案内&文/永浜敬子 撮影/工藤睦子
手みやげは簡単なようでちょっとむつかしい。贈る相手が気心の知れた友人なら、自分の好きなもの、もらってうれしいものを贈ればいいのですが、相手の好みがわからないケースや、初対面、さらに何かお詫びに伺うときなんかになると、けっこう頭を悩ませます。いずれの場合も、自分が食べて「これは!」と感動したものを贈るのが基本。
在東京18年目の私ですが、かつて地元京都に帰るときの手みやげにはいつも悩まされていました。「いったい何が喜ばれるのだろうか?」。
ところで、私は初めて札幌や高知に行ったとき、「がっかりするよ」と言われながらも時計台やはりまや橋を見に行ったものでした。地元の人に評判のイタリアンやフレンチがあると聞いても、やっぱりジンギスカンや皿鉢料理を食べると、その地を満喫したような気分になって心が満たされたものです。
そう、手みやげも同様で、まず「その地らしいもの」であることが大切。そして大事なのが、「わかりやすさ」。特に高齢の方の場合は、ハイカラすぎると口に合わないことも少なくありません。基本に忠実で、さらに希少性があって、贈った方が他人に振る舞うときに話題になるエピソードがあれば最高です。
そんな条件をすべて満たすのが、ここ「桃六(ももろく)」。老舗が多い京橋のなかでも古参の明治2年(1869年)の創業です。ショーケースの後ろに飾られた、ケヤキの一枚板に彫られた桃太郎の看板は、関東大震災の火災からも東京大空襲の戦火からも逃れた、桃六の歴史を物語る宝物。店主の林登美雄さんのお母様である房子さんに見せていただいた、桃六に代々伝わる創業時の幟からも、このお店が歩んできた時の流れがうかがえます。
こちらは女優の森光子さんが生前こよなく愛したお店としても知られています。森さんは舞台などの差し入れに、いつもこちらのどら焼き「一と声」や茶飯おこわ弁当を指定され、ご自身で手みやげを贈られるときも、よくどら焼きをお求めになったとか。
「どら焼きは、昔ながらの砂糖、卵、小麦粉を同量ずつ合わせる三同割で作っています。すべて手作りで保存料も使っていません。素材も作り方も昔のままです」と語る登美雄さん。一つ一つ手で焼かれたどら焼きは、しっとりとした生地に、豆の味わいが生きたつぶあんがぎっしり。甘酸っぱい青梅が丸ごと入った「梅」や、栗の甘露煮が入った「栗」も人気です。私はつぶあんの甘さと青梅の酸味が口の中で絶妙なハーモニーを奏でる梅どら焼きが大好きです。森光子さんの代表作「放浪記」通算上演2017回にちなんで、この2017年には「放浪記 Mitsuko」の文字が入ったどら焼きも登場しました。
また、餅菓子屋としてスタートしただけに、団子や大福のおいしさも見逃せません。上新粉だけを使って杵と臼でついた「桃太郎だんご」は、シコシコとした歯ごたえとお米そのものの味を感じられる逸品。上品な甘さのこしあんと、少し焼き目のついた醤油だれの2種類があり、とくに醤油の団子は辛党にも喜ばれるキリッとしたおいしさです。
「ぺったんぺったんと、杵と臼で毎日ついています」と登美雄さんが語る餅菓子は、添加物は一切使用していないので、時間がたつとすぐに固くなってしまいますが、それだけにできたてのおいしさは格別です。
甘酸っぱいあんずをのせた「あんずういろう」や、練り込んだ青のりの香りが清々しい「麸まんじゅう」など、季節の生菓子も充実。生菓子はお昼過ぎには売り切れてしまうことも多いので、早い時間に買いに行くのがおすすめです。その日のうちに食べてもらえることがあらかじめわかっている場合は、きっと喜ばれる手みやげになるでしょう。
洋菓子の場合は、ドイツ菓子を選ぶことが多い私。生クリームよりバタークリーム、ナッツやチョコがぎっしりの、どっしりとしたお菓子が好きという個人的な好みがその発露ですが、バタークリームは常温でも保存が可能でおいしくいただけるという点で、手みやげに向いていると思うんです。一般的に地味な印象のあるドイツ菓子ですが、日本橋高島屋の「グマイナー」は、可愛らしさも兼ね備えた華のあるドイツ菓子。
それもそのはず、「グマイナー」は、ドイツのシュヴァルツヴァルト地方で100年続く老舗菓子店ですが、4代目のフォルカー・グマイナー氏は、ドイツ国内だけでなく、フランス、オーストリア、スイス、イタリアでお菓子の修業をつみ、ドイツの伝統菓子をベースに様々な文化を融合させたオリジナリティーあふれるお菓子を作っているのです。ドイツ国内に6店舗を構えていますが、日本ではここ日本橋高島屋だけという希少性も、手みやげにピッタリです。
手みやげには、味とともに、ラッピングや開けたときの感動も大切。その点、「グマイナー」は、きらびやかすぎず、品のある華やかさがあるので、初対面の方にも好印象を持たれること間違いなし!
ドイツ南部のシュヴァルツヴァルト地方は、良質なフルーツの産地でもあるので、随所にフルーツを使ったお菓子が多いのもこちらの特徴。たとえば「バウムクーヘン」は、添加物を使用せず、卵の気泡だけで焼き上げたしっとりとした食感。レモンピールと黒糖がほのかに香るバウムクーヘンです。
そのフルーツの味と香りを最大限に楽しめるのが、こちらのスペシャリテである「チェリーボンボン」です。チェリーの名産地として知られているシュヴァルツヴァルト産のチェリーは、チョコレートの風味との相性を考慮し、完熟の一歩手前で収穫。この大粒のチェリーは、チェリーから作られる蒸留酒キルシュヴァッサーで約半年間漬け込まれます。ダークチョコの中にはたっぷりのキルシュヴァッサーが含まれているので、一口で味わうのがお約束。賞味期限は10日ですが、中のフォンダンがチェリーに含まれたキルシュヴァッサーと徐々に混ざり合っていくので、時間の経過とともにおいしさのグラデーションが味わえるのも魅力。贈る際にその旨を伝えると、会話も広がることでしょう。
ほかにも、ドイツの伝統の味と技術を詰め込んだ焼き菓子「テーゲベック」は、日持ちもするので私の手みやげの定番ですが、その日に食べてもらえるなら、「シラーロッケン」もおすすめ。いわゆるコロネのような、巻き貝を模したパイ生地でクリームをくるんだお菓子なのですが、さっくりとしたパイ生地の中には、なめらかなクリームがぎっしり。カスタードクリームとチョコの2種類がありますが、特におすすめなのがチョコです。はじめは見た目からもっと柔らかいクリームかと思ったのですが、一口食べてびっくり! ガナッシュに近い濃厚さ。ややビターなチョコは、甘さが苦手な方にも喜んでいただけると思います。
案内人プロフィール: 永浜敬子(ながはま・けいこ)
京都府出身。料理、食文化を中心にビジネスからゲーム、サブカルなどの執筆多数。著書には 全国の郷土料理&ソウルフードを紹介した47都道府県のお国自慢グルメ『食わせろ!県民メシ』(講談社)、『東京出張』(京阪神エルマガジン社)、リージョナルな県民性について紹介した『ビバ!いなかもん』(講談社)、『いなかもんの踏み絵』(ぺんぎん書房)、『なまり亭』(ワニブックス)などがある。
※本文中の価格はすべて税込価格です