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〈はたらく〉 ワークスペース探訪
Exploring Work Spaces

|2019.06.18

場所が人を呼び、人が人を呼ぶ マグネットスペースの活用

執筆・素材提供:岸本章弘、編集:松尾奈々絵(ノオト)


●インフォーマルな交流を促すマグネットスペース

仕事場にはインフォーマルコミュニケーション、つまり職場のあちこちで偶発的に起きる対面コミュニケーションが欠かせない。日々のカジュアルな情報交換から、プロジェクトの進捗や方向性の共有、新たなアイデアの提案とタイムリーなフィードバックまで、迅速で柔軟なコミュニケーションを支える重要なチャンネルである。

そんなインフォーマルコミュニケーションを支援するために、今日の多くのオフィス空間には、「マグネットスペース」としてのさまざまな工夫がみられる。マグネットスペースとは、コピーコーナーやライブラリーなどの仕事空間(写真1)から、カフェやゲームコーナーなどの非仕事空間(写真2)まで、人々を誘い込む磁力を備えた場所である。

写真1:各種の共用機器や資料などが集約された仕事空間としてのマグネットスペース

写真2:リフレッシュエリアやゲームコーナーなどの非仕事空間としてのマグネットスペース

株式会社テラスカイのオフィスでも、異なるフロアに自席をもつ社員間の交流を促すため、3フロアの中央階には、一緒に食事をしたり、コミュニケーションをとったりできるスペースが集約されている。

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●「誘引力」と「保持力」から磁力源をデザインする

効果的なマグネットスペースをつくるためには、そのスペースが人の行動や意識にどのように作用するか理解することが重要になる。磁力の及ぶ範囲や、そこを訪れた人の反応は、デザイン次第で変化するからだ。

マグネットスペースでの交流を促すには、そこでの出会いと交流の確率を増やすことが求められる。そのためにはスペース自体が、より遠くから、頻繁に人々を引きつける「誘引力」と、より長く留まらせる「保持力」を持つことが望ましい。

どれだけ「誘引力」を持つかは、その場所の用途や設えによって異なる。図1は筆者があるIT系研究機関のオフィスで調査したもので、入居者がそれぞれの場所を訪れる頻度と、各人の自席からの歩行距離の関係を示すグラフである。

図1:場所によって異なる誘引力の範囲と感度
フルサービスエリアの設えは、コピー機、プリンター、コーヒーメーカー、電子レンジ、冷蔵庫、ソファ&テーブル、雑誌架、掲示板、リサイクルボックス。部分サービスエリアの設えは、自販機、チェア&テーブル、掲示板。

一見してわかるのは、どの場所も自席から近い人ほど訪れやすくなることは同じだが、空間の用途や条件によって、その訪問頻度や歩行距離への影響度が異なっていることだ。傾向としては、設備やサービスが充実し、より多くの訪れる理由があるフルサービスエリアほど頻繁に利用されている。

また、距離に対する誘引力の感度も場所によって異なる。たとえばライブラリーのような施設数が少なく機能の特化した空間は、各所に分散配置されているサービスエリアに比べると、さほど距離の影響を受けていないことがわかる。

さらに、これらの場所で観察された行為の頻度と滞在時間を表したものが図2のグラフである。

図2:複数のマグネットスペースで観察された行為の累計頻度と平均滞在時間

2つのグラフを比べると、誘引力(頻度)と、保持力(滞在時間)には相関関係はないことがわかるだろう。差がもっとも顕著に現れているのは、「コーヒーを入れる」行為だ。最も多く観察されていることから、コーヒーサーバーや自販機が強い誘引力を持つことはわかるが、そのための滞在時間が短いことは、保持力が弱いことをうかがわせる。他方で、「新聞雑誌を読む」頻度は低いが、それによる滞在時間は長めだ。

こうした行為と頻度・時間の関係を理解すれば、磁力源の効果的な組み合わせが見えてくるだろう。マグネットスペースにコーヒーサーバーと雑誌架をおけば、コーヒーを入れる人が頻繁にやってきて、そのついでに雑誌を読み始めると滞在時間が長くなり、次にやって来る人と出会う確率が高くなるといった循環が想像できる。

誘引力と保持力を適切に組み合わせることで、マグネットスペースでの「出会いを促す」効果は高めることができる。その基本的な方向は、多様な「訪れる理由」を仕掛けることである。たとえば、リフレッシュエリアなどの計画に際しては、「サボっている」と思われるかもしれないという懸念の声をしばしば聞くが、コピーコーナーのような仕事関連の理由が併設されていれば気兼ねなく行けるだろう。頻繁に訪れやすい理由を核に、ついでに何かしたくなる理由も併せ持ち、結果的に滞在を少し長引かせるような設えが備われば、マグネットスペースの力を高めることができるだろう。


