創業は1566(永禄9)年。日本橋に出店してからも400年以上の歴史を持つ、老舗中の老舗である西川株式会社(本社東京オフィス:中央区日本橋富沢町)。伝統ある高級寝具メーカーのイメージが強い同社だが、その歴史を辿れば、寝具に限らず時代の空気を捉えた商品開発を続けてきた、ベンチャー精神を持ち続ける企業であることに気づかされる。
その最先端となるのが、2019年末にローンチした「美容睡眠」の新ブランド「newmine(ニューミン)」だ。コンセプト設計から販売方法まで、それまでのセオリーに頼らず西川の新たな“顔”を創ることを目指した、意欲的なプロジェクトの誕生経緯を、西川の歴史とともに紹介しよう。
「萌黄色の蚊帳」から寝具へ。時代の潮流に応じ進化を続けている西川
「近江商人」という言葉が現代まで残されているように、古くから多くの優れた商売人を輩出してきた近江(現在の滋賀県)。西川家初代の仁右衛門も近江で生まれ育ち、当時の経済政策「楽市・楽座」に加わり、特産物を扱う事業を興したという。近江から遠く離れた江戸・日本橋に店を構えるきっかけは、豊臣家から徳川家への政権交代というから、時代の潮流を見抜く先見の明があったわけだ。
また商品開発の面でも、西川は独創的なアイデアで市場を席巻する存在となる。たとえば昭和中期ごろまで、家庭でよくみかけた「萌黄(もえぎ※)色の蚊帳」を考案したのは、二代目の甚五郎なのだという。
「甚五郎は、箱根越えの山中で休憩した際にみた『緑色のつたかずらが一面に広がる野原にいる』夢にインスピレーションを得て、使う人の気持ちを和ませ爽快な気分にさせるような、萌黄色の蚊帳を考案したと語り継がれています。このアイデアが大ヒットし、西川の基盤を確立させることになりました」(営業企画統括部/営業推進担当・森優奈さん)。
この萌黄色の蚊帳が、現在の西川が主力商品としている寝具を手掛けるきっかけにもなったというから面白い。
「寝具の取り扱いを始めるようになったのは、実は明治に入ってからなんです。それまで蚊帳のほか、弓具などの販売も手掛けていたのですが、明治維新後に弓の需要が激減したほか、生活必需品の商品化の拡大という新時代の動きをいち早く見通しました。また、蚊帳が季節商品ということもあり、冬に集中する布団を加えたことで、経営の安定面でも大きな意味がありました」。
当時、将来的に蚊帳の需要がなくなることまで予期していたのかはさておき、日本橋への進出と同様に、時代の潮流に敏感な西川の姿勢を知るエピソードといえるだろう。
近年でも、西川は先進的な試みを多数行っている。たとえば1984年には「睡眠を科学する」というコンセプトを掲げ「日本睡眠研究所」を開設し、環境に応じた理想的な睡眠を支援する、機能性寝具の開発にも着手。この分野でも、西川は業界のパイオニアとなった。
※やや黄色みを帯びた緑色
「newmine」が目指すのは、眠りの質を美しさの質へとつなげるソリューション
このように400年以上にわたるイノベーションの歴史を振り返ってみれば、今回ローンチした新ブランド「newmine」の誕生は、ある意味で必然といえるのかもしれない。なぜならその起点には、現状に満足せず、時代の潮流にあわせた変化を積極的に求める西川のベンチャー精神があるからだ。
「現在“ふとんの西川”といえば高級寝具メーカーであり、暮らしに余裕があるシニア世代向けというイメージを持たれているお客様が多いと思うんです。もちろん、それも正解ではあるのですが、それだけでは可能性を狭めてしまいますよね」。
シニア向けと思われがちな“ふとんの西川”というイメージを打破し、新たな顧客層を開拓する。西川が選んだのは「美容睡眠」という、新たな分野への挑戦だった。
「これまでにも睡眠と美容の関係については、多くの人が言及していますが、いわゆる『眠りの質』を高めるための工夫にとどまるケースがほとんどでした。寝具メーカーとして、そこから一歩進んだ形で、より積極的に美容にアプローチすることができないか? と考えた結果生まれたのが『美容睡眠』というコンセプト。そこから生まれたブランドが、今回の『newmine』ということになります」。
機能性寝具の分野でも実績がある西川だけに、眠りの質を高める工夫は当然のこと。今回の「newmine」で展開されるアイテムには、より具体的に美容に貢献するための工夫が凝らされているという。キーワードは「睡眠時間を美容時間に」だ。
