〈むかしみらい〉 地元企業物語
Campany's story in our town

|2019.03.29

昭和西川とポータークラシックの異色コラボによる“歴史的なバッグ”誕生秘話

肩に掛けると、まるで重力がなくなったように軽く感じられるバッグがある。その名は「NEWTON」。まさに、重力を発見したニュートンも驚くであろうバッグだ。

手がけたのは、寝具メーカーの老舗・昭和西川と、熱烈なファンを抱える鞄&衣類メーカー・ポータークラシックの両社。寝具と鞄という一見接点のないメーカー同士がなぜコラボレーションを果たしたのか。そこから“歴史的なバッグ”はどう生まれたのか。その根底には、人の「想い」の連なりがあった。


誰もが知っているmuatsu(ムアツ)ふとんに感動

西川家には、450年以上にわたるものづくりの歴史がある。安土桃山時代の1566年、蚊帳の販売を始めたのが起こりだ。1942年、企業整備令により西川甚五郎商店の製造部門として昭和寝具工業(昭和西川の旧商号)を設立。1968年に昭和西川の名となり、1974年より中央区日本橋に拠点を置く。現在は日本橋浜町に本社がある。西川ユカコさん(下写真・左)は同社の専務取締役を務める。

一方のポータークラシックを手掛ける𠮷田家も、代々ものづくりを行ってきた家系だ。ルーツは1935年に𠮷田吉蔵が設立した𠮷田鞄製作所。後に株式会社𠮷田、通称𠮷田カバンとなり、自社ブランドのPORTERやLUGGAGE LABELなどを擁して不動の人気を築く。そして2007年、吉蔵の末っ子である克幸と孫である玲雄が独立し、鞄と衣類を手掛けるポータークラシックを設立。現在はその玲雄さん(下写真・右)が代表取締役を務める。

左)昭和西川株式会社 専務取締役・西川ユカコさん。睡眠改善インストラクターとしても活躍し、『NHK文化センター』青山教室や『ミス日本』ファイナリスト勉強会で講師を務めるほか、『東洋経済オンライン』で快眠記事を連載中
右)株式会社ポータークラシック 代表取締役・𠮷田玲雄さん。映画化もされた紀行エッセイ『ホノカアボーイ』の作者でもある

なぜこの両社がタッグを組むことになったのか。強力な“磁石”となったのが、昭和西川の健康敷ふとん「muatsu」だった。ふたりはこう振り返る。

「玲雄さんとは共通の知り合いが何名かいて、みなさんが『𠮷田さんを紹介したい』と言ってくれていたんです」。(西川さん)

「その共通の知り合いの中に、僕がとても尊敬している方がいまして、その方が繋げてくれました」。(𠮷田さん)

はじめは仕事の話ではなかったが、後日、あらためてミーティングの場がセッティングされた。

「昭和西川さんの本社に初めてうかがったんですが、その時は歴史ある会社に入れたことがすごく嬉しかったのをよく覚えています。誰もが知っているmuatsuふとんですから。そしてmuatsuの説明を受け、マットレスを実際に体感させてもらいました。正直驚き、感動しました」。(𠮷田さん)


ナイキ“エア”のような革新をバッグで起こす

muatsuが発売されたのは、1971年のこと。muatsuといえば、ふとんの表面に浮き出た無数の凹凸が特徴だが、もともとは入院患者の床ずれ防止用に開発されたものだった。体を面ではなく点で支えることで、体にかかる圧力を分散させる構造だ。当初は全国100カ所以上の病院に納入されていたが、相次ぐユーザーの希望に応じて市販化。以降、累計400万台を売り上げ、健康敷きふとんの代名詞となった。

こうして同社を象徴するロングセラー商品となったmuatsuだが、その裏には研究者や職人たちの気の遠くなるような地道な作業があった。

「muatsuの開発は、今からちょうど50年前の1969年に始まりました。突起の卵型のデザインは、宇宙ロケットからインスピレーションを得ています。ロケットは大気圏に突入する際に最も抵抗が少なくなるよう設計されているので、それを取り入れれば、寝ている人の体重圧も効果的に分散できるはずと考えたのです。設計に際しては、人間工学の研究者であった小原二郎・千葉大学教授の理論を参考にしています。ロケットへの着想と人間工学の理論を合わせることで、他にはないこの機能ふとんが生まれたんです」。

