デザインの現場でおなじみのDICカラーガイドをブランド資産として保有する化学メーカー、DICグループ。そんなグループにはとてもユニークな1社がある。「色」を起点にしてさまざまなソリューションを行うクリエイティブ・コンサルティング会社「DICカラーデザイン株式会社」だ。他に類を見ないアジアにスポットを当てたデザイントレンドブック『アジアカラートレンドブック』の発行でも話題を呼んでいる。
DICカラーデザインの先進的な取り組みを牽引する存在として、取締役制作本部長でクリエイティブディレクターの町田英保さんに話を訊いた今回のインタビュー。見えてきたのは色とデザインが秘めた、人の心を動かす力だったーー。
「色」に関する深い知見を武器としたソフト事業
DICグループといえば、日本でトップシェアを誇るカラーガイドが身近だが、印刷インキや有機顔料、合成樹脂などを主力製品とし、世界64の国と地域で事業展開するグローバル企業でもある。同社に蓄積された「色」に対する高い技術と知見を活かし、カラーデザイン事業を展開するのが、グループ会社のDICカラーデザインだ。
「DICグループではさまざまな色材を扱っていますが、新たに『色を切り口としたソフトビジネス』を始めようと、各部署のクリエーターが集い2000年に発足したのが当社です。DICがいわゆるハードを扱っているのに対し、われわれはソフトを扱ったビジネスを展開しています」。
DICカラーデザインの事業内容は、大きく3つに分けられる。まず1つめがコンサルティングビジネス。これは商品や空間、ロゴなどの表層デザインに関する戦略の構築やディレクションをする事業だ。顧客は家電メーカーや自動車メーカーが多いが、他にもコンビニエンスストアチェーン、住設メーカー、食品メーカー、文具メーカーなどと幅広い。私たちがふだんよく目にする大手メーカーのパソコンやスマートフォン、家電製品の中にも、同社が表面意匠をコンサルティングしたものが数多くあるという。
2つめがクリエイティブビジネス。これはパッケージやGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)、空間、時にはプロダクトや商品そのものをデザインする事業だ。3つめがプロモーションビジネス。こちらは主に電車内に貼られる交通広告や販促用のステッカー、各種ノベルティグッズの製造販売を行う。クリエイティブビジネスもプロモーションビジネスもやはり、さまざまな分野の顧客を抱える。
これらの事業に通底する、とりわけ1つめのコンサルティングビジネスを行ううえで核となっている興味深い概念がある。それは「CMF」だ。
CMFこそが、他社との「違い」を生み出す
CMFとはColor=色、Material=素材、Finish=仕上げという3つの要素を掛け合わせた概念のこと。人がものを見た時の印象は、このCMFに大きく左右される。CMFデザインは、機能や形状とは異なる“表面”のデザインということで「表面デザイン」「表層デザイン」とも言い換えられる。
「会社を設立した当初は、『売れる色は?』『カラーバリエーションを作るとしたら何色?』『次に流行る色は?』といった色そのものに対するお問い合わせが多くを占めました。ところがその後お客さまのニーズが徐々に色だけでなく、どんな素材がいいか、どんな風合いがいいかといったところにまで広がっていきました。今ではこうしたCMFが、デザインの良し悪しを決める最も重要な要素という認識のもと、コンサルティング業務に欠かすことのできない概念となっています」。
欧米、とりわけヨーロッパでは、このCMFがものの付加価値や嗜好性に直結する概念として重視される傾向があり、自動車メーカーをはじめ多くの企業がCMFのデザインに大きなコストを割いているという。対して日本ではもともと製品の機能や形状を重視する傾向が強く、これまではCMFデザインにあまりコストが割かれなかった。近年は日本でもCMFを重視したプロダクトが増えつつあるが、同社のようにCMFを前面に打ち出したデザインコンサルティングを行う所はまだ希少だ。
「CMFは人の『心』や『感性』の部分に働きかけることができるので、他社との違いを生み出し、差別化を図るための重要なファクターとなり得ます」。
アジアの最新トレンドを見て触れる稀有な本
