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〈たべるかう〉 拍手喝采!「褒められ手みやげ」
Nice souvenirs of Tokyo

|2021.09.17

懐かしいだけじゃない、洗練された”大人のお子様ランチ“

「にっぽんの洋食 新川 津々井」の「新川弁当」
文/澁川祐子 撮影/宮濱祐美子

「新川弁当」税込2,200円。電話、店頭にて前日までの要予約

サイドディッシュに、そのお店の誠意は現れる。いくらメインの料理が華やかで手が込んでいたとしても、添えられたサラダがやる気のない葉っぱで申し訳程度に皿を埋めているとシュンとする。ちゃんとしたサラダが出てくるうえに、スープもつくなら、それだけで無条件にうれしい。さらにそのスープがおいしいとくれば、もうそのお店を好きになってしまう。

隅田川、日本橋川、亀島川に囲まれた、霊岸島とも呼ばれる場所にある「にっぽんの洋食 新川 津々井」はそんなお店の一つだ。

ランチで初めて行ってハムオムライスのセットを頼んだときのこと。こんもりとスプラウトが盛りつけられた生野菜のサラダと、カップアンドソーサーに入ったチャウダーがテーブルに置かれたのをひと目見て、口にせずともこれはもうおいしいお店に違いないと確信した。サイドディッシュにこれほど手をかけているお店が、まずいわけがない。結果はそのとおり、ほどなくして運ばれてきた正統派オムライスも隅々まで行き届いた味わいで、ごちそうさまでしたと頭を深々と下げたくなる一皿だった。

このコロナ禍で思うように外食できない日々が続くなか、あるとき、新川津々井のテイクアウトメニューが充実していることに気づいた。メニューを見て、真っ先に目に飛び込んできたのは「新川弁当」。ハムオムライス、ハンバーグ、カニクリームコロッケ、エビフライと人気の定番メニューがぎゅっと詰まっている、洋食好きにとってはまさに夢の一箱ではないか。そこで不幸中の幸いとばかりに、取材を申し込んだ。


洋食で育ち、フレンチで学んだ

店の1階はガラス張りの厨房。「お客様から見えるところで調理していると、常にきれいにせざるを得ませんから。でも、窓が思った以上に大きすぎたかな」と微笑む店主の越田健夫さん

「子どもの頃は、母が店に出ていたので、夕食は店のチキンライスやお弁当を姉と二人で食べることが多かったですね。もともと店の味が好きで、洋食を食べて育ちました」

そう語るのは、二代目の越田健夫さんだ。新川津々井の創業は昭和25(1950)年。もとは銀座スエヒロでチーフとして働いていた健夫さんの叔父・叔母にあたる筒井厚惣(こうそう)・文恵夫妻が、健夫さんの両親とともに、現在の地から1ブロックほど離れた表通りで「グリル津々井」として開業した。少し込み入っているが、健夫さんの母・すみ子さんは文恵氏の妹。すみ子さんの夫で、健夫さんの父・武さんは厚惣氏とは義兄弟の関係で、それまで同じスエヒロの厨房で働いていた。開業にあたっては、親交の深かった「たいめいけん」の創業者である茂出木心護(もでぎしんご)氏の協力があったという。

昭和31(1956)年、その前年にTBSテレビの前身である株式会社ラジオ東京が赤坂でテレビ放送を始めたことを機に、厚惣氏が住まいのある赤坂で新店を構えることになった。そこで暖簾分けをして、赤坂の店は「津つ井」と名前を変え、新川の「津々井」を健夫さんの父・武さんが引き継いだ。

健夫さんは高校を卒業後、ホテルオークラ(現・ホテルオークラ東京)の厨房で修業を積んだ。配属されたのは1973年に創業し、日本におけるフレンチの草分けとなった「ラ・ベル・エポック」だ(ホテルの改修で2015年に閉店)。当時、シェフを努めていたのは、のちに銀座の老舗フレンチ「ロオジエ」のエグゼクティブ・シェフとしても名を馳せたジャック・ボリー氏。その下で5年近く学んだことが大きな財産になったと語る。

「店で食べてきた洋食とは使う食材も調理の仕方も全然違って、やることなすことが新鮮でした。当時、日本ではまだフォアグラといえば缶詰しかなかったんです。でも私がいたときに初めて生のフォアグラが入り、ほかのホテルからもコックさんたちが大勢見物に来て、それはもう大騒ぎでした」

タンシチュー(単品・税込2,200円)もファンが多いメニューの一つ。牛タンを塊のまま4時間半煮込むため、やわらかく食べごたえがある。ランチタイムのスープ、サラダ、ライスのセットは税込750円。玉ねぎ、ベーコン、エビの入ったチャウダーは、創業当時には牛乳しか使っていなかったが、生クリームを加えてコクをプラスした

そんなフレンチの第一線に身を置いていた健夫さんは1984(昭和59)年、25歳のときに修業を終え、父が守ってきた厨房に入った。

「戻ってきたときは意気揚々として、オークラで学んだエポックな料理を出したんです。でも、いままでと味が違うと、お客様には全然受け入れられなくて。それでうちの洋食の味をベースに、フレンチの技法を取り入れてアレンジするようになりました」

そうして生まれたのが、いまや人気メニューとなったケチャップベースの2種のソースが添えられているトロトロオムライスや、看板のデミグラスソースと目玉焼きがのったハンバーグ丼だ。

