案内/長山智美 文/友永文博(プレジデント社) 撮影/加瀬健太郎
日本橋は昔から私の大好きな街。この地に転居してから、かれこれ20年近くが経ちます。なぜ日本橋に惹かれるのかと問われたなら、その答えはたくさんの“本物”に出会えるからでしょうか。特に高島屋など百貨店は買い物に、お茶にとよく利用しますし、老舗のお店もできるだけのぞくようにしています。日本橋で見聞きし、いつしか磨かれた感性が、今の仕事にも大きく役立っていると思います。
そんな日本橋住民の私がセレクトしたのは、私自身が本物と見極めた手土産。「本物=伝統」とは限りませんが、やはり歴史ある老舗には本物の品が多いことは事実。そこで日本橋ならではの、江戸・明治・大正の3つの時代にそれぞれルーツを持つお店から、控えめながらも奥深い魅力のある品々をご紹介します。仕事柄、どうしても最初は見た目で惹かれるケースも多いのですが、ご紹介するものはもちろん中身も極上。受け取る側の期待を裏切らず、サイドストーリーにも事欠かない、ツウ好みの逸品ばかりです。
では初めに国分グループ本社株式会社の商品が揃う『ROJI日本橋』から。国分といえば幼い頃に食べた、青地に黄色い果肉の写真が印刷されたパイナップルの缶詰を今でも覚えています。4代國分勘兵衛さんが江戸・日本橋本町に「大國屋」の屋号で店舗を構えたのが始まり。創業時は呉服を扱うとともに、醤油醸造業を手がけていたと今回、新たに知って驚きました。その後、1880(明治13)年に醤油醸造業から撤退して食品卸売業を手がけ、現在に至るのですが、その国分が本社1階に2011年オープンさせたセレクトショップが『ROJI日本橋』なのです。
コンパクトながらも3面ガラス張りで開放感のある店内には、国分が扱う自慢の食品がいっぱい。最近では“そのままおつまみになる缶詰”がキャッチフレーズの「缶つま」シリーズが人気で、私も実は自宅で愛用しています。ただ手土産用に一番にご紹介したいのは、「日本橋漬」。現在は瓶詰めですが、初めて購入した際は、同様のデザインの缶詰でした。明治時代に商標登録したという桐印が入った、日本橋を描いたオリジナル画がなんともクラシカルで素敵です。中身は甘ったるさを排した大人の福神漬けといえるもの。カレーの付け合わせというよりは、お酒のおつまみや漬物としてご飯のお供に最適な、醤油の効いたお味です。
そして次にお勧めしたい甘納豆と海苔せんべいは、ともに日本橋菓房ブランドの「麒麟の翼」シリーズから。東野圭吾さんの小説名にもなった、この翼を持つ麒麟像は、1911(明治44)年の日本橋の架橋の際、日本の道路の基点を行き交う旅人の守り神として中央に4体配置されたもの(実は4隅には獅子も4体!)。その名を冠する当シリーズは、日本橋を創業の地とする老舗とタッグを組み、日本橋発信の名品を揃えたプレミアム商品群。甘納豆は榮太樓、海苔せんべいは山本海苔店との共同開発です。
私がよく利用するのは、複雑な多角形の外箱も可愛い「日本橋甘納豆」の3種詰め合わせと海苔の香ばしさが際立つ「日本橋海苔せんべい」詰め合わせ。お箱代(100~300円)を支払えば、店内の商品はお好みで自由に組み合わせられるので、こだわりのある方々への手土産選びに大変重宝します。さらに先ほどの「缶つま」のほか、ワインなどアルコール類も充実、手土産ばかりか、自宅用、彼女用、出張帰りの新幹線車中で自分用にも気に入った品を購入できるので、まさに一石三、四鳥。さらに店の奥には、川辺を望むお休み処まで。まずは真っ先に足を運んでいただいて損はない、頼もしい品揃えの一軒です。
次は1910(明治43)年創業の『お菓子司 ときわ木』です。ここは表通りには面しておらず、つい見過ごしてしまいそうな小さなお店。永代通りの江戸橋1丁目の交差点を茅場町方面へ渡り、首都高速の手前を左に入りすぐのところにあります。その奥ゆかしい佇まいからして私好みでたまりません。お菓子の購入は、漆塗りの3段の重箱に入った見本を見ながら注文する座売スタイル。それもまた風情があり、ちょっとした儀式のようでもあり、心ときめくのです。
