日本橋地区やその周辺地区は、昔から地元のつながりが強く、地域活動が盛んだ。新型コロナウイルスによって多くの飲食店が苦境にあえぐなか、隣り合う八重洲・日本橋・京橋エリアで、先進的な取り組みが始まっている。飲食店に向け、感染防止対策を表示する地域共通の店頭ポップを提供するというものだ。
日本橋料理飲食業組合組合長であり「日本橋 舟寿し」三代目の二永展嘉さんと、デザインを担当した地元の制作プロダクション「株式会社イメージング・ワークス」(中央区日本橋本町)代表取締役の前田信孝さんに話を聞いた。
“出口が見えないこと”が何より苦しい
老舗や有名店が軒を連ねる日本橋界隈にあっても、コロナ禍の今、多くの飲食店が厳しい状況にある。二永さんはこう話す。
「3~4月は例年なら歓送迎会で賑わいますが、今年はそれがほとんどありませんでした。その後緊急事態宣言でも大きなダメージを受け、5月末に緊急事態宣言が解除されてからは少しずつ客足が戻りつつあるものの、それでもお昼の営業で例年の5割程度といった状態です。みなさん給付金や緊急融資を受けたりしながらしのいでいらっしゃると思いますが、再び感染者数が増えていることもあり、ここから暮れにかけてかなり厳しい状況になるのではと危惧しています」(二永さん)。
日頃から地元の飲食店を利用し、飲食関係者と話す機会も多いという前田さんもこう話す。
「特に、夜のひと気が本当に少ないですね。よっぽど乗る人がいないのか、乗車待ちのタクシーが大行列になっています。飲食関係者からも『いやー、夜がキツイです…』という話をよく聞きます。本来なら大々的に営業したいところだけど、それ以上に感染者が出てしまうのがとにかく怖い。何よりも、これがいつまで続くかわからないという“出口の見えなさ”に、みなさん本当に苦しんでいます」(前田さん)。
また、最近はこんな声も聞かれるという。
「お客さまの間で、感染防止の意識がかなり高まっていますが、中にはあまり気にされない方もいらっしゃいます。だから大声で話しているお客さまを、他のお客さまが注意してトラブルになりかけたとか、お店に苦情を伝えるといった事例がいくつか挙がっています」(二永さん)。
地域内の人間関係がどこよりも濃い
冒頭の通り、もともとこの界隈は地元のつながりがとても強い。20年ほど前に東京の他の地域から日本橋に移ってきた前田さんは、そのことに驚いたという。
「道を歩けば、誰かしらに必ず声をかけられるし、土日はひっきりなしに地域のイベントやら集まりがある。となりの地区の人とは、『早く向こう側へ帰れ』『うるせえ』などと、仲がいいのか悪いのか罵り合ったりする(笑)。これまでいた東京のどの場所より地元意識が強く、その濃い関係性にびっくりしました。
弊社の業務に関しても、それまでは地域との密着性はそれほどありませんでしたが、ここに来てからは地元の会社やお店のお仕事をいろいろやらせていただくようになりました」(前田さん)。
二永さんが組合長を務める日本橋料理飲食業組合のWebサイトも、前田さんの会社が制作している。その二永さんも、同地域のつながりの強さについてはまったく同意見だ。
「職住近接の環境下で、一定の歳まで同じ地区・同じ学校で育った人が多いことが、こうしたつながりの強さの一因ではないでしょうか。そんな場所だけに、よそものには厳しいのかなと思いきや、決してそんなこともありません。実は私も30年ほど前に他の場所からやってきたのですが、みなさん分け隔てなく迎え入れてくださいました」(二永さん)。
現在、日本橋料理飲食業組合の加盟店は、商業施設に入る店舗も含めると、約300店に及ぶ。これらの飲食店が共通で掲げられる店頭表示を作ろうという取り組みは、以下のような経緯で始まった。
“自由にカスタマイズできる”店頭ポップ
きっかけは、八重洲に本社がある地元企業の1つ、東京建物の担当者が、八重洲・日本橋・京橋エリアの飲食店の少しでも助けになれないかと、前田さんに共通ポップの相談をしたことに始まる。対して前田さんは、「それならすぐ作りましょう」と二つ返事でOK。それが5月末のこと。そこから二永さんに協力を仰ぎ、日本橋料理飲食業組合の全面協力でプロジェクトが進んでいった。
「こんな状況なのでスピードが何より重要と考え、デザインのベース自体は超特急で上げました。ただ、そこからが大変で……。というのも、日本橋、八重洲、京橋では地域性が全く違うし、お店の雰囲気をとっても高級店があればカジュアルなお店もある。洋風もあれば、和風もエスニックもある。
