近年、メディアやビジネス、教育などの場で頻繁に目にするようになった「SDGs(エスディージーズ)」というキーワード。「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称として用いられるこの言葉は、2015年に国連で採択された『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』で掲げられた国際目標のことを指します。貧困や飢餓、気候変動、平和的社会の実現など、地球全体で取り組むべき17の目標からなるSDGsは、これからの世界を考えるうえで重要な概念となっていくでしょう。
2019年3月28日に「シティラボ東京(City Lab TOKYO)」初の自主公開プログラムとして開催された「シティラボサロン01 SDGsでソーシャルインパクトを生み出すためにメディアはどうする?」は、文字通りSDGsとメディアをテーマにしたイベント。テレビや雑誌、新聞、ラジオなどのメディアでSDGsに取り組む第一線のプレイヤーたちが登壇したこのプログラムには、定員を大幅に超える127名もの人々が参加。SDGsとメディアの関わり方をめぐってさまざまな意見が飛び交いました。今回は、そのイベントの模様をレポートします。
世界に今ある課題を、リアルに伝えたい
〜第1部 『環境クライシス』上映+撮影トーク〜
「シティラボ東京」のメンターであり、環境ビジネスやESG投資の専門家である吉高まり氏がコーディネーターを務める『シティラボサロン01 SDGsでソーシャルインパクトを生み出すためにメディアはどうする?』。その第一部では、フジテレビで放送されたドキュメンタリー番組『環境クライシス』の上映が行われました。
インド編、モンゴル編、インドネシア編と三作にわたって制作された同番組では、水面上昇や大気汚染、洪水など、各国が抱える環境問題と人々の暮らしが丁寧に描かれていきます。127名もの参加者たちは息を呑むように映像を眺め、なかには熱心にメモを取る人の姿もありました。
上映後には番組を制作した環境ジャーナリストの竹田有里氏が登壇。これまでインドネシアなどで数々のプロジェクトと関わってきた吉高氏の質問に応じながら、現地の生活の様子や撮影時の裏話などを紹介していきます。「『節水してください』、『ゴミを出さないでください』と押し付けるのではなく、今ある現場をリアルに伝えたいという思いから番組を企画しました」と竹田氏は話します。
環境ジャーナリストとして数々の問題と向き合ってきた竹田氏は気象変動や災害の影響を真っ先に受けるのが社会的弱者であることなどにもふれながら「日本では国内のニュースが大きく報道される事が多いが、世界で起こっていることも決して無関係ではない。だからこそ、日本だとなかなか手に入らない情報を伝えたい」と続けます。
さらに終盤では「テレビ局の事件記者や政治部記者を経て環境ジャーナリストに転身したのは、批判だけでなく、提案をしたいから。災害などが起こったときに『あの番組があったから』と行動に移してもらえるような報道をしていきたい」と竹田氏。その言葉には、メディアという役割を通じて数々の環境問題と向き合ってきた同氏の深い覚悟と責任感が感じられました。
新聞、雑誌、ラジオ。それぞれメディアからみたSDGsの未来
〜第2部 メディア関係者トークセッション〜
第二部は、SDGsと向き合うメディア関係者たちが登壇するトークセッション。新聞、雑誌、ラジオ、テレビと異なるメディアで活躍する第一人者たちのなかで最初に自社の取り組みについて話したのは、朝日新聞SDGs担当専門記者の北郷美由紀氏でした。
2017年1月からSDGsをテーマに据えてきた同社で数多くの記事を担当してきた北郷氏は、自身の取材経験などを紹介しながら「マスコミは時に『批判ばかりしている』といわれます。確かに権力監視はジャーナリズムの役割ですから、そういう部分もある。けれど、さまざまな課題に対して一緒に考える人を増やし、ジャーナリズムを深め、解決への糸口を探しながら色んな人を巻き込んでいく。そんな役割もこれからの新聞社には必要ではないでしょうか。そのための一つの切り口がSDGsだと思います」と話します。
北郷氏の話で特に印象的だったのは、「SDGsは“接着剤”のようなもの」という言葉でした。環境や社会、経済など、これまで個別の文脈で語られることの多かったひとつひとつの課題が、SDGsというテーマを設定することによってリンクしていく。取材を通じてそのことを実感した北郷氏は、SDGsにジャーナリズムの新たな可能性を感じていると話します。
続いて登壇したのは、講談社『FRaU』編集長の関龍彦氏。2019年1月号で国内女性誌として初めて一冊丸ごとSDGsを特集したことで話題となった同誌ですが、関氏はSDGsをテーマに据えた理由を「日本のSDGsの認知率は14.8%と低く、特に『FRaU』の読者である若い女性ではその傾向が顕著。だからこそトライする価値があった」と話します。
