案内&文/上島寿子 撮影/石井雄司
仕事でもプライベートでも手みやげを買う機会は多いのですが、どんなときでも大原則にしているのは、自分がもらって嬉しいものを贈ること。では、もらってテンションが上がるものはなにかというと、私の場合、断然、スイーツ。和洋問わずに甘いものに目がないので、自然とお菓子を贈る機会が多くなるのです。
その上で考えるのは、やはり贈る相手の好みです。洋菓子を好む方なのか、和菓子好きなのか……。ワインや日本酒が好きな人に対してもワインや日本酒を贈るのでなく、それに合うスイーツを選ぶこともよくあります。「これ、ワインに合うんですよ」とひと言添えればバッチリです。
もちろん、目上の方などかしこまったシチュエーションなら高級感が伝わるものを選ぶようにして、親しい相手なら話題のお菓子とか、サプライズ感のあるものをセレクトするようにしています。特に女性に贈る場合にはパッケージも重要です。包装紙や箱のデザインが素敵でしかもおいしければ、ポイントが上がること間違いなし。あとで「あのお菓子の箱を小物入れにしているの」なんて話が聞けたら大成功というわけです。
そんなさまざまな条件をオールクリアする優秀な手みやげが、「オーボンヴュータン」のプティ・フール・セックでしょう。
世田谷区尾山台に本店がある「オーボンヴュータン」は、つとに知られる本格フランス菓子の名店。オーナーシェフの河田勝彦さんは9年に渡ってフランスで製菓を学び、1981年にこちらの店を開いてからも、歴史に基づいた伝統的なフランス菓子をつくり続けています。
パリにありそうな、クラシカルな雰囲気の本店に行くのも楽しみではあるのですが、わざわざ行く時間が取れないときにありがたいのは「日本橋高島屋」にある店舗。仕事の途中で立ち寄れるので、なにかとお世話になっています。
手みやげとしてお薦めしたい理由はいろいろあるのですが、まず目を引くのが焦茶色のシックな包装紙です。重厚感があり、目上の方に贈っても一目置いてもらえることも請け合い。包装を解くと、クグロフなど古典菓子を描いた缶が現れ、これがまた素敵なのです。
そして蓋を開けると、ずらりと並ぶのは、エレガントな小さな焼き菓子たち。甘い香りとともに、見ているだけで幸せな気持ちになれます。
ところで、そもそもプティ・フール・セックとはどんな意味かご存知ですか?
実は「プティ・フール」とは「小さな窯」という意味で、中世ヨーロッパで生まれた言葉。当時は広く製菓用の窯を指していたそうです。一方、「セック」は「乾いた」という意味で、サブレやクッキー、マカロンなどの小さな焼き菓子がプティ・フール・セックと呼ばれているのです。
もっとも、この店の品は、よくあるクッキーとは一味も二味も違います。上質なバターや卵をたっぷり使った生地はコクがあり、風味豊か。しっかり焼き込まれているので香ばしさも際立っています。しかも、入るお菓子は一つ一つが個性的。
たとえば、ブーケのような形をしている「コルネ」は、シガレット生地に濃厚なプラリネを詰めたもの。グリーンのトッピングはピスタチオではなく、アーモンドを色付けしているそう。「プレオール」という名がつくのは、カラメリゼした薄くてサクサクの焼菓子。後に立つかすかな塩が後を引きます。ほかにも、スパイスのきいたサブレ生地と木苺ジャムのコンビネーションが抜群な「エピス」、ココナッツをたっぷりトッピングした「ノア・ド・ココ」など、それぞれに名前がついているのです。手軽につまめる小さな1粒ですが、満足感の高さはさすがのひと言。妥協のないクオリティは、何度食べても感激してしまいます。
こうした焼き菓子は多少日持ちするので、先方の都合に関わらず、ゆっくりと味わってもらえるのも良さといえます。
