〈はたらく〉 ワークスペース探訪
Exploring Work Spaces

|2019.02.27

「働く場所」から「人や地域との接点」へ 変化するオフィスのあり方 【ディー・サイン】

執筆:やつづかえり 編集:松尾奈々絵(ノオト) 撮影:小野奈那子

「最近はオフィスに対する関心が高まっていて、働く場に対して投資を考える経営者が増えてきていますが、その中で『あの会社みたいにしたい』というご相談もあります。でも、他社のオフィスの“見てくれ”だけを真似するのは絶対にお勧めしません」と言い切るのは、株式会社ディー・サイン取締役の今村剛さんだ。

ディー・サインはオフィスの企画提案から構築、移転のプロジェクトマネジメント、インテリアデザインまで、外資企業、国内企業、大小様々な企業の社風や目的に寄り添い、ワークプレイスの創造を支援している。そんな事業を展開する会社にとって、自社のオフィスは顧客への提案の幅を広げる実験場でもある。いったいどんな空間づくりにこだわっているのだろうか? オフィスと地域の関係、企業が「良いオフィス」を実現するためのポイントについて伺った。

コーナー監修・岸本章弘さんコラム[化学反応を促す触媒環境に 開かれたオフィスの活用 ]

●自社オフィスは新しい働き方と新しいワークプレイスをセットで実験する場

ディー・サインのオフィスは、京橋駅からも銀座一丁目駅からもほど近いビルの2階と5階にある。

移転当初は2階のみだったが、組織の規模拡大も手伝って、2016年に増床した。2019年1月現在で、スタッフは50人強。一般的な作業用デスクのほか、ハイテーブルやソファ、壁に囲まれた集中ブースなど、様々なタイプの場所を備え、社員は業務の内容や目的に合わせて場所と時間を自由に選択できる。また、2階部分は「kyobashi TORSO(キョウバシトルソー)」と名付けられ、“コロモガエ”をコンセプトに、定期的に様々なイベントを行ったり、目的に応じて家具などを入れ替えたりと、フレキシブルなスペースとして、社内外の人々や地域とつながる場にもなっている。

左)2階の「kyobashi TORSO」。段差によって、コラボレーションスペース(手前)と執務エリア(奥)が緩やかに分けられている
右)5階の執務スペース。固定スペースはなく、各自好きな場所で作業できる

前述の通り、ここでは顧客への提案を前提とした空間づくりの様々な実験が行われている。そのため、オフィスとしての最低限の機能を保ちつつ、様々に変化させられる柔軟性が特徴だ。

どのような実験をしているのか。単に斬新なレイアウトを試したり新しい家具や機器を導入してみたりといったハード面だけでなく、社内のコミュニケーションの促進や働きやすさを実現する制度の運用など、ソフト面での実験も含まれている。ノマドワーク、フレックスタイム、フリーアドレス、二足のわらじ制度(副業承認・起業支援)といった新しい働き方をいち早く取り入れ、参画する社員もそれをうまく活用しているそうだ。

左)2階スペースにはVR用の設備も。実験の場となっている
右)オフィス家具メーカーの新製品などをいち早く試すため、様々な種類の椅子をそろえる

今村さんは、「制度・ハウスルールや社風などのソフトと、働く場というハード面は切っても切り離せない関係にある」と強調する。それが、「他社のオフィスを真似してもうまくいかない」という冒頭の発言につながるわけだ。

●閉じたオフィスから開いたオフィス、発信するオフィスへ

今村さんがオフィスづくりに携わるようになったのは約16年前。その頃は「働く場に対して設備投資する」という考え方を持つ会社(経営者)が少なかった時代で、オフィスへの関心度も低かった。しかし、ICTの発展による働き方の変化、組織人事戦略の重要度の変化、オープンイノベーションへの関心の高まりといった時代の変化によって、近年のオフィスは単なる“働く場所”ではなく、重要な採用ツールであり、情報発信メディアであり、企業の内と外のHUBである、といった様々な意味合いを持つ場として注目されている。

今村剛(いまむら・ごう)さん。1995年九州芸術工科大学(現 九州大学)芸術工学部環境設計学科卒業。2002年ロンドン芸術大学Certificate in Interior Design修了。数社のデザイン事務所を経て2013年株式会社ディー・サイン入社、2016年取締役就任。2017年 +tailors代表就任。

「かつてオフィスは情報セキュリティ上も“閉じた存在”でした。それが昨今は大企業と小さなスタートアップがコラボレーションするような時代になり、徐々に“開いてもよい存在”へと意識が変化してきました。企業の多くは更なるイノベーションを興そうと、積極的に『開こう!』という思想に変わってきています」。

オフィスの一部を開放し、外部との交わりを積極的につくろうとする事例は今でこそ見かけるが、ディー・サインではいち早く2011年に「kyobashi TORSO」をスタートした。誰に対しても開放するわけではない。同社の社員とのつながりをベースに様々な分野の人たちを呼び込んでいる点に特徴がある。