左)宇宙ロケットからインスパイアされた突起が整然と並ぶmuatsu(奥)と、理論のベースとなった小原二郎著『インテリアの人間工学』(手前)
右)muatsuの開発に際してつけられた実験ノートが今でも残っている。体重や素材の硬さごとに突起の沈み込み量などが仔細に計算されている

ただ、実用化にこぎつけるまでの道のりは長く、凹凸をどんな形、硬さ、間隔、配置にすればいいかといった実験研究に2年を費やした。研究を支えたのは、体に負担のかからないベッドで床ずれの患者をなんとか楽にしたいという強い想いだったという。

打ち合わせで実際にmuatsuを体感したことで、𠮷田さんはバッグ作りへの大きな手ごたえを感じた。

「体に掛かる重力が分散されるというのを体感した時に、これは画期的なものが作れるかもしれないと思いました。ナイキがエアシステム(※)でやったようなことを、鞄でできるんじゃないかと」。

※1970年代末にナイキが開発した、ソール内部に圧縮空気を詰め込むことで高いクッション性を発揮するソールテクノロジー。開発者は航空宇宙エンジニアだった。以降、ナイキはエアシステムによってスニーカー界を席巻する。

こうして昭和西川とポータークラシックという名門同士の異色プロジェクトがスタートした。muatsuが本来の商品と全く違う使われ方をするコラボは、約50年の歴史で初めてのことだった。そして当プロジェクトも、完成までは長く地道な工程を要した。


職人の「できない」を決して受け付けなかった

muatsuとバッグをどう組み合せるか。muatsuのポテンシャルが最も発揮される設計として、バッグの肩ストラップの内部にmuatsuのウレタンフォームを入れることは比較的すぐ決まった。しかし、それを実現するのがとても難儀だった。

「muatsu素材を肩ストラップに使う場合、ふとんの時より遥かに狭い幅でカットするのですが、凹凸が適切な位置にくるよう切るのが難しいんです。また、無駄な切れ端も多く出るので、はじめは工場の職人さんに『できない』と言われました」。(西川さん)

「鞄史上、こんなに凹凸があるものをストラップ内部に入れて縫製したことなんてないと思うので、鞄の職人さんも最初は『無理』と」。(𠮷田さん)

しかし、両者とも根気よく職人と対話や調整を重ねた末に、「じゃあ、やってみようか」という答えをなんとか引き出す。以降は𠮷田さんがmuatsu素材の硬さやサイズを指定し、西川さんがそれを用意して𠮷田さんに届け、𠮷田さんが鞄に組み込む、という作業の繰り返しだった。さまざまな試行錯誤を行い、時には𠮷田さん自らサンプルを数カ月試用し、また改良を加える。そうした工程を繰り返すうちに、月日はどんどん経過した。

最大のヤマは、やはりmuatsuを包み込む肩ストラップの縫製だった。タイトに縫うとmuatsuの凹凸が潰れてしまう。ゆるめにするとmuatsuが内部で移動してしまう。

肩ストラップの内部に、本来は寝具であるmuatsu素材を入れ込むという画期的な構造

これを解決に導いたのが、あるストレッチ生地だった。全方向に伸び、しかも引き戻す力も強いという特殊なストレッチ生地が見つかり、それを高い技術で縫製してウレタンフォームを配置したところ、課題がみごと解消された。

こうして遂にバッグは完成する。背負った時の体感が、まるで重力がなくなったかのように軽いということで、NEWTONの名がつけられた。またこの名は、ウレタンの硬さの単位が「ニュートン」であることや、NASAが宇宙ロケットを軌道に乗せる際にアイザック・ニュートン著『自然哲学の数学的諸原理』の研究をベースにしたことにも由来する。𠮷田さんはこう振り返る。

「とにかくmuatsuを最高の状態でバッグに落とし込みたい、そうすれば絶対に画期的なものができるという一心でした。本来なら早く結果を出さなくてはいけないところを3年も待っていただいた西川さん、そして一緒に乗り越えてくださった職人さんたちにはありがたい気持ちでいっぱいです。でもいま振り返ると、あれは絶対に必要なトライ&エラーの期間だったなと思います。無理と言いつつ、職人さんが試行錯誤して乗り越えてくださいました。本当に感謝しております」。


