若いギャラリー経営者がタッグを組み、古美術の街として知られる京橋から最新の現代アートを発信していくプロジェクト「TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI」が、今年よりスタートした。背景には、コレクターや鑑賞者など、美術をめぐる世代の移り変わりがあるという。
プロジェクトの発起人は、「四季彩舎」の石井信さんと「TOMOHIKO YOSHINO GALLERY」の吉野智彦さん。ともに京橋に店を構える有名画廊の二代目で、積極的な企画展やアートフェアでの発信、他業種との有機的なつながりを通して、京橋のイメージの更新と、地域の活性化を狙う。
街が築き上げてきた文化を大切にしながら、過去と現在の相互作用や融合のなかに、今後の活路を見出そうとする二人。今回のプロジェクトの経緯や展望について、話を聞いた。
美術をめぐる世代の転換期に、京橋から現代アートを発信する
──はじめに、古美術街として有名な京橋で、今年から現代アートに特化したプロジェクト 「TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI」を立ち上げられた背景を聞かせてください。
石井 近年、日本の美術市場では、購入者の世代が若くなってきています。30代~40代の実業家の方や、もっと若い方まで含め、美術作品を購入するということが以前よりも普及してきている状況があります。一方、おっしゃったように京橋は古美術で発展した街ですので、古美術好きの方というと年齢層はどうしても高くなり、若い方へのアピールに欠けていた部分がありました。
「四季彩舎」は父が始めた画廊で、以前は現代アート以外も扱っていました。僕の代からは現代アートを中心に紹介してきましたが、いま述べたような時流に合わせ、今後はよりその色を明確にして、京橋から現代アートを紹介しようと、今回のプロジェクトを立ち上げました。
吉野 僕も、以前は父の「吉野美術」という会社で現代アートを扱っていましたが、メインはセカンダリー(※二次市場。一度市場に出回った作品を扱う)でした。そこで2019年に「TOMOHIKO YOSHINO GALLERY」を立ち上げ、 自分の好きな現代アートの作家をプライマリー(※一次市場)で扱うようになりました。
そんな折、石井さんからも若手作家の展開に、より力を入れたいと聞き、意気投合しました。同じ二代目ということで、話が合う部分が多かった。だから、世代の転換期というのは、購買層のことと同時に、ギャラリスト側の話でもあります。まだ企画が始まったばかりなので、いまは僕ら二人だけですが、今後協力していただくギャラリーさんが増えていく可能性もあります。
石井 さらに、京橋を訪れる人の層も若くなっていますね。「四季彩舎」でも、父の時代のお客さんが高齢になり、若い方が増えている。いまはまさに、入れ替わりの真っ只中という感じです。ですから、さらに若い方を取り込み、地域の活性化を図りたいと考えているんです。
吉野 いまはチャンスであるというのが、僕らの共通の認識です。
「古美術街」のポテンシャルを生かした、積極的なプロジェクトの展開
──具体的にはどのようなことをされていくのでしょうか?
吉野 ひとつは、積極的に外部に向けた企画展を打ちたいと考えています。BSフジの『ブレイク前夜~次世代の芸術家たち~』という番組があり、僕らの扱う作家も出演したことがあるのですが、直近では僕のところで、その出演作家のグループ展を開きました。また、企業さんからお話もいただいているので、案件で合えば一緒にやっていこうと思っています。
石井 たとえば良品計画さんからは、今年の夏に行われる「東京ビエンナーレ」というイベントの一環として、銀座の無印良品の展示スペースで展示をやりませんか、と声をかけていただいています。いままで繋がりがなかったところにも積極的に出してきたいですね。
また、「TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI」を立ち上げたそもそものきっかけのひとつが、海外のアートフェアへの出展でした。いまはコロナ禍でなかなか難しいですが、ゆくゆくはこれもやっていきたいです。
吉野 僕は以前から地方や海外のフェアにたびたび参加してきました。国内であれば福岡や名古屋、国外では台湾やシアトルなどにもフェアがあり、今年はオランダのフェアに参加する予定でした。そうした場所で、「京橋」という街の看板を掲げながら、そこに「こんな作家がいるんだよ」、「こんなギャラリーがあるんだよ」ということを発信していきたいな、と。
日本のアートシーンは長く鎖国状態だったと思っています。それは、百貨店などを中心にした国内だけで完結してしまう売買のシステムを作ってきたからで、その弊害として、ある試算では、2019年の世界全体の美術市場のうち、日本の割合はわずか3.2%に留まっています。これを上げていく努力をしていかないと、作家がアートで食べていくことができず、先がないと思っています。
──一方で、日本から世界の美術市場に進出する取り組みは、過去に何度も行われ、あまり成功していないという印象もあります。今回のプロジェクトが、そうした過去の取り組みと異なるポイントとは、何でしょうか?
