案内&文/森脇慶子 撮影/石井雄司
古き良き時代の名残をとどめる東京の名所、日本橋・京橋。この由緒正しき街で、「手みやげ」を買う――。贈る相手を思いながら、美味しいものを求めてそぞろ歩く、そのひとときも、このエリアなら粋な時間となりそうです。
ちなみに“お江戸日本橋七ッ立ち初のぼり”と、民謡「お江戸日本橋」にも歌われている日本橋は、1603年、江戸開府とともに完成しました。江戸幕府の地誌書「御府内備考」には、「この橋、江戸の中央にして、諸国の行程もここより定められるゆえ、日本橋の名ありといふ」との記述が残されています。
そして21世紀の今、活性化が進むこの街には老舗と新店が軒を並べ、伝統と革新が違和感なく相まみえる独特の空気を感じさせます。
さて、本題。“日本橋、八重洲、京橋エリアで手みやげを”と言われて真っ先に思い浮かべたのは、周知の名店、焼き鳥の「伊勢廣 京橋本店」です。大正10年に鶏肉専門店としてスタート、焼き鳥を扱い始めたのは昭和8年からだそうで、かれこれ100年近い歴史を持つ、まさに焼き鳥界の草分け的存在です。近頃では、コース主流の焼き鳥店もさほど珍しくなくなりましたが、創業当初よりコース一本で勝負していたのが、ここ「伊勢廣 京橋本店」です。
「おろしたてのわさびをのせた笹身にはじまる全12品のコースは、鶏をこよなく愛した初代の、自分達が大切にしている鶏の美味しさを味わってほしい、そしていろんな部位を余すところなく楽しんでほしい、との思いの表れです」。こう語るのは、3代目となる代表取締役社長の星野雅信さん。
それゆえ、客が酔っ払って味がわからなくなるのを嫌い、お酒も3合まで、と厳しく決めていたとか……。 単なる酒の肴ではなく、 一つの料理としての焼き鳥を極めようとしていた、初代の思い入れの深さが伝わってくるようです。
鶏肉は特に銘柄にはこだわらず、近県から充分な飼育日数を経た、脂の乗りの良い雌鶏を使用。鮮度を第一に、絞めたての丸鶏を毎朝仕入れ、その日のうちに使いきっています。しかも、中抜きせず内臓を入れたままの状態で届くため、より鮮度が保たれるというわけです。
そして、個人的に偏愛しているのは、同店で団子と呼ばれているつくね。鶏のおいしい部位すべてを挽き、つなぎを使わずに形成しているそうで、口にしたときの噛みしめる歯応えと、口の中でホロホロとほどけるやいなや溢れ出る肉汁のジューシーさが、なんといっても醍醐味です。さらに、粗挽きの粒々感の中には麻の実も加えられており、そのプチっとした歯触りも絶妙といえます。
また店では、使用する葱(ねぎ)なども肉と同時に火が入るように太さを指定して巻きのしっかりした千住葱を選んだり、塩についても串全体が均一の程よい加減になるようフレーク状の塩を用いるなど、脇役も抜かりなし。もちろん、焼き上げるために、火力の強い姥目樫(うばめがし)の備長炭を使っていることは言わずもがなです。
ちなみに、焼き手も超熟練者ばかり。本日、焼き鳥を焼いてくださった大内健さんは、この道20数年のベテランながら、「伊勢廣 京橋本店」ではまだまだ若手扱い。聞けば、焼き鳥歴45年の古田島善雄店長をはじめ、30年、40年選手がいまだに現役とか。創業以来、変わらぬ味を守り続ける老舗の底力を垣間見る思いです。
そんな「伊勢廣 京橋本店」ですが、ここではその熟練の味を、手みやげ用にテイクアウトできるのがなんとも嬉しい限り! しかも、冷めても味が落ちない……というのですから、さすがというべき。それも、肉を均一に焼きあげるために、真ん中を少し大きめにしたやや方錐形に刺すなど、細部にわたる丹念な作業のなせる技でしょう。
家族や友人への手みやげとしてはもちろん、ちょっとした持ち寄りパーティーでの差し入れ、楽屋見舞いなどに使っても喜ばれるに違いありません。
一方、鉄板手みやげを……と考えるのならば、やはりスイーツは欠かせません。老舗の和菓子屋が立ち並ぶ日本橋・八重洲・京橋界隈ですが、近頃はパティスリーの進出ぶりも見逃せないところ。地下鉄宝町駅から程近い、ここ「ブーランジェリーパティスリー ルエールサンク」もその一つです。
2代目シェフの小泉淳哉さんは「帝国ホテル」をはじめ、みなとみらいの「ロティスリーティーズ・レイ」など、レストラン畑で腕を磨いてきた経歴の持ち主。それだけに、デザート感覚のケーキがお得意のようで、ショーケースにはまるでパフェのようなグラスケーキがズラリ。小泉シェフ曰く、「周りはオフィス街なので、ビジネスパーソンがオフィスでも食べやすいようにとグラススタイルのケーキを充実させました」とのこと。
モンブランやフォレノワールといった、本来はガトー仕立てのケーキも、ここではグラススタイルに変身! もちろん、一番人気の「ショートケーキ」も然りで、グラスショートケーキは、下から、スポンジ生地、生クリーム、いちごソース、そしてフレッシュのいちごで構成されています。小泉シェフも、「ひと口食べたときの味のバランス、ハーモニーを大切にしています」と話します。おすすめに従い、スプーンでひと匙、下からすくって一度に頬張れば、ふわっと軽やかなホイップクリームのなめらかさに思わず笑みがこぼれます。続けて甘酸っぱいフレッシュないちご、やや濃密に仕上げたいちごソースが口中で一体化、レストランのデザートを食べたかのような華やかな余韻が印象的、薄く忍ばせたスポンジ生地が程よいアクセントとなっています。