私ももっと若い頃は洋菓子派でしたが、最近は徐々に和菓子に傾倒中。粒餡より、餡自体の洗練度が際立つこし餡派なので、『ときわ木』のこし餡2種「黒まんじゅう」と「ぎゅうひ」を初めて口にした際には、あまりの美味しさに卒倒しそうになりました(笑)。想像を超えた、繊細で上品な味わい。控えめな意匠と卓越した味のギャップに驚きます。
現在は3代目森宗一郎さんが一人で朝3時から(時には2時から)手作りされているそう。接客はいつも優しい店主の奥様のご担当。その奥様に箱詰め・包装をしていただき、最後に紐でキリッと一文字に縛っていただいた商品を受け取るのも、とても清々しい気持ちになって好きなのです。
上生菓子主体のお店なので、レパートリーは100種以上、時季によって品揃えが大きく変わります。私のおすすめは定番なら「黒まんじゅう」「最中」、夏の時季には「水ようかん」「水の月」。そして夏は残念ながら作っていないのですが、絶対に外せない銘菓「若紫」など。伝統に忠実に、技を受け継ぎ磨き続ける老舗の品はことさら奇をてらわずとも、凛とした貫禄を感じます。手土産を渡す際に、先の注文方法や店内に立てかけられた創業時の木の看板のことなど、些細なサイドストーリーも一緒に伝えてあげると、いっそう喜ばれるのではと思います。
最後に、おでんといえば日本で一二を争う名店、『日本橋お多幸本店』の知られざる逸品をご紹介します。それは実はおでん種ではなく、おでんを入れる缶なのです。『お多幸』の創業者・太田幸さんは栃木県出身。夫とともに神戸に転居した後、関東大震災で多くの料理店が被害を受けた1923(大正12)年に日本橋に店をオープン。その後、銀座に移って以降、「お多幸」を名乗り、2002年に都市開発のため日本橋の現在の場所に移転しました(戦時中は一時閉店)。幸さんの友人で右腕として活躍し、戦後に店を再開した中村てふさん、その弟子の田中辰雄さんという直伝の味を受け継ぐのは、実は東京ではこの店舗のみ。
私自身はおでん缶をまだ実際に買ったことはないのですが、以前からお店で見かけていて、とても惹かれる存在でした。なんといっても取っ手付きの缶製、というのが愛らしく、赤とオレンジを混ぜたような色調にそそられます。今回、お店の中村康さんに伺ったところ、以前はベースの赤色がもう少し暗めで、取っ手もほかの色だったり。現在の色に落ち着いたのは日本橋に移転後だとか。今も時々、お店に昔の配色の缶を持ってこられるお客様がいて、それがとても嬉しいそうです(そんなレアもの、できれば私も欲しいです)。しかも「お多幸」の文字はすべて職人が手書きをしているため、一つとして同じものはないことも知りました。さすが、老舗だけあり、小物にまで味わいが染みています。
東京駅からも近く、おでん以外もつまみが充実しているこのお店。私の推薦する利用法は、東京を離れる前に、開店と同時に店に入り(電話がなかなかつながらず、予約が少々難しいので)、思い出の美味をあれこれ満喫。その間、好みの種をおでん缶に詰めていただき、退店とともにピックアップというパターン。あの缶を下げて帰路につくのも(実際には紙袋も用意していただけます)、ノスタルジックな情緒があって素敵だなぁと思います。
案内人プロフィール: 長山智美(ながやま・ともみ)
雑誌『Casa BRUTUS』『&Premium』など数多くの雑誌を中心に活躍する日本橋在住の人気インテリアスタイリスト。最近はもっぱら和食派で、自宅近くの渋めのお店を訪ねては、日本橋グルメを満喫中。
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