吉野 ひとつ言えるのは、過去のそうした試みは、アーティストを打ち出してきました。今回は地域活性が大きな目標でもあるので、京橋の街としての活動を軸に、アーティストを打ち出す活動を同時的に行っていきたい。そこが、大きな違いなのかなと思っています。
石井 そうですね。大きなマーケットの話もありますが、まずは京橋の活性化をしていきたいという思いが直近にあります。古美術街の京橋は現代アートも発信しているんだと、イメージを更新していきたい。その過程で、「古美術街」というこの街の特性も、ひとつのブランドとして機能するのではないかと思います。仲の良い骨董屋さんや古美術屋さんも多いので、そういうところとも協力して、一緒に盛り上げていけるといいですよね。
吉野 個人的には、現代アートと古美術を一緒に展示することもしていきたいです。うちに藍染めの技術を使った作家がいるんですけど、たとえば、茶室に骨董品と一緒にその作品を展示したりしても面白い。僕には、若い人に古美術への関心を持ってほしいという、美術商の側面もあります。そうした試みを通して、新旧の相互作用も期待できるのではないかと思います。
アーティストと一緒に成長するギャラリーを目指して
──お二人は過去の経歴もユニークです。石井さんは美術系の出版社から、吉野さんは飲食業からいまのお仕事に進まれました。ギャラリーを運営するうえで、とくにこだわりを持たれている部分はどこでしょうか?
吉野 僕が勤めていた飲食業は薄利多売の世界で、マニュアルに従い、商品を大量に売ることで儲けを出すという商売でした。そこに商品を売る楽しさはなかった。しかし、美術の世界では自分で道筋を立てないといけいない。作家が長い時間をかけて作ったものを買ってもらえるととても嬉しいですし、作家と一緒に成長できるのがこの仕事のやりがいだと思います。
そうした自分のバックボーンもあるので、有名な芸大や美大出身ではない作家を積極的に扱いたいと考えています。変な言い方ですが、“〇〇出の”一種のエリート作家は、もっとしっかりしたギャラリーさんが扱えばいいと思っていて(笑)。僕はまだ歴も浅く、有名なギャラリーのようには洗練された売り方はしてあげられない。だからこそ、僕は、そういうところからは声をかけられないけれど、才能がある作家の発表の場を作りたいんです。
──それこそ、ある種のアウトサイダーとして、作家と一緒に歩みたい、と。
吉野 そうですね。こちらのyutaokudaという作家も、もともとはタケオキクチのデザイナーなのですが、ギャラリーにずっとポートフォリオを送って断られ続けていた作家です。それでギャラリー嫌いになっていたのですが、共通の知り合いが紹介してくれ、徐々に信頼関係を築いていきました。いまでは日本の30代でトップクラスに絵の売れる作家になっています。
──石井さんはいかがでしょう?
石井 僕も出版社のときは美術の売り買いにはあまり関心がなく、ただこの作家が面白いと いう視点で美術を見ていました。でも、この仕事を始めて視点は変わりましたね。日本では作品とお金を結びつけることを嫌がる方も多いですが、それがないと、やはり業界としてサステナブルではないのではないか。最低限、作家が食べていけるだけのことはしてあげたいと思っています。
扱う作家は、僕も自分が好きであれば学歴などは問いません。ただ、生き物をモティーフにした作品は好きかもしれない。この山村龍太郎毅望という作家は、墨で、一見風景を描いているのですが、近くで見るとダンゴムシの集合体になっているんです。
吉野 まさに「TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI」向きの作家ですよね。日本の繊細なものづくりの良い部分を、現代的な表現で見せている。
石井 こちらの安岡亜蘭という作家も、アクリル絵具で描いているんですが、背景に和紙の模様を入れながら、動物を部分的にメカニカルに描いています。もう一人、いまとても人気があるのが彫刻家の瀬戸優です。彼の作品は若いお客さんも多く、吉野さんのお客さんとも重なっていますね。
吉野 若いお客さんは本当に増えていますね。最近だと、大学の卒業祝いにお父さんに作品を買ってもらうという女子大生もいました。人生で初めて買う作品で、そうした体験のお手伝いをできるのはとても嬉しい。コレクター層の広がりという意味でも重要です。
──コレクターが広がっている背景には何があるのでしょうか?