SDGsを“自分ごと”として感じてもらえるための誌面構成の工夫や、自然資源に配慮した紙やインクの選定などについて紹介した関氏は、同号からどうやって収益を上げたのかについてもふれてゆきます。「一冊を通じてSDGsを扱った女性誌は過去になかったので、広告主とのコミュニケーションで苦労することも。しかし、結果として3つのマネタイズモデル(収益化モデル)に集約されました。ひとつ目が、クライアントとパートナーシップを結び継続的にイベントなどを行っていくパターン。ふたつ目が純広告やタイアップ記事を出稿してもらうパターン。そして最後が、企業に一定数を買い取ってもらうというシステムです。“買い取り”というとどこか古臭いイメージがあるかもしれませんが、今号の目的はSDGsを一人でも多くの女性読者に知っていただくこと。それならば、書店で売るだけでなく、さまざまな経路から読者に届けるのが良いと考えました」。同号の反響は大きく、重版も決定。今後も誌面やイベントを通じてSDGsへの取り組みを続ける予定だといいます。
3人目に登壇したのは、TBSラジオ編成局編成部長の門田庄司氏でした。門田氏は、ラジオショッピングの返品率の低さやイベント集客率の高さなどを例に上げながらラジオというメディアの特性を「パーソナリティーとリスナーの信頼関係にある」と紹介。その上で、TBSラジオが昨年12月に行った「TBSラジオ×みんな電力Clean Power Campaign(以下クリーン・パワー・キャンペーン)」について話します。
「クリーン・パワー・キャンペーン」は、TBSラジオのAM放送の基幹送信所である戸田送信所の使用電力を、「みんな電力」が供給する再生エネルギーに100%置き換えるという試みです。「もともとはTBSイノベーション・パートナーズという会社が『みんな電力』さんへの出資を決めたことがきっかけ。こうした動きの中でなにか一緒にできないかと考え、2018年12月8日に戸田送信所の電力を再生可能エネルギーに切り替えることに決めたのです」と門田氏。昨年の12月2日から8日にわたって行われた「クリーン・パワー・キャンペーン」では、複数の番組を通じて再生可能エネルギーについて取材したり、番組パーソナリティーがCO2削減に向けた具体的なアクションを宣言したり、さまざまな試みを行ったそう。「消費電力をただ置き換えるだけでなく、TBSラジオが“自分ごと”として再生可能エネルギーを考えることで、リスナーにもなにかアクションを起こしてもらいたかったのです」と門田氏は話します。
「クリーン・パワー・キャンペーン」の反響は予想以上に大きく、「私も再生可能エネルギーに変えた」というリスナーも続々。同キャンペーンは1週間ほどで終了しましたが、その後も同局では土曜日を「クリーン・サタデー」と名付け、環境問題にまつわるさまざまな活動を続けているといいます。パーソナリティーの行動が伝播し、リスナーのアクションが生まれていく。それは「パーソナリティーとリスナーの信頼関係」が強いラジオというメディアならではのSDGsとの向き合い方なのかもしれません。
第2部トークセッションの後半は、広告業界での豊富な経験を活かしさまざまな社会課題の解決に取り組んできたドリームデザイン代表の石川淳哉氏をファシリテーターに迎えて行われました。テレビ、新聞、雑誌、ラジオとそれぞれ異なるメディアで活躍する登壇者はもちろん、参加者からの質問やオンラインでのコメントなど、実にさまざまな意見が飛び交いました。世界のESG投資額の話から、メディアを横断したパートナーシップの可能性、SDGsの価値をビジネスの現場に落とし込む際の課題……など、SDGsとメディアをめぐる話題は尽きることがなく、会場には知的好奇心に満ちた静かな熱気が広がっていました。
SDGsを通じて生まれる新たなつながり
〜第3部 交流会〜
「報道するメディアから行動するメディア」を合言葉に行われた「シティラボサロン01 SDGsでソーシャルインパクトを生み出すためにメディアはどうする?」。その締めくくりとなったのが、参加者同士やゲストとの交流会でした。ケータリングサービスの「REBIRTH PROJECT CARTERING」と「スフィード」が持続可能な未来のために考えた料理とともに楽しむ交流会では、それぞれ異なる背景を持つ参加者やゲストたちが、積極的にコミュニケーションを取っていく様子が見られました。環境や社会、経済などを包括するSDGsは、地球に暮らす誰もが無関係ではいられない大きな目標。だからこそ、一人ひとりが“自分ごと”として意見を話し、行動を起こすことができるのかもしれません。今回のイベントをきっかけに、SDGs達成に向けた新たな一歩が生まれていく−−−−−−。多くの参加者にそんな期待を抱かせて、3時間30分におよぶイベントは幕を閉じました。
<イベント詳細>
日時:2019年3月28日(木)
17:00~19:00 「環境クライシス」上映・トーク
19:00~20:30 交流会
場所:シティラボ東京(中央区京橋3-1-1 東京スクエアガーデン6階)
主催:シティラボ東京(東京建物株式会社・一般社団法人アーバニスト)
WEBサイト:https://citylabtokyo.jp/