この店では、小泉さんがシェフになってから卵と生クリームを変えたそうで、現在、生クリームは、味わいがミルキーな森永乳業のフレッシュクリーム“大雪原”、卵はコクと甘みの強い”那須御養卵”を使っているそうです。この材料の差が如実に反映されるのは、シュークリームの「シューバナーム」。クッキー生地を乗せて焼いたシュー皮のパリパリとした食感と、フレッシュクリームをたっぷり使ったなめらかなカスタードクリームとのハーモニーが楽しみな一品です。
一方、「チョコレート好きのためのケーキです」と小泉シェフがすすめてくれたのは、「パレドール」。ムースのように軽いスイートチョコと濃厚なガナッシュの2タイプのチョコレートが2層になった、ショコラのようなケーキです。
店で提供するほとんどのケーキにはお酒を使っていないので、小さなお子さんのいる家庭への手みやげとしても安心。また、見た目も美しいグラスケーキは、持ち寄りのパーティーへの手みやげとして選べば、華やかさを添えてくれそうです。
ちなみに店ではケーキのほか、惣菜系から菓子パンまでバラエティー豊富なパン類も揃え、地元で大人気。なかでも、クロワッサンやパンオショコラは、バターを惜しみなく用いたデニッシュ生地のサクサク感が素晴らしく、まさにパティスリーならではの出来映えです。
カリスマパン職人、志賀勝栄さんが2006年に独立、東京・三宿で立ち上げたブーランジェリーが、「シニフィアン シニフィエ」です。「ユーハイム」での勤務時代から、その名声はつとに知られていた志賀シェフだけに、オープン後瞬く間に「シニフィアン シニフィエ」のパンは美食家垂涎の的に。多くのファンの中には、有名なフレンチのシェフもいるほどです。これら珠玉のパン達を三宿本店ではなく、ここ日本橋、それも日本橋高島屋で手軽に購入できるのはまさに願ったり叶ったり。
人気の秘密は、長時間発酵により生まれる風味豊かで、味わうほどに粉の旨味が広がる奥深さゆえ。また、健康に配慮したパン作りもモットーの一つで、素材を厳選。注目の健康素材や、ビタミン・ミネラル豊富といわれる雑穀などを積極的に取り入れています。
この店のパンをいただくたび、感服するのは一つ一つのパンに個性があること。なかでもおすすめは「パン オ ヴァン」です。贅沢にも水の代わりに赤ワインで生地を仕込んだ「シニフィアン シニフィエ」ならではの、そして、最も「シニフィアン シニフィエ」らしい逸品ではないでしょうか。
パン生地の中には、白イチヂク煮やクランベリーなどのドライフルーツとピスタチオ、アーモンド、カシューナッツ等のナッツ類がギッシリ。まるでダークフルーツケーキのような重量感ですが、見た目に比べ食感は思いのほか軽く、しっとりと密な生地と具のバランスが実に絶妙。そのままでも十分美味ですが、ブルーチーズやウォッシュ系のチーズと共にいただけば、よりリッチな味わいに。ワインのお供にぴったりです。チーズやワインとセットにしてオリジナルの手みやげをアレンジしてみるのも気が利いていますね。
比較的ノーマルで万人受けするパンを、というときは、プレーンでリーンな味わいの「チャバタ」や「パン ド ミ」「バケット ジャポネーズ」を。
「チャバタ」はイタリア語でスリッパの意味を持ち、北海道産の“キタノカオリ”を用いた素朴なパンです。元々もっちりとしてみずみずしい食味が持ち味ですが、もち小麦を新たに配合し、さらにもちっとした食感にリニューアル。噛みしめるほどに旨味が滲み出る飽きのこない逸品です。ちなみに、「チャバタ」にはバリエーションとして週替わりのメニューもあり、それも楽しみの一つとなっています。
一方、多くの日本人にとって、パンの王道といえばやはり、食パン。そして、バケットではないでしょうか? 私にとってみれば、この二つはいわば蕎麦屋のせいろのようなもの。最もシンプルなものがキチンとしていれば、味に信用がおけるというものです。
「パン ド ミ」は白米をイメージしたそうで、ホップに米麹を加えて作る酵母とレーズン酵母を用いています。もちもちとしてしっとりした質感が特徴。噛みしめれば、 独特の風味とほのかな甘みが広がります。
そして、「バケット ジャポネーズ」は新作。ジャポネーズの名の通り北海道産小麦100%で仕上げた志賀シェフの意欲作です。
カリスマ職人が作る美食家絶賛のパンを手みやげに……。こんなスタイルは、食いしん坊な友人への贈り物や、ワインパーティーへの差し入れなど、意表をついた手みやげとして話題を呼びそうです。
案内人プロフィール: 森脇慶子(もりわき・けいこ)
グルメ雑誌「dancyu」(プレジデント社)でもお馴染み、おいしいものを知り尽くしたフードライター。日々の食べ歩きによって得た豊富な知識と、緻密な取材による楽しい記事作りに定評がある。著書に『フランスで料理修業』(学研パブリッシング)、『一流シェフたちのカンタンまかないレシピ』(ぴあ)など。
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