そして同社では、CMFをデザインする際の大きなヒントとなる「本」も発行している。世界唯一となるアジアにフォーカスしたデザイントレンドブック『アジアカラートレンドブック』だ。これはアジア広域の最新アート・デザイン・テクノロジーを交えながら、アジアのカラートレンドやトレンドキーワードを紹介するもので、文章と400点以上の写真、そして約50点の素材見本などで構成されている。
実はこの本、もともとはアジアでなく中国のカラートレンドを紹介するものだったという。
「2007~8年頃、さまざまな企業から『中国市場に進出するにあたり、現地の人たちの色彩感覚やデザインの嗜好を知りたい』といった要望をたくさんいただきました。そこで中国における色彩を含めたデザイントレンドを、その文化背景とともに紹介するトレンドブックをご提供しようということで、2008年に『チャイナトレンドブック』として発行が始まりました。その後、お客さまのニーズが中国のみならずタイやインドネシアやインドなどアジアの多様な国々に広がっていったため、2014年よりアジア広域のトレンドを網羅した『アジアカラートレンドブック』という形に発展し、今に至ります」。
この『アジアカラートレンドブック』で非常におもしろいのが、布や木片などの素材見本がページに貼り付けられている点だ。読者はトレンドのカギとなるマテリアルの色や質感を、実物を実際に見て触りながら確かめられる。それがいい意味での手作り感や熱量を本に加えていて、純粋に読書としてページを繰るだけでもグッと迫るものがある。1冊32万4,000円と個人が気軽に買える価格ではないが、年間単位のトレンドブックは1冊50~100万円するのが一般的なので、決して割高ではない。
「おかげさまでプロダクトメーカーさんをはじめ幅広い企業に、デザイン業務のインスピレーションソースやデザインソースとしてご利用いただいています。とくに写真だけではなかなかつかみにくいテクスチャーの具合を、実物を触って把握できるのが非常に喜ばしいという声を多くいただいています」。
色が人の五感を引き出し、心を動かす
さらに同社では、まだ見ぬカラーデザインの“タネ”をまく未来型のプロジェクトも進めている。こちらはDICとの共同事業で、これまで培ってきた色と素材の知見を活かしつつ、外部のクリエーターや一般参加者とセッションしながら未来の色材を想像・創造していくというものだ。COLORとMATERIALの2語を組合せて「DIC COLORIAL PROJECT(カラリアル・プロジェクト)」と名付けられている。その第1弾として、第一線で活躍するクリエーターを講師に招いての体験型セッション「2018 CREATORS SESSION」を2018年10月に開催した。
「色に関するハードとソフトの両方を扱うわれわれだからこそ発信できる新しい価値基準があるんじゃないかということで、この『DIC COLORIAL PROJECT』がスタートしました。少人数制の体験型セッションの形を採ったのは、仕掛けはこちらで用意しつつも、参加者の方々にいい意味での宿題を持って帰っていただくのが一番の狙いです。当セミナーで感じたもの・ことを職場のクリエーターやデザイナーに『こんなことがあってさ』と話していただき、それが後々大きなムーブメントや新しい発想へと昇華する。そんな流れを生み出せたらすごくおもしろいなと思っています」。
顧客のさまざまな課題をカラーデザインによって解決していく同社の事業とは切っても切り離せない、「色」という存在。インタビューの最後、色が持つ可能性について語る町田さんの言葉には、色が持つ“特別な力”と、それを使いこなすヒントが散りばめられていた。
「人間の感覚の7~8割方は、視覚を通してのものだと言われています。その中心的な役割を果たすのが、色です。とはいえ人間の心が本当に動くのは、視覚だけでなく聴覚や嗅覚、触覚など他の感覚が誘発された時です。色や素材による視覚情報は、それらの感覚と結びつき、引っ張る存在でもあるのです。つまり視覚だけではやれることに限りがあるけど、アプローチを変えることで視覚が他の五感をつなぐ架け橋となり、心を動かすこともできる。そういう意味では、色の可能性は無限大とも言えます。DICカラーデザインは、そういうワクワクすることを生み出す会社なんだと広く知ってもらえるよう、この先もいろいろと取り組んでいきたいです」。
関連サイト
DIC カラーデザイン株式会社 http://www.dic-color.com/
執筆:田嶋章博、撮影:鈴木智哉