何より、ひとくちに感染防止対策といっても、すべてのお店が同じ対策をとれるわけではありません。だから1つのデザインに絞ってしまうと、どうしても合わない店が出てくる。実際、『うちの店は色をこうしたい』『この言葉をなくしてもっと自由度を上げてほしい』『このマークは、うちは外してほしい』等々、各店からさまざまな要望が挙がりました」(前田さん)。
データは日本橋料理飲食業組合のWebサイト(https://www.n-aji.com/ganbarou/index.html)もしくは当サイト(https://guidetokyo.info/news/00010.html)から自由にダウンロードできる
まさに、日頃からデザインの力で地域経済を応援してきた前田さんの腕の見せどころだ。
「正直、すべての要望を満たしていくのはとても大変です。でも、最終的にお店で使っていただかないと意味がないし、『なるほど、飲食店の方はそんな考え方をするのか』と勉強になる部分も多々ありました。だからこそ、みなさんからの要望には、できるかぎり応えるよう努めました」(前田さん)。
こうして誕生したのが、「お店ごとに内容を自由に選べる店頭表示」だった。エリアは「日本橋」「八重洲」「京橋」の3つで、どのエリアであっても、カラーを「グレー」「金」「紫」から選べる。さらには「換気実施」「従業員検温実施」「消毒液設置」といった11種の感染防止対策のピクトサインも、自由に選んで組み合わせられる。
また、そんなふうに店が自由にカスタマイズできつつも、全体のデザインは統一されており、地域共通の取り組みであることがわかる。加えて日本人はもちろん、日本語が不自由な外国人であっても、感染対策の内容がひと目で理解できる。
こんな時期だからこそフリーダウンロードに
「この仕組みであれば、お店の規模やテイストを問わず、あらゆるお店が店頭に掲げられます。今回は、日本橋のもう1つの飲食店組合である日本橋久松飲食業組合にも参加してもらい、おかげで日本橋全域での取り組みとなりました。こうして地域が一体となって感染防止対策を行っていることが伝われば、街を訪れる人に一層安心してもらえるのかなと。
このさき私たち飲食店が生き残るには、『うちの店なら安心して召し上がっていただけますよ』『地域できちんと対策していますよ』というのを、丁寧に発信し続けることが重要になるのではないでしょうか。それには、こうした仕組みがとても有用なツールになります」(二永さん)。
また、今回の取り組みには、もう1つユニークな点がある。
「こんな時期なので、地域を問わず日本中すべてのお店が自由にダウンロードして使えるようにしました。太っ腹? いえいえ、できるだけ多くのお店に貼られた方が面白いし、純粋に嬉しいなと。だから非組合のお店であっても、他の地域のお店であっても、ぜひ使っていただきたいです」(前田さん)。
同プロジェクトの今後の展望について、お2人はこう語る。
「たとえばピクトサインのラインナップに、オリンピック・パラリンピックをふまえて『バリアフリー』を入れたり、あるいはこの春に設けられた受動喫煙防止条例を受けて『喫煙室設置』というものも入れたりと、今後いろいろな広がりが考えられます」(二永さん)。
「先が見えない時代だからこそ、状況に応じて必要なものをどんどん加えていきたいです」(前田さん)。
一方で、私たちユーザーが、飲食店のために何かできることはあるのだろうか。最後に、飲食店のいちユーザーでもある前田さんが、こう話してくれた。
「お店という限られた空間をみんなで共有するために、お客の側でも感染防止対策のルールを守る。そして『この店好きだな』『この先も食べたい時に食べたいな』と思うなら、可能な限りそのお店にきちんと足を運ぶ。さもないと、本当にチェーン店以外はゴッソリなくなってしまうかもしれません。
お店側の努力だけでなく、ユーザー側もお店を一緒に作り、支える存在となる。それがこの先のwithコロナの時代では、特に大切になるのではないでしょうか」(前田さん)。
関連サイト
日本橋料理飲食業組合 https://www.n-aji.com/
株式会社イメージング・ワークス https://www.image-w.jp/
執筆:田嶋章博、撮影:森カズシゲ