●マグネットスペースには、定期的なマネジメントが不可欠

ただし、その場で出会った人同士が自然に会話するとは限らないことにも注意が必要だ。上記の「誘引力」と「保持力」はあくまでも空間の潜在的な力であり、出会った人同士が実際に会話に踏み込むためには、さらに一押しが求められる。ちょっとした会話のヒント、シェアしたくなるニュース、リラックスできる雰囲気の空間から、それらの活用を奨励するような組織文化まで、人々の意識を後押しする力が重要になる。

加えて、空間に置かれたさまざまな磁力源には、それぞれが機能する「賞味期限」があることも忘れてはならない。人はわりと飽きっぽく、いつもの刺激にはすぐに慣れてしまう。当初は新鮮に感じられたアートがやがて見慣れた景色になり、意識の外に追いやられる。ライブラリーの本も、一通り目を通してしまうと興味を引かなくなる。だから、磁力を定期的にリフレッシュするためのマネジメントが欠かせない。コンテンツの更新や、あえて常設でないサービスの提供、それらを意識させるイベントの開催など、継続的なケアが望まれるところだ。(写真3)

写真3:ブックディレクターがコーディネートする書籍、週1回の朝食ベーグルのサービス、「カルチャーマネジャー」によるワインパーティ

●仕事に役立つ非仕事空間

ここまで、リアルな空間でのインフォーマルコミュニケーションを前提に書いてきたが、急速に進歩し広がりを見せるオンライン上でのコミュニケーションはどう影響するだろう。まず考えられるのは場所や距離の制限が取り払われることによって、先に挙げたようなマグネットスペースの効果が低下するのでないかということだろう。SNSやチャットツールによって人々がいつでもどこでもつながれるなら、オンライン上にマグネットスペースをつくることもできそうだ。

そうなると、リアルなマグネットスペースが持つような距離感度は問題にならない。ディスプレイ越しなら離れた場所から対面コミュニケーションもできる。リアルなマグネットスペースをつくって維持するコストは無駄になるかもしれない……。そんな懸念に対しては、センサー技術などを活用して、オフィス内での行動とコミュニケーションを追跡調査した最近の研究が参考になるだろう。【※1】

この研究結果で興味深いことは、Eメールなどのデジタルコミュニケーションが、リアルな対面コミュニケーションと同様にオフィス内での物理的距離から影響を受けている。つまり、オフィス内で近くに居て出会いの機会の多い人同士ほどリアルな会話の頻度が高いということが、Eメールなどによるデジタルコミュニケーションにもあてはまるということである。そうであれば、マグネットスペースの潜在力には引き続き効果があると考えてよさそうだ。

今後いっそう進化する情報技術によって、働く場所や時間の自由度が高まる一方で、リアルなオフィス空間の役割も変化していくだろう。今なおオフィスワークの多くを占めている情報処理系の仕事は、離れた場所でもできるわけだが、やがてそうした仕事の多くはAIなどが担うようになる。その時、人の役割は知識を創造しイノベーションを生み出すことである。そこで求められる多様な暗黙知の交換には、リアルな場の共有が重要な役割を果たすはずだ。

そんな協働と交流を促す空間づくりの入口として、人を引き寄せる魅力があり、交流を後押しするような非仕事空間は、これからもオフィス空間の重要な一部である。今後のワークスタイルの変化に応じて、そんな空間の役割を再認識したうえでアップデートできれば、「場所が人を呼び、人が人を呼ぶ」ような循環の起点になるだろう。

【※1】「オフィスはコミュニケーションの手段 仕事場の価値は多様な出会いにある「ベン・ウェイバー、ジェニファー・マグノルフィ、グレッグ・リンゼー『DIAMOND ハーバードビジネスレビュー』/2015年3月号
https://www.dhbr.net/articles/-/3102


<執筆者プロフィール>
岸本章弘
ワークスケープ・ラボ」代表。オフィス家具メーカーにてオフィス等の設計と研究開発、次世代ワークプレイスのコンセプト開発とプロトタイプデザインに携わり、研究情報誌『ECIFFO』の編集長を務める。2007年に独立し、ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティング活動をおこなっている。千葉工業大学、京都工芸繊維大学大学院にて非常勤講師等を歴任。著書に『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』(2011年、弘文堂)など。

 

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