ビル1F・2F
電話番号:03-5203-5436
開館時間:9:00~15:00 
休 館 日:土、日、祝
料  金:無料

※アートブランチ開催にあたり、新型コロナウィルス感染対策を徹底しております。当面の間は予約制となりますのでご注意ください。
詳細はSMBC信託銀行HPをご覧ください。

WEBサイト: https://www.smbctb.co.jp/artbranch/ 

執筆:湊屋一子、撮影:森カズシゲ

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