背負った瞬間に、みんなの表情がパッと変わる

完成したバッグを見て、西川さんはこう思った。

「『おお、これか!』という感じでとにかく嬉しかったです。これでみんなの移動時間がすごく楽になるなと。いままで弊社がご提供してきたのは基本的に寝具でしたが、これで寝ている時も、起きている時も、うちの製品を使っていただける!と思いました」。

𠮷田さんは、すぐに父克幸さんにも完成作を見せた。克幸さんは𠮷田カバン時代の1981年に、世界的な著名デザイナーが集う「NYデザイナーズ・コレクティブ」に日本人として初めて選ばれるなど、𠮷田カバンの屋台骨を支えた日本を代表する鞄デザイナーだ。

「父には何の前置きもせず、『とにかくこれを背負ってみて』と伝えました。で、背負って少し歩いてから、父がこう言ったんです。『おれ、これで死ねるな』と。父は鞄屋に生まれ、ずっと企画一筋で『カバン道』を追求してきたので、これで思い残すこすことはないなと思ってくれたのかもしれません」。

左)muatsuが組み込まれた肩ストラップにより、肩周りにかかる圧力が分散され、重さや疲れを感じにくくなる
右)左はDAYPACK L ¥42,000(税込み)、右はBUSINESS RUCKSACK  ¥40,000(税込み)。ブラックとネイビーの2色展開。他にもヘルメットケース型やショルダーバッグ型、刺子生地バージョンなどがある

晴れて2018年4月に発売されたNEWTONシリーズ。長く売れ続ける普遍的な商品にしたいという思いのもと大々的なPRを控えているにもかかわらず、売れ行きは好調で、生産が追いつかず欠品が出ることも少なくない。

「muatsuもそうなのですが、買ってくれたお客さまが、また別の人に勧めることでどんどん広がっていくのがNEWTONの面白いところです。人に『これ、いいんだよ』と自慢したくなるんでしょうね。何よりも、背負った瞬間にみなさんの顔がパッと驚きや喜びの表情に変わるのがすごく印象的です」。(西川さん)

NEWTONを体感した人のリアクションは、以下の動画でも見られる。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=dz-RQp1LSz4 


人の一生を通して喜びを届けるプロダクトに 


約50年も人々に支持されてきたmuatsuと、脈々と受け継がれてきた鞄作りの精神が掛け合わさることで生まれた、全く新しいバッグ。その根底には、人を助けたい、人を喜ばせたいという確固たる想いがある。西川さんはこう話す。

「荷物が重いと、移動の時間が苦痛や拷問に変わりますよね。特に会社勤めの方はバッグにパソコンや分厚い資料を入れ、かつ足元が革靴だったりします。2011年の震災では、女性が革の重いバッグにハイヒール姿で大変な思いで帰宅されていたのを目の当たりにしました。そういった光景が積み重なり、なんとか皆さんの移動を楽にすることができないかと、潜在的にずっと感じていたんです」。

𠮷田さんもこう言う。

「いろんな人に喜んでいただけるって、こんなに幸せなことはないですよね。人生はあっという間なので、その期間で人さまに喜んでもらえるものを西川さんと一緒に作れたことが、本当に幸せです」。

最後にNEWTONを通しての夢を語ってもらった。

「子どもたちが学校に行く時の荷物が重すぎるというのが社会問題になっていて、そこは絶対に大人がなんとかしなくてはいけないと思っています。そこを我々で考えて解決したいという思いがすごくあります。同様にスポーツの業界だったり、医療の業界だったり、いろいろなところでこの技術を表現できればなと強く感じています。赤ちゃんを抱く抱っこ紐にはじまり、学校に入ったらランドセル、部活が始まったらボストンバッグ、社会人になったらビジネスバッグというふうに、NEWTONを通して人の一生に寄り添うことができたら最高ですね」。(𠮷田さん)

「いいですね。その夢、最高です! みんなが喜ぶことだし、私としてもぜひ叶えたいので、全面的にご協力させていただきます。そしてNEWTONをきっかけにmuatsuふとんの素晴らしさも知ってもらい、逆にmuatsuふとんをきっかけにNEWTONも知ってもらう。そんな素敵な循環をずっと続けていきたいです」。(西川さん)

関連サイト
NEWTON: https://www.newtonbag.com/ 
昭和西川muatsu: http://www.muatsu.net/ 
ポータークラシック: https://porterclassic.com/ 

執筆:田嶋章博、撮影:鈴木智哉

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