2階コラボレーションスペース。すべて可動式のため、イベントによってセッティングを変更することができる

「我々の目利きで、面白いコラボレーションができるような方々にここを使ってもらっています。我々は今、“BUSINESS×CREATIVE”というキーワードでエッジの効いた仕掛けをどんどん生み出そうとしています。そのためにも、自社内にはない知見やスパイスが必要なのです。小さなカテゴリーに納まらない、幅の広い外部との立体的な交わりを常に意識しています」。

●地元地域とのつながりに加え、地方とのつながりのハブにも

今村さんによると、テレワークのインフラが整ってきた昨今、必ずしも東京にこだわることなくオフィスの立地を考えるケースも出てきているそうだ。そういった選択の自由が広がる分、その場所の個性に目を向け、地域との結びつき方に意識を向けるビジネスパーソンが増えていきそうだ。

ディー・サインも、町内会と一緒にイベントを開催するなど、地域に根ざす活動を続けている。東京駅や有楽町駅などにも近く、地方からのアクセスが良い点に地の利を見出し、地方のクリエイティブな人々とのつながりを作ることにも積極的だ。

「地方にも、“BUSINESS×CREATIVE”に当てはまるようなエッジのきいたことに取り組んでいる会社さんがあるんです。そういう人たちを『kyobashi TORSO』の会員に誘い、東京に来たときにはここで活動してもらっています」。

壁で仕切られた会議室はひとつしかない。ミーティングは閉じた会議室で行うもの、という先入観を疑ったオフィスづくり

●良いオフィスづくりのスタートは、自分たちの現状把握と目指すべき方向の策定から

プロとして、オフィスづくりの様々なシーンに立ち会ってきた今村さんに、良いオフィスをつくるポイントを聞いてみた。

「世の中のトレンドに惑わされず、的確に現状を把握して課題を整理し、自社なりの解決策を見出すことが一番重要です。例えば『同業他社がすごいオフィスを作ったからうちも』とか、『働き方改革の一環で働く場にも手を付けなければ』といったマインドでスタートするプロジェクトは、成功しづらいと思います。他社がやっていることを真似しても、社風や働き方のルールの相違が起因して、全く使われないオフィスになってしまいますから。外を見るより、自分たちを冷静に俯瞰してみることで、やるべきことが見えてくるはずです」。

「窓枠」のついたモニター。2階と5階どちらにいても、他方の様子が見える。窓の外に見えているようなデザインなので、監視されているような感じがしないという

現状を掘り下げていくと、手を付けるべきなのはハード面ではなく、ソフト面だったということも、ままある。さらに気を付けたいのは、ユーザー全員が満足する場を“目指さない”ことだ、と今村さんは言葉を続ける。

「オフィスの関心事は人それぞれ千差万別で、要望を全て叶えるというのは不可能なんです。最初から『全員が完璧に満足することはない』という前提を忘れない方がいいでしょう。ただ、多くの要望を叶えることを諦めるのではなく、最適化できる落しどころを模索するのが我々の仕事でもあります。ボトムアップ、トップダウンの意思決定プロセスには、それぞれ良し悪しはありますが、ボトムを広げすぎるのには注意が必要です」。

「トップダウンなタイプの企業でも、社長がきちんと方向性を落とし込んだ上でチームに権限を委譲すると、任された方も本気になりますよね。それができる経営者の信頼度は上がり、社員たちが本気で取り組んで社長の思いを形にしようとします。その結果、良い空気感でプロジェクトが進み成功するケースを多々見てきました」。

●「塗り絵の下絵」のようなオフィスをつくりたい

最後に「ディー・サインにとって理想のオフィスとは?」という、いささか大きな質問をぶつけてみた。すると今村さんは「会社としてひとつの理想というか、あくまで個人的な考えだけれど……」と断った上で、“塗り絵の下絵”みたいな状態が理想ではないか、と持論を展開した。

「今やオフィスは“働くための場”というだけでなく、企業や組織にとって“居”であり、世の中の変化に応じてユーザーと共に常に成長や変化を遂げ続ける場所であるべきです。そのためには、そこに住まう人たちが自らの手で手を加えられる隙間や余白を用意しておくべきでしょう。だから、我々がつくるものの理想は“塗り絵の下絵”なんじゃないかな、と。それぞれの企業の骨格というものを捉えて我々が下絵を描いたところに、ユーザーが思い思いの色を塗っていく。『これは違う』と思えばはみ出して塗ったり、一部の線を消したりしてもいい。実際に住まわれている方が手を加え、何年かしたときにその人たちなりの色に染まったオフィスになっていると、すごくうれしいですね」。

コーナー監修・岸本章弘さんコラム[化学反応を促す触媒環境に 開かれたオフィスの活用 ]

関連サイト
株式会社ディー・サイン: https://design-inc.co.jp/

<執筆者プロフィール>
やつづかえり
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年に組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team 』開始。『くらしと仕事 』編集長(2016〜2018.3)。Yahoo!ニュース(個人)オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、ICT、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。

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