「枕って、1日のうちでもっとも肌と密着する時間が長いアイテムなんですよね。たとえば、高さがあっていない枕だと、肌に圧力がかかったり、摩擦が発生し、ほうれい線やしわの原因になりうるんです。そこで考案したのが、今回発売した『肌にやさしいまくら』。使う方にフィットする最適な高さにすることで、睡眠時の頬への圧力を約50%軽減させることが可能になっています」。
この『肌にやさしいまくら』は、使う人のフェイスラインをタブレット端末で測定し、Lラインパッドと呼ばれるパーツを組み合わせることで、より適切な高さに調整するわけだ。
女性による女性のための商品開発から飛び出したユニークなアイテムたち
ここで画期的なのが、フェイスラインの測定がスマートフォン上の操作で済ませられること。オンラインの商品カスタマイズは、他ジャンルの商品なら当たり前なのだが、意外にも寝具の世界では、初めてに近い試みなのだという。
「寝具を購入する際には、いわゆる“試し寝”が必須という常識があったわけです。とはいえ、特にネット通販になれた世代の方々から、店舗まで足を運ぶのが面倒という声が出ていたのも事実。今回『newmine』がメインターゲットとしている、20~30代の働く女性の多くは『時間が足りない』と感じています。そこで今回チャレンジしたのが、ネットを活用したD2Cでした」。
実際にはプロモーションの一環として、期間限定のポップアップストアも開設したが、そこでも敢えて“試し寝”にこだわらず、座ったままでもフェイスラインの測定ができるようにしたという。
これまでの常識にとらわれず、時代のニーズにマッチした企画を立ち上げることができたのは、今回の「newmine」プロジェクトに参加したメンバーが、すべて女性だったという背景も見逃せないところだ。今回お話を伺った広報の森さんも、自ら立候補してプロジェクトに参加したひとり。
「商品開発に携わる人はもちろん、営業部や人事総務部など、様々な部署の女性が集まって、現代の女性が睡眠に何を求めているのかについて、納得いくまで話し合いをしたんです。働く女性たちはみんな忙しく、人によってはさらに家事や育児にも追われてしまう。美容にあてられる時間はごく限られていますから、睡眠の時間も美容にあてることができれば嬉しいですよね」。
もちろん、社外の働く女性たちからもひろく意見を集めた。
「『肌にやさしいまくら』と組み合わせるピローケースにも、『寝ている間にキレイになりたい』という女性の意見から生まれたアイデアが盛り込まれています。肌質にあわせて選べる、乾燥肌向けの『モイスチャータッチ』、脂性肌向けの『クリーンタッチ』などが用意されているんです。コスメを選ぶような感覚で、自分にあったものを選んでいただきたいですね」。
ピローケース以外にも、リラックスした気分へと導く『アロマミスト』や、濡れた髪を優しく素早く乾かすことができる『髪にやさしいタオル』など、寝具以外のアイテムがラインナップされているのも「newmine」の特徴だ。
話を伺っていくなかで、特に「女性ならではの発想」という印象を受けたのが、アイテムにも取り入れられている「newmine」ブランドのキーカラーであるローズ系ピンクを選んだ理由だった。
「女性の方ならわかっていただけると思うんですが、こういう色を洋服やバッグといった外向きのアイテムに取り入れるのはちょっと恥ずかしい。でも、自分だけの空間となる寝室ならいかがですか? 色や香りで気分をリフレッシュさせるなど、寝室の環境や就寝前の行動も含めた美容睡眠を、『newmine』の一連の商品群で提案しています」。
伝統と革新が調和する日本橋エリアは、西川の姿勢にも通じている
「newmine」の立ち上げに参加した森さんは、西川の歴史とかかわりが深い、日本橋という街をどのように捉えているのだろうか?
「現在でも日本橋一丁目に店を構えているように、江戸の昔から弊社と日本橋は密接なかかわりを持っています。私から見た日本橋の印象は、古くからの伝統と新しい挑戦が混在する、いつの時代にもワクワクさせてくれる街、という感じでしょうか。常に新たなチャレンジを忘れない、弊社の姿勢と通じるところがあると思っています」。
萌黄色の蚊帳から400年近い歳月を経てたどり着いた「美容睡眠」という新たなチャレンジ。西川の最先端を確かめたい方は、ぜひ「newmine」の公式サイトを訪れてみてほしい。
関連サイト
「newmine」公式サイト: https://newmine.jp/
西川株式会社: https://www.nishikawa1566.com/
執筆:石井敏郎、撮影:鈴木智哉