2000年には現在の場所に移転。二代目として健夫さんが暖簾を受け継いだ。現在は、同じくオークラで修業した息子の晃夫さんと一緒に厨房に立つ。


伝統の味を守りつつ、さらなるおいしいさを求めて

左)テイクアウトの弁当類には、日替わり惣菜が入っている。この日は定番の煮もののほか、エスカベッシュ、スパニッシュオムレツ入り
右)自家製ソース「にっぽんの洋食 あじわいシリーズ」も販売。創業の味を伝えるトマトケチャップと玉ねぎのドレッシング、店の味を再現できるポークジンジャーのソース、ステーキソースの3本があり、セットで税込3,500円(店頭受取価格)。予約が入ってからつくるため、前日までの要予約。ネット通販も可

取材を終え、さっそく「新川弁当」を開く。新川津々井では、先代からずっと弁当を提供していたが、かつてはポークシチューに白ごはんというメニューだったという。変わったのは、息子の晃夫さんが店に入った3年前のこと。箱を変えたのを機に、中身をガラリと変えた。晃夫さんが「コンセプトは大人のお子様ランチです」と言うように開けた瞬間、一気にテンションが上がる。

なんともうれしいのは、単なる白ごはんではなく、卵にきっちりとくるまれたミニ版のハムオムライスが入っているところだ。バターの残り香があとを引き、冷めてもおいしい。「小さいオムライスは、つくるのが難しい」うえ、ごはんをよそうより詰める手間がかかる。「それでもひと手間かけると、お客様が喜んでくださるからやっています」と健夫さんは語る。

ハンバーグには、深いうま味とさわやかな酸味が同居するデミグラスソースがかかっている。デミグラスソースは、健夫さんが店に入ってから、より濃厚な味に改良したという。牛スジをはじめ、日々の調理のなかで出る端切れの肉や野菜を加えつつ、休みの日にも火を入れながら20日かけて煮込む。ほかの店では長くても2週間ほどだというから、その手間のかかり具合が想像できよう。

さらに、なめらかなベシャメルソースとタラバガニの風味とが一体となったカニクリームコロッケ。ほどよい歯ごたえと甘みのホワイトエビのフライ。これだけのメイン料理を一度に少しずつ食べられるのも、この弁当ならではだ。

脇を固めるお惣菜やサラダも万全である。お店の付け合わせにもなっている温野菜は、固すぎもせず、やわらかすぎもしないちょうどいい茹で加減で、食感に奥行きが生まれる。創業当時から変わらない、ケチャップベースの甘酸っぱいドレッシングがかかったサラダ。発見は、日替わりのお惣菜に入っている和風の煮ものが思いのほか、洋食と合うことだ。大根やタケノコ、コンニャクにしみた控えめなだし味が、箸休めとしてピッタリだ。

左)2階の客席は、お客様が安心して来られるようにと昨年、店内を改装。テーブルごとに仕切りや強力な換気扇を設置した
右)店頭にて健夫さん(左)と息子の晃夫さん(右)

オムライスを大事に味わいながら、「オムライスをつくっていて、いまだにもうちょっとうまくできないかなと思いますよ」という、健夫さんの言葉がよみがえる。

「洋食屋は、家庭でもつくれるものを、お金を出して食べていただいているというのが頭にあります。だから、お店でこそ楽しめる味を切磋琢磨していかなければならないんです。100人いれば、100人全員においしいと思ってもらえるものをつくりたい。実際には無理なことかもしれませんが、少しでもそこに近づけたらいいと、いつも思っています」

小さい頃から食べ慣れてきた大好きな洋食の味を守りたいという思いと、一流のフレンチで学んだという矜持。それが新川津々井の味を支え、サラダやスープといったサイドディッシュにまで浸透している。

街は、健夫さんが育った頃とはずいぶん変わったという。ひと昔前は、まわりには会社や倉庫が建ち並び、昼どきには大挙してサラリーマンが押し寄せていた。だが、オフィスは次々と姿を消し、代わってマンションが増え、女性客や家族連れに顔ぶれが入れ替わった。でも、街の洋食屋に求めるものは、昔もいまも変わらない。舌になじむ、いつもよりちょっと贅沢なごちそう。新川津々井は、洋食に抱くイメージをそのまま形にしたような店なのだ。

INFORMATION

にっぽんの洋食 新川 津々井

住所
中央区新川1-7-11
電話番号
03-3551-4759
営業時間
月~金 11:00~13:30 (L.O) / 17:00~21:00 (L.O)
土 11:00~13:00 (L.O)/17:00~19:30 (L.O)
定休日
日曜、祝日
Webサイト
http://tutui.sakura.ne.jp/
オンラインショップ
https://shinkawtutui.thebase.in/
備考
※営業時間短縮要請中は、要請に準じて営業。詳細はお電話にてお問い合わせを。
 


<執筆者プロフィール>
澁川祐子
ライター。食と工芸を中心に編集、執筆。著書に『オムライスの秘密 メロンパンの謎ー人気メニュー誕生ものがたり』(新潮文庫)、編集・構成した書籍に山本教行著『暮らしを手づくりするー鳥取・岩井窯のうつわと日々』(スタンド・ブックス)、山本彩香著『にちにいましーちょっといい明日をつくる琉球料理と沖縄の言葉』(文藝春秋)など。

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