逆に、贈り先に冷蔵庫があって、その日のうちに食べてもらえることがわかっているなら、生菓子を手みやげにするのも喜ばれるでしょう。
なかでも、お薦めしたいのが、プティ・フール・フリアンディーズ。シュー・ア・ラ・クレーム、カシスのムースなどが詰め合わせになったこの品は、宝石箱のような美しさにうっとり。サイズはプチでも一つ一つ丁寧につくりこまれているところは、プティ・フール・セック同様です。
ホームパーティの差し入れにもぴったりで、蓋を開ければ歓声があがること間違いなし。洋酒が効いたものが多いので、大人向きのスイーツといえるでしょう。
では、贈る相手が和菓子好きだったら? 日本橋・京橋・八重洲界隈は、そんなときのお店選びにも困りません。なかでも、ぜひ足を向けたい一軒が、「江戸風御菓子司 長門」です。創業は享保年間というから300年余。江戸時代には徳川家の菓子司を務めていた由緒があり、現在のご主人でなんと13代目! まさに老舗中の老舗です。
「もともと店は神田須田町にあり、戦後には日本橋のこの場所に移転していました。『店に小豆の香りを絶やさぬように』という先々代からの教えを守って、今も2階であんこを炊くところからすべて手づくりです」こう話すのは、13代目の母にあたる菱田京子さん。生まれも育ちも日本橋という江戸っ子の女将さんです。
「長門」といえば、まず思い浮かぶのが名物の「久寿もち」。関東でくず餅といえば、小麦澱粉を発酵させた粉でつくりますが、この店のくず餅はわらび粉を使ったわらび餅。ふるふると柔らかく滑らかで、たっぷりのきな粉の香ばしさと品のいい甘味が後を引きます。
「昭和初期に先代が始めたと聞いています。当時、わらび粉は関西で使われるもので、関東では馴染みがなかった。そこで、親しみやすいように関東風くず餅と同じ三角形にし、久寿もちと名付けたそうです」(菱田さん)。
包装は木の皮に包んだ素朴な出で立ちで、気心の知れた人へのちょっとした手みやげに向きます。私の場合、食事会のときに参加メンバーに配ったり、借りた本を返すときにお礼として添えたり。自分用にも気兼ねなく買える、手頃な値段もうれしいですよね。
ほかにも気軽な手みやげとしては切羊羹(890円)もお薦めですし、夏限定の水羊かんも絶品です。薄紫色の涼しげな見た目といい、舌の上ですーっと消えていく儚い口どけといい、うっとりするおいしさです。
日持ちを考えるなら、深山吹よせか、半生菓子を。特に半生菓子はこの店の看板商品として知られています。箱に入るのは、餡にすり蜜の衣をかけた松露、落雁、寒氷、洲浜、焼き物など。四季折々に意匠は変わり、季節感のある手みやげになります。加えて、ポイントが高いのは、千代紙を貼った紙箱に入る点。木箱の千代箱(別料金)もあって、乙女心はくすぐられまくりなのです。
「おばあさまから譲られた千代箱を大切に使ってくださるお客様もいらっしゃるんですよ。この箱をつくっているのは、四谷にいる職人さん。こういう仕事ができる人は、ずいぶん減ってしまいましたね」と菱田さん。
もちろん、すっかりモダンに変わった日本橋界隈のなかにあって、昔ながらのお店の佇まいはまさに貴重。味だけでなく、生粋の江戸の風情にも浸れるのが、ここ「長門」なのです。
「オーボンヴュータン」にしても、この店にしても、守っているのは伝統の味。そのなかにある普遍性こそ、誰からも
喜ばれる秘密なのかもしれません。
案内人プロフィール: 上島寿子(うえしま・ひさこ)
週刊誌の記者を経てフリーライターに。「食」に関する知識と経験を豊富に持ち、グルメ雑誌「dancyu」(プレジデント社)では創刊2年目から執筆を担当。おいしいものを知り尽くす人気グルメライター。
※本文中の価格はすべて税込価格です