吉野 コロナでおうち時間が増えたこともあるかもしれません。家に長くいるので、好きなものを置きたい、身近な空間を豊かにしたいという人が増えているのではないでしょうか。
業種を超えた地域とのつながりを通して、「京橋」を活性化したい
──この界隈には、お二人と同世代の画廊主さんも多いのでしょうか?
石井 僕が40代、吉野さんは30代ですが、同世代も結構いますよ。そうしたメンバーとは定期的に交流会もしています。一昨年は「忘年会」という名前の展覧会をやりました(笑)。一日限定で近くのワインバーを貸し切り、僕らも含めて6ギャラリーほどで作品を展示しました。
吉野 お客さんも100人くらい来ましたね。
石井 そのワインバーは仲が良いので、定期的にうちの作家を飾ってもらっています。
──たしかにそうした作品との出会い方もあり得ますね。鑑賞を目的としたギャラリーで出会わなくても、バーやカフェでこそ魅力的に見える作品もあるかもしれない。
石井 面白いのは、そうした取り組みをしていると、仲の良い業者や作家もそのワインバーを使うようになるんです。いま、そのバーは美術関係のお客さんがすごく多くなっていますね。
吉野 僕はスポーツジムでも展示をしたことがあります。相乗効果ですよね。今回のプロジェクトでも、そうした地域全体の有機的な盛り上がりを作れたらいいなと思っています。
──京橋には昨年、ブリヂストン美術館がリニューアルしたアーティゾン美術館という注目の美術館が誕生するなど、アートの街としての認知も高まっていますよね。東京で美術施設が集積した街というと上野や六本木がありますが、日本最大のオフィス街である東京駅周辺のこの界隈こそ、むしろMoMAを有するニューヨークのように、ビジネスパーソンとアートの接点を作りやすい環境といえるかもしれません。
石井 作品を買わなくても、この街で働く方たちに、昼休みや会社帰りに覗いてもらえるだけでも嬉しいです。オフィスに作品をお貸しすることもできるかもしれない。また、パブリックアートも増やしたいですよね。最近では、そのアーティゾン美術館のお隣で、現在ビルを建て替え中の戸田建設さんからも、工事の仮囲いを使った企画に声をかけていただいています。
吉野 一方で、この街のポテンシャルを生かすためには、やはり地域の外に向かって積極的に発信をしていかないといけないな、と。「京橋」と検索すると、いまは大阪の京橋が先に出てきてしまうこともある。そこに負けないように、頑張らないといけないですよね。
石井 そうですね。そうしたなかでは、繰り返しになりますが、現代アートだけではなくて、街全体を巻き込んでいく姿勢が重要になると思います。現代アートももちろんですが、古美術店や飲食店などとも協力しながら、「京橋」という名前を押し出していきたい。
吉野 新しいものから古いものまで、この場所に来ればさまざまなことがわかるよ、という街にしていきたいですね。ほかの地域にはない歴史や文化を大切にしながら、そんな「芸術の発信地」としての街を目指して、いろいろな取り組みを展開していきたいと思います。
関連サイト
TOKYO CONTEMPORARY KYOBASHI(@kyobashicontemporary): https://www.instagram.com/kyobashicontemporary/
四季彩舎: https://www.shikisaisha.com
TOMOHIKO YOSHINO GALLERY : https://www.tomohikoyoshinogallery.com
展覧会情報
瀬戸優ペン画集 PROGRESS 刊行記念展
会場:四季彩舎
会期:2021年6月3日(木)~19日(土) 12:00-18:30 日曜休
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山村龍太郎毅望展
会場:四季彩舎
会期:2021年7月19日(月)~31日(土) 12:00-18:30 日曜、祭日休
執筆:杉原環樹、